宿命の幕引きは、かくも呆気なく
「覚悟、魔王バルムッサ!」
「ついに来たか、勇者ロイド!」
玉座から悠然と立ち上がり、魔王バルムッサは来たる宿敵を迎えた。
現れた勇者は、満身創痍だ。
ところどころに深い切り傷を負い、荒い息をついている。
気丈に剣を構えているが、その剣先は震えて定まることはない。
「どうやら我が四天王は倒してきたようだが、もはや虫の息ではないか。
勇者よ、そのような身体で大丈夫なのか、んん?」
嘲笑いながら諭すように語りかけた魔王だったが、勇者はその言葉に不敵な笑みを返した。
「む……?」
怪訝に思っていると、この玉座の間に新たな侵入者がやってきた。
勇者の仲間か、と魔王は思った。
だが、それは間違いだった。
「覚悟、魔王バルムッサ!」
「お前は……勇者ロイド、だと!?」
その姿は、まぎれもなく目の前に立っていた勇者と同じだった。
それも、五体満足、傷一つ負っていない。
続けて一人、また一人と。
勇者ロイドはやってきた。
ところどころに傷を負っている場所が違っていたりするが、間違いなく全てが勇者ロイドだった。
「「「「「覚悟、魔王バルムッサ!」」」」」
気づけば、玉座の間は数多の勇者ロイドで埋め尽くされていた。
一〇〇人以上――いや、外で待ち構える気配を入れれば、更に多いだろう。
――何だ、これは。
唖然としていた魔王だったが、やがて我に返るとすぐさま気付いた。
「……そうか、アルラウネか!」
マンドラゴラが生き血を吸うことで生まれるというアルラウネ。
その姿は血の主と生き写しになり、その記憶を宿すという。
勇者は浅ましくもそれを利用し、どこかで見つけたマンドラゴラの群生地に自分の血を撒き散らしたのだろう。
そして、生まれ出た彼らを連れて、この魔王城にやってきた。
魔王バルムッサも魔王軍の増強にならないものかと一度試してみたのだが、何故か全員「このわしこそが世界を手中に収める」と言い出して刃向かってきたので止む無く全て処分して諦めたのだ。
まさか勇者がそれを仕掛けてくるとは考えもしなかった。
「馬鹿正直に正々堂々と挑んでくるものと思っていたのだが、見込み違いであったか」
魔王はぐるりと目の前の偽勇者達を見渡した。
いかに勇者の血を吸い、その知識と技を持っていたとしても、所詮はアルラウネである。
その強さは勇者に遠く及ばないだろう。数は確かに脅威だが、この程度で怯むはずもない。
問題は、おそらくこの中に本物の勇者ロイドが混じっているということだ。
その攻撃にだけは注意せねばならない。
だが、本物こそ討ち取ることができれば、勝負は決まったようなものだ。
「良かろう! 貴様の策、我が力をもって粉砕してくれるわ!
さあ、かかってくるがよい、勇者ロイドよ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉッ!」」」」」
魔王バルムッサの言葉を合図に、数多の偽勇者ロイド達が魔王に襲い掛かった。
数刻後。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
玉座の間に残っていたのは、魔王バルムッサただ一人。
見事にすべての敵を葬り去ったのである。
最初は倒した数を数えていたのだが、途中から余裕がなくなり、やめてしまっている。
本物の勇者ロイドも、知らぬ間に倒してしまっていたらしい。
「姑息な策を、と言いたいところだが……よくぞ、わしをここまで追い詰めたものだ」
勇者の血を吸ったアルラウネの力は予想以上だった。
魔法こそ使ってこなかったが、卓越した剣技で幾度も魔王の命を脅かした。
序盤はかすり傷一つ負わなかった魔王も中盤に差し掛かると疲れが見え始め、終盤に疲れ果てた頃には深手の傷を何か所も負わされてしまった。
瀕死の状況まで追い込まれたが、最後に勝ったのは魔王バルムッサである。
とどめとばかりにありったけの魔力を込めて、勇者の姿をした残骸の山を極大炎魔法で焼き尽くし、跡形も残らないように消し炭にした。
それで、ようやく清々しい気分になった。
「あと一人でもいればわしを討ち果たせたろうに、残念だったな」
ククク、と思わず笑い声がこぼれる。
だが直後、新たに玉座の間に駆けこんできた気配を何気なく見やると、魔王は思わず驚愕した。
「な、貴様、勇者ロイド!?」
「覚悟、魔王バルムッサ!
……って、あれ?」
再びやってきた勇者ロイドは、傷ついてぼろぼろの姿になった魔王を見て、首を傾げた。
「……なんで俺達が来る前に、魔王がこんな状況になってるんだ?」
「ここまでの道中の敵も、なぜか全部倒されていましたしね」
「不思議なこともあるものねぇ」
やってきたのは勇者だけではなかった。
板金鎧を着込み、巨大な両手斧を担いだ厳つい顔の戦士。
十字架の描かれた神官衣を身に付け、凛とした表情で槌矛と盾を構える女僧侶。
だぶっとした長衣を纏い、杖を手にしているのは、いかにも高飛車そうな魔術師風の女だ。
勇者ロイドの、本当の仲間達だろう。
「……ということは、貴様が本物の勇者ロイドか!」
思えば、先ほど戦った偽勇者ロイド達の中に飛び抜けた力を持った者はいなかった。
落ち着いて考えてみれば簡単にわかることだった。
「本物? 何のことだ?」
問われた勇者ロイドは、何が何やらわからないという表情である。
話が噛み合っていない。
ここに至って、魔王は悟った。
(……この者達、本当に分かっていないのか?)
だとすれば、あの偽勇者ロイドの群れはなんだったのか。
考えられるのは――
魔王バルムッサはハッとした。
まさか。
勇者は知らぬ間にマンドラゴラの群生地に迷い込み、そこで強敵――おそらくは四天王の一人と戦い大量の血を流すほどの重傷を負ったのではないか。
敵を倒すべく動き回っているうちに、偶然その血が撒き散らされたのではないか。
そして辛くも勝利した後、それに気づかぬまま、その場を後にしたのだ。
傷と疲れを癒すために、勇者達はどこかに身を潜めただろう。
――よもや、その間に生まれた大量の偽勇者ロイド達が自分達を追い越して魔王城に押し寄せ、先んじて魔王と死闘を繰り広げていたなどと思いもせず。
それが真実ならば、なんと愚かしいことか。
事もあろうに、自分は偽勇者達に啖呵を切り、本物の勇者との闘いだと思い込んで全力を出し切っていたのだ。
信じたくない、そう言わんばかりに魔王バルムッサは頭を振った。
「……まあ、よく分からないけど魔王は瀕死だ! みんな、今のうちに倒すぞ!」
「「「おおッ!」」」
勇者ロイドの掛け声に仲間達が応えた。
今にも襲い掛かる気配で、じりじりと魔王バルムッサに迫ってくる。
「み……認めんぞ」
一歩。
また一歩と。
魔王バルムッサは後ずさる。
憂さ晴らしに極大炎魔法など使わなければよかった。
もはや戦う余力は残っていない。
ただ、蹂躙されるのを待つばかりだ。
「魔王と勇者の宿命が……このように呆気なく終わるなど、断じて認められるかあッ!」
魔王バルムッサの悲痛な叫びが、玉座の間に虚しく響いた。
それを合図に、勇者たちは魔王バルムッサに襲い掛かった。
「「「「覚悟、魔王バルムッサ!」」」」
「ぬわーーーーッッ!!」
勇者達と魔王の戦いは、ほんの数秒で幕を閉じた。
魔王バルムッサの討伐を果たし、勇者一行は帰還の途に就いていた。
「どうしたんだ、浮かない顔して」
戦士のマーカスが、隣を歩く若き勇者ロイドに話しかけた。
魔王城を後にしてから、ロイドはずっと怪訝な顔をしているのだ。
「いや、こんなにも呆気なくて良かったのかなと思ってさ」
「……確かに、呆気なさすぎたが」
腕を組み、マーカスもまた怪訝な顔をする。
魔王城内の敵は、すでに一掃されていた。
何者にも妨害されることなく魔王バルムッサの待ち構える玉座の間に入ってみれば、魔王はすでに瀕死の状態でわけの分からないことを言っていた。
襲い掛かってみれば抵抗らしい抵抗もなく、最初に勇者が振るった聖剣を避けることもできず、たったの一撃で死に絶えた。
マーカスは、いや、僧侶のチェリエと魔法使いのネイアもだが、魔王城内では何もしていないのだ。
「まあ、良いではないですか。
魔王を倒して世界も平和になるですし、こうしてみんな無事だったのですから。むしろ楽だったことを神に感謝するべきではないでしょうか」
後ろで話を聞いていたチェリエがそう言ったが、ロイドは首を振った。
ロイドが気にしているのは、魔王バルムッサが最後に言い残した言葉だ
「そうなんだけどね。
勇者と魔王の宿命の戦いだから、もっと壮絶な死闘を覚悟してたんだよ。
それなのにあんな結末……僕自身、納得できなくてさ」
「全くだわ。
せっかくアタシのとっておきの魔法を魔王城で心置きなくぶっ放そうと思ってたのに、期待外れよ」
ロイドに同意して憮然とした表情で不満を口にしたネイアは、それにしても、と更に言葉を続けた。
「誰なのかしらね、魔王バルムッサをあんなにまで痛めつけたのは」
「「「「うーん……」」」」
その後、祖国に凱旋した彼らは英雄として称えられることになる。
人々は魔王といかなる戦いを繰り広げたのか聞きたがったが、勇者達は口をつぐみ、決して何も語ろうとしなかった。
口にするのも憚れるほどだったのかと思いを馳せ、想像を掻き立てられた吟遊詩人達によって数多の勇者と魔王の戦いの歌が生み出されていった。
しかし、その歌の中に真実を語ったものは、ただ一つとして無い。