王宮の動き
──聖女候補が現れた。
その報せは、王宮内に静かな波紋を広げていた。
レティシア・ウィンター。
彼女は 地方の平民出身でありながら、聖女の力を持つ可能性がある とされ、神殿から王宮に紹介された。
王宮内では、この件について 慎重な姿勢を取っていた。
「本物の聖女かどうかも分からないのに、騒ぎ立てるべきではない」 という意見が大半を占めている。
特に王太后や王の側近たちは、正式な検証が終わるまで「聖女としての扱いは慎重にすべき」としていた。
しかし、一部の貴族や神殿関係者の中には、彼女を政治に利用しようとする者たちもいた。
「聖女は王家を支えるべき存在」
「聖女が王太子の婚約者になるのは理想的な形ではないか」
そんな囁きも、少なからず聞こえていた。
もうひとつ、王宮内で根深い問題となっているのが──
「王太子とアンジェラ・ステイプルトン侯爵令嬢の婚約」 だった。
王太子が正式に婚約したのは、今から五年前。
当時、行方不明となった公爵令嬢の代わりに、王家がステイプルトン侯爵家の令嬢を選んだ形となった。
王家の意向としては、この婚約は 「次期王妃を育てるための措置」 であり、最初から政略的なものであった。
しかし、問題は 王太子自身がこの婚約を受け入れていない ことにある。
「王妃候補としての教育は進んでいるが、婚約者としての関係が構築されていない」
この状況に、王宮の重臣たちはすでに頭を悩ませていた。
婚約が成立してから五年が経つが、王太子の態度は変わらない。
「そろそろ婚約破棄を視野に入れるべきではないか」
その声が、少しずつ強まっていた。
しかし、今のところ 公式に婚約破棄の決定は下されていない。
なぜなら、ステイプルトン侯爵家の影響力が強く、王宮側が一方的に婚約を破棄するのは容易ではなかったからだ。
侯爵家を敵に回すような動きは、慎重にならざるを得ない。
さらに、王妃候補を改めて選び直すとなれば、時間もかかる。
──だが、聖女の存在 が、その流れを変えつつあった。
王宮内の一部の者たちは、レティシアが王妃候補になる可能性を考え始めていた。
「聖女の力を持つならば、国を支える存在として王妃になるのが理想的ではないか」
そんな意見が密かに囁かれ始めていた。
王太子の婚約がうまくいかないのであれば、「聖女を新たな婚約者とする」 という道もあり得るのではないか?
王太子本人の意向はさておき、「聖女と王太子の結びつきは、国の安定に寄与する」 と考える者もいた。
──もちろん、これはまだ 正式な決定事項ではない。
しかし、王宮内の動きとして、「婚約破棄」と「聖女の扱い」が密かに結びつきつつあった。
現在、王宮内では
「聖女の真偽を確かめる」
「王太子の婚約をどうするか判断する」
この二つの動きが並行して進められていた。
現時点では、まだ「正式な動き」ではない。
しかし、近いうちに──何らかの決断が下される可能性が高い。