我はマンドラゴラ
我はマンドラゴラ。
自我に目覚めて間もない。
土の中に埋もれたこの身体はまだ小さく、ろくに動くことができない。
正直、退屈ではある。
だが今は耐え忍ぶ時期だ。
小さな身体に力が巡り、行き渡っていくのがわかる。
雄々しい大地から水と精気を吸い上げ、遥か空の上から降り注ぐ光の力を頭に生える葉っぱで受け止めて。
少しずつ、少しずつ、我は成長しているのだ。
いずれは、この土の中から這い出ることができるようにもなるだろう。
そして地上の生物達からも力を貰いながら生き続け、最期は次代の糧となり死んでいく。
そうして我らマンドラゴラは誇らしく生き継いできたのだという記憶が、この身には脈々と受け継がれている。
だから、今は眠ろう。
いつか我が、地上の世界を歩き回る夢を見ながら。
我はマンドラゴラ。
自我に目覚めてからしばらく経った。
以前より身体は大きくなっているが、まだ地上を歩けるほどではない。
今日は不思議なことがあった。
頭の上から生暖かいものが流れ込んできたのである。
ときおり空の上から水がぽたぽたと落ちてくることはあるが、それは冷たいのだ。
少々驚いたものの、無理に動くとせっかく身体に溜め込んだ精気が失われてしまう。
水や生気と一緒に取り込んでしまったが今のところおかしなことはないし、おそらくは空の気まぐれというものだと思うことにした。
もし、地上の生物が我を害そうとしているなら、その時は仕方ない。
幸いにも、この身体には幾分か魔力も蓄えられている。
地上に引きずり出された時には、強い魔力を込めた強烈な叫び声を浴びせてやるのみだ。
そうならないことを、今は祈ろう。
いつか我が、地上の世界を歩き回るために。
我はマンドラゴラ。
不思議な出来事があってから、更に経っている。
身体は随分と大きくなり、地上に這い出して歩き回れるのも間近だろうと思うのだが。
この頃、我はどこか落ち着かないのだ。
自分ではないどこか別の場所に生きる者の情景が、次から次へと思い浮かぶ。
何なのだ、これは。
まさかとは思うが、あの生暖かいものを身体に取り入れてしまったせいだろうか。
この頃は、本当に自分はマンドラゴラなのだろうか、と疑問に思うこともある。
実は次々浮かぶ情景こそが自分の本当の記憶なのではないか、と。
いやいや、あり得ない。
生まれてから土の中から出たこともない我が、そのようなものを見られるはずもない。
我は誇り高いマンドラゴラ、そのはずだ。
くだらぬ妄念など、耐え抜いてみせよう。
いつか我が、地上の世界に這い出るその日まで。
夢を見た。
植物となった自分が地中に潜み、長い日々を耐え忍んでいる夢だ。
そして、私は思い出を振り返っているのに、なぜかそれを自分の記憶ではないと否定するのだ。
おかしな話である。
私が植物であるはずがないし、ずっと地中にいるはずもない。
ましてや、あの時見た思い出は全て、私自身の生きた証と言えるものばかりだ。
それを否定するなど、あり得ない。
なぜあのような夢を見たのか、私にも分からない。
ところで、目が覚めたというのに周囲は真っ暗なのだが。
ここは一体、どこなのだろうか。
確か、私は――