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正義か忠義か その4

 エインジア帝国の象徴たる巨城グラン・カイザル。

 四八〇年前、皇帝の威光を民衆に知らしめるべく三五年もの歳月をかけて建てられたこの城は、広大な帝都グランダル中央部の大半を占める小高い丘の上に造られ、まさしく山のごとくそびえ立っている。

 全七階層、周囲を阻む高い城壁と迷路のように入り組んだ内部の構造が、この城そのものを堅牢な要塞足らしめている。


 その城内を今、アンギルは駆け抜けていた。


(まさか、こんな形で上階に足を踏み入れることになるとは)


 相応の官職でなければ入ることを許されぬ、グラン・カイザル城の高階層。

 自分には程遠い場所だと思っていた。

 それが、アルラウネという魔物となった今にして叶うとは、夢にも思わなかった。


 ちらり、と自分の左隣を見やる。

 そこに並走するのは、壮年の騎士リュオン・プライダーである。

 将軍バルワッド・ヴィラングが亡き今、それに次ぐ実力の持ち主である彼が残された部隊をまとめ上げていた。

 さらにその後ろをヴィラング隊の隊員達が続く。

 彼らは粗野な山賊の衣装を捨て去り、本来の軍服にヴィラング直属部隊特有の赤い陣羽織を身にまとっている。

 最初は一五〇名いた隊員達も、それぞれの役目を果たすために所々で別れ、今や七名が残るのみだ。

 全ては、バルワッド・ヴィラングから託された遺命を果たすために。






 バルワッドの遺体を丁重に弔ったのち、アンギルはヴィラング直属部隊と行動を共にし、帝都へと帰還した。

 人目を忍び、夜陰に紛れて帝都に入り、直属部隊の帝都残留組五〇名と合流したところで、リュオンから全てを打ち明けられた。


 腐敗政治の温床たる帝国上層部を一掃すべく、東部戦線から更迭された将軍の中でも古参の三名が連絡を取り合い、協力してグラン・カイザル城に討ち入る計画を立てていた。

 エインジア帝国の英雄として名高いバルワッドにも是非ともっていただきたい、という呼びかけを密かに受けていたのだ。

 その誘いをバルワッドはずっと固辞し続けてきたが、辺境にいるべき三将軍達はすでにこの帝都に集結しており、すぐにでも事を起こせる状態で待機していた。

 バルワッドの最後の命令とは、彼らと協力して計画を成功させよ、という意味だったのである。


 副官として常にそばにいたリュオンは、フィーレン国境での山賊任務に就いてからのバルワッドが良心の呵責かしゃくさいなまれていたことを良く知っていた。

 特にお前の抹殺指令を果たした直後は特にひどい落ち込みようだったのだ、ともアンギルに教えてくれた。

 もしかすると、他の誰よりも忠義にあつかったバルワッドこそが今の帝国上層部の惨状を一番に憂いていたのかもしれない。


 その後、リュオンはヴィラング隊の代表として三将軍達と対面し、将軍バルワッド・ヴィラングが不慮の死を遂げたこと、そしてその遺志を継いでヴィラング隊も計画に参加するむねを伝えた。

 

 偉大なる英雄の死を三将軍達は残念がったが、ヴィラング隊の参加を何よりも喜んだ。

 グラン・カイザル城に詰める七〇〇〇もの兵力に対し、更迭された各将軍達がそれぞれ有する直属の兵力は一五〇名ほどしかいない。

 元より決死の覚悟での討ち入りではあるが、目的の達成にはあまりに人数が足りない。

 だから、帝国最強の精鋭部隊と言われるヴィラング隊の参加は計画に不可欠と判断していたのだという。

 すでに大まかな手はずは定まっており、数日をかけて計画の細かい部分を確認し合い、最終準備を整えた。


 そして決行日である今日、総勢六百名の決死隊が満を持してグラン・カイザル城を強襲した。

 長きに渡り前線での死闘を潜り抜けた勇士達の手際は見事なものだった。

 圧倒的な速度で正門前に到達した決死隊は、巨大な城門を閉ざす暇すら与えることなく門衛隊を蹴散らし、城内への突入を果たしたのである。





 


 目の前に立ち塞がった敵に、アンギルがバルワッドの剣を振り下ろす。

 アルラウネの常人離れした力で振るわれた魔鋼の剣は、受け止めようとした敵の剣をへし折り、そのまま敵の頭を叩き斬った。

 肩を並べて隣で戦うリュオンは左からの斬撃を弾き返して敵兵の体勢を崩すと、すかさず喉笛を貫いて倒している。

 今までついて来てくれた残る三人のヴィラング隊員も背後からの敵を一人ずつ倒していた。

 息つく間もなく、再び彼らはグラン・カイザル城六階の廊下を走り出した。

 

 最初こそ混乱に乗じて容易く進むことができた決死隊だったが、落ち着きを取り戻しつつある守備兵達は要所に隊列を組み、数に任せて行く手を阻むようになった。

 元々寡兵である上に、先へ行くたび目当ての重臣を討つべく戦力を分けて進んだため、後半はその勢いを止められるようになってきた。

 徐々に疲れはじめ、精鋭揃いの隊員達にも多数の犠牲者が出た。

 別ルートで上階を目指した三将軍とその部隊の面々、そして途中で別れたヴィラング隊の隊員達は無事に目的を果たせただろうか。

 今やリュオンと隊員三人も少なくない数の切り傷を負っているし、アンギルに至ってはもう数えきれないほど剣で斬りつけられている。

 地面に埋まっている際に自分の体内の魔力で無意識に作り出したらしい強化軍服と、疲れ知らずなアルラウネの身体がなければ、今頃アンギルは力尽きていたかもしれない。


 やがて、最上階に続く六階中央の広い階段ホールに辿り着く。

 そこでアンギル達を待ち構えていたのは、五〇人もの守備兵の隊列だった。


「卑しい身分の成り上がり者共がいい気になりおって。

 黙って我らに従っておればいいものを、よもや政変を企むとは不届き者め。

 者共、これ以上奴らを陛下の元へ近づかせるな!」


「……これはこれは、宰相閣下。

 ちょうど良いところにおられましたな」


 隊列の後方、階段途中の踊り場の上からわめく痩せた男を見て、リュオンの目がすっと細められる。

 あの男が宰相か、とアンギルは右手の剣を強く握りしめた。


 若き現皇帝陛下になり代わり、この男が政治を取り仕切ったがゆえに帝国は乱れた。

 上級貴族達の専横を許し、腐敗政治を蔓延はびこらせた。

 歴戦の将軍達を東部戦線から更迭し、汚れ仕事をさせた。

 そして、皇帝陛下から勅命を引き出し、バルワッドにアンギルを殺させた。

 言うなれば、バルワッド・ヴィラングを死に追いやったのはこの男だと言っても過言ではない。


 ふつふつと、怒りが込み上げる。


 ――生かしてはおけぬ、絶対に。


 誰からともなく、アンギル達は動いた。

 

 感情のままに大きく振るわれたアンギルの横薙ぎが、同時に迫る敵兵三人の胴体をまとめて両断する。

 四方から切りかかる敵兵の攻撃をかわしざま、冷酷極まったリュオンの冴え渡る剣が敵の腕を、手首を、足を、次から次へと斬り飛ばしていく。

 ヴィラング隊最後の三人も、各々が多数を相手取って全く引けを取らない戦いぶりを見せる。


 鬼気迫るアンギル達の迫力に、兵士達は怯んでいた。

 長らく攻められたことのないグラン・カイザル城の兵士達は、実戦経験が乏しい。

 さらに腐敗政治によるゆるみが、兵士達の精神までも緩ませてしまっていたのだ。

 だから、誰もアンギル達の前進を止めることができない。


 前を塞いでいた隊列が、あっという間に二つに割れていく。

 文字通り押し進んで突破したアンギル達五人は、幅広い階段を駆け上った。

 踊り場にいる宰相との間に遮るものは、もはや何もない。


 慌てて上へと逃げようとする宰相だったが、時すでに遅し。

 背を向ける宰相にいち早く迫ったアンギルが、右の肩口から左下へと一気に斬り下げた。


 血飛沫が、派手に飛び散った。


「ば、馬鹿な……」


 信じられない様子で呟きながら、宰相はゆっくりと倒れ伏した。


「これで、少しは閣下も浮かばれるだろうか」


 そう呟いたアンギルにリュオンが近づき、肩を叩く。


「さて、ここまで来れば陛下の居室は目と鼻の先。

 我らが食い止めるゆえ、お前は閣下より託された遺命を果たすがいい」


「しかし、たった四人でここを食い止めるのは……」


 言いながら、アンギルは階下を見下ろす。

 宰相が討たれて唖然としているとはいえ、階下にはまだ敵兵が半分以上残っている。

 騒ぎを聞きつけて多くの増援もやってくることだろう。

 一方、リュオンとヴィラング隊の三人は目に見えて疲弊している。

 とても持ちこたえられそうには思えない。


 それでも、リュオンは気丈だった。


「我らヴィラング隊を甘く見ないでもらおうか。

 東部戦線では何度もこのような窮地に陥り、そしてそれを乗り越えてきた。

 心配は無用というものだ」


「……なぜ、あなた方は私のためにそうまでしてくれるのか。

 将軍を手にかけたのは他ならぬ私だというのに」


 その言葉に、リュオンは首を横に振る。


「我らの方こそ、恨まれて当然のことをしたのだ。

 だが、お前は何も言わず閣下の死を悼んでくれた。

 何を含むところがあろうか。

 そして、剣を託されたということは、その遺命こそが閣下の最大の望み。 

 ならば、それを成さしめることが何よりも閣下への手向けとなろう。

 行け、アンギル!」


「……ご武運を」


 リュオンの瞳に宿る覚悟を見たアンギルは、思いを飲み込んでそれだけを言い残し、階段を駆け上って一人最上階へと向かった。


 剣戟の音が再び鳴り始めたが、決して後ろを振り返らなかった。

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