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私が幸せであるために その6

 月日は流れ、延期されていた王太子イングスとバートリー伯爵令嬢リアーナの結婚式の日。


 王都オルシャードは朝早くからお祭りのような盛り上がりを見せている。

 王城内でも官史や使用人たちがせわしく駆け回っており、着々と準備を整えつつある。

 ところどころに騎士や兵士たちが配置され、警備にも抜かりはない。


 不幸続きだった王家にようやくもたらされた慶事。

 誰もが、この祝うべき日を待ち望んでいた。

 国王も、王妃も。

 王太子イングスも。


 だが、晴れて王太子妃となる本日の主役たるリアーナの心中は、決して晴れやかなものではなかった。






 今、リアーナの目の前に、一人の女性が面と向かって座っている。

 シャード王家の色である濃い緑で縁取られた白の花嫁衣裳に身を包む、思わず見惚れてしまうほどの美人だ。

 微笑みかければ微笑み返され、軽く手を振れば同じように振り返される。


 いまだに信じられない。

 これが。

 大きな姿見すがたみに映るこの人物が。

 本当に今の自分だなんて。


「とても素敵ですわ、リアーナ様」


 驚きのあまり声も出ないリアーナの様子に、かたわらに控えていたメディアは満足げに頷いていた。


 結婚式に望むリアーナの身支度が進められていたのは、王城の四階にある王太子妃の居室である。

 前もって伯爵家を出て王城に上がった彼女は今、この一室に住んでいるのだ。


 それに付いてくる形で本来の職場である王城に帰ってきたメディアがリアーナの側にいるのもまた、当初の予定通りである。

 ただし、侍女()に任命されたことには大いに驚かされたが。

 こたびの結婚式は、主と認めるリアーナのお披露目の場であるとともに、責任ある立場を任されたメディアにとっても最初の大仕事となる。

 これに、彼女が奮起しないわけがなかった。


 自分の部下として若い人員で揃えられた侍女たち数人に指示を出しながら、メディアはリアーナを着飾った。

 腰まで流れる長い髪を結い上げ、この日のためにイングス王太子から贈られた最高級のウェディングドレスを着付ける。

 その際、他の侍女たちがリアーナの白く滑らかな肌を口々に褒め称えていたが、かつてそこに醜い傷痕が刻まれていたことに気づく者は誰もいない。


 最後の仕上げの化粧だけは他の誰にも手出しさせなかった。

 時間をかけて、メディア自身の手で入念にほどこした。


 本来の美しさを引き出す程度に薄く、あわく。

 それでいて、この素晴らしい衣裳に恥じぬよう麗しく、あでやかに。

 何よりも、これからも仕えていくこの主が幸せであり続けることを願いながら。


 丹精込めたその出来栄えは、メディアをして今までで一番だと胸を張れるほどだった。

 リアーナも見違えた自分の顔から目を離せないほどに夢中で、大層気に入ってくれたらしい。

 これから誰もがこの姿に見惚れるに違いないと、メディアは確信していた。


「ありがとう、メディア。

 私のためにここまでしてくれて」


 ようやく我に帰ったリアーナが、鏡越しのメディアに笑顔を向ける。

 だが、その表情はややこわばり、どこかぎこちない。


「どうやら緊張しておられるようですね。

 まあ、無理もないかと思いますが」


「……ええ、不安で押し潰されそうよ。

 覚悟していたつもりだったけれど、王家に嫁ぐということがこんなにも重圧だなんて知らなかったわ」


 言いながらリアーナが思い浮かべる姿は、かつて遠目に見た一人の気高き令嬢。

 誰もを惹きつけてやまない圧倒的な魅力と揺るぎない自信に満ちあふれた、オルマイン侯爵家の華麗なる赤き大輪。

 あのかたであれば、この場にあってもきっと落ち着き払っていることだろう。


 セレッサ・オルマイン侯爵令嬢こそは、まさに将来の国母たるに相応ふさわしい器だった。

 少なくとも、同年代の中であれほどの気品と風格を持ち合わせた令嬢を、リアーナは他に知らない。

 高慢だと悪しように言う者もいたが、実際の彼女は決して悪意をもって他人をおとしめるような人ではなかった。

 ただ、非礼や無作法を指摘してたしなめることは多かったから、それをこころよく思わない人々は多かったかもしれない。

 もちろん、王家や公爵家の方々は彼女のひととなりをよくわかっていたようで、イングス王太子によるとその評価はすこぶる高かったとのことだ。

 本来なら、王太子妃になるべきはかの人だったのだろう。


 しかし、結局。

 王太子妃の座を約束されていたはずのセレッサ嬢の想いは叶わず、彼女はその元凶たる己の父親を道連れに死を選んだ。

 その代わりを担うのが王家に嫁ぐことなど夢にも思わなかった自分なのだから、運命とは皮肉なものである。


 ここに至っては、もはや後戻りすることなどできない。

 王太子妃となって、自分が国政に携わらなければならないのだ。

 だが果たして、務まるのだろうか。

 今は亡きセレッサ嬢に恥じぬような王太子妃として、自分がやっていけるのだろうか――


「リアーナ様、失礼致します」


 知らず知らず後ろ向きな考えに沈みかけていた、その時。

 メディアの手がそっと、リアーナの背中に置かれた。


「どうか全ての重荷を一人で背負い込まないでください。

 私如きでは王太子妃の責務を代わることはできませんが、話相手になるくらいならできますから。

 それに、そんな難しい顔はリアーナ様には似合いませんわ。

 普段通りのあなた様でいてくだされば、おのずと人々から認められますとも。

 さあ、私の好きないつもの笑顔を見せてくださいませ」


 背中から伝わるぬくもりが、リアーナの心をゆっくりと落ち着かせていく。


 そうだ、そもそも自分はセレッサ嬢とは違う。

 彼女と同じように振舞うことなど、できるはずがないのだ。

 それなら私は、私のやり方を貫くだけだ。


 吹っ切れたその顔に、笑みが戻る。

 気づけば、リアーナを襲う緊張と不安はどこかへと消え去っていた。


「おかげで気が楽になったわ。

 あなたがいてくれて本当に良かった。

 これからも頼りにさせてもらうわね」


「お役に立てて何よりです。

 今後とも、微力を尽くさせていただきます」


 謙遜しながら頭を下げるメディアだが、リアーナはすでに知っている。

 本来なら、彼女は自分に頭を下げるような身分ではないことを。


 本名メディア・ベロニック。

 王室の派閥に属する伯爵家の五女で、奉公に出されて王家に仕える侍女となった。

 そして、王太子妃となるリアーナに側仕えするためバートリー家に送り込まれ、内情を王家に報告していた張本人である。


 この正体は、王城入りする前に彼女自身から打ち明けられたものだ。

 確かに王家の手の者だったことは驚くべき話だったが、よくよく話を聞けばアルーラの助けを借りるよう提案したのも彼女だという。

 その繋がりがあったからこそ王家と協力して事件を解決することができたのだからと、リアーナは笑ってメディアのことを許している。


 それにしても、まさか彼女も伯爵令嬢だったとは思いもしなかった。

 もっとも、貴人の世話をする役目柄、侍従や侍女となる者は貴族子女であることが珍しくない。

 ましてや王族付きとなれば相応の身分が求められるため、言われてみれば当然のことである。


 ただし、そういった者達は気位が高い者も多く、内心では従い続けることに不満を抱く者も少なくないという。

 特に、王太子妃に選ばれたとはいえ自分と同じ家格の令嬢に頭を下げるなど、普通なら気分の良いものではないはずだ。


 しかし、メディアはそんなことを全く気にすることなく自分にへりくだってくれている。

 こんなにも忠実で信頼できる侍女に巡り合えたのだから、本当に恵まれている思うのだ。


 リアーナが辛いときにそばで支えてくれた、かけがえのない存在。

 そのメディアがこの王城でもそばにいてくれる。

 これほど心強いことはなかった。


「まあ、欲を言えば()()()()にも居て欲しかったのだけれど」


「止むに止まれぬ事情とあれば、致し方ないことでしょう」


「……そうね。

 もう、致し方ないのよね」


 メディアの答えに、リアーナはそっと目を伏せる。

 わかっているのだ。

 もはや、その願いが叶うことはないということを。


 ()()()()とは、オリオとアルーラのことである。

 この王城内でおいそれと話せることではないので、事前に色々と示し合わせておいた。


 あの二人はもういない。

 一言の別れも告げず、行方をくらませてしまったのだから。

 そしてもう二度と戻ってくることはないだろう。


 オリオの部屋には、勝手に出て行くことを謝罪する置手紙が、庭園の管理の引き継ぎに関してつたないながらも事細かに書かれた冊子とともに残されていた。


 一方、アルーラの部屋にあったのは、たった一枚の書置きだけだった。


『心より皆様の幸せを願って』


 生真面目なオリオに比べて、あまりにも素っ気ない。

 普通なら世話になった人々への感謝の礼をいっぱい書き記すべきだろうに、と悲しく思ったものだ。


 どうして黙って出て行ってしまったのか、などと今さら責め立てるつもりはない。

 多分、引き留められたら困るとでも思ったのだろう。

 あの二人のことは、他の誰よりも知っているつもりだから。

 ただやはり、その別れはちゃんと笑顔で送り出してあげたかった。

 

 父も母も、そして執事のモーリスを始めとするバートリー邸で勤めていた誰もが残念がっていた。

 今しがたのメディアの声色がどこか不満げだったのも、きっと気のせいではないだろう。

 せめて私にだけでも教えてほしかったな、とリアーナは寂しげに笑った。


「失礼します。

 間もなく、王太子殿下がお越しになられます」


「わかったわ」


 そこへ、使いから戻ってきた侍女からそう告げられ、リアーナとメディアはさっと表情を取り繕う。

 出迎えるためにリアーナが立ち上がり部屋の入り口に向き直ったところで、ちょうどイングスがやってきた。


 その衣装はシャード王族の面々がいつも身にまとう緑ではなく、気品ある白地の正装。

 王家の緑色は袖口や襟といった部分的な箇所にとどめられており、通常の式典で見かけるものとは明らかに格が違う。

 これこそ、王族男性が結婚する時しか着ることを許されないという、極めて貴重な婚礼用の礼装だった。


 現国王はもちろんのこと、他にも幾人もの王族男性が袖を通したという由緒ある代物で、決してイングスのためだけにあつらえられたわけではない。

 けれど、ただでさえ見目麗しい彼がその礼装を着こなして颯爽と歩くその姿は、まるで今日この日のために作られたのではないかと思えるほどに様になっていた。


「ああ、やはり綺麗だ。

 よく似合っているよ、リアーナ」

 

「イングス様も、いつにも増して素敵なお姿ですわ」


「……ふむ、いつもよりわずかに声が上ずっているね。

 メディアもやや不自然な笑顔を張り付けてるみたいだし、どうせまた()()()でもしていたのかな?」


 どうして、ほんの一言話しただけで見抜かれたのか。

 そんなにもわかりやすかったかしら、とリアーナは思ったが、傍らのメディアはそんなことはないとばかりにわずかに一度だけかぶりを横に振った。

 部屋の脇に控える新しい侍女達にも視線を向けてみると、彼女達もまたふるふると頭を横に振っている。


 つまり、それほどまでにイングスという人物の察しが良すぎる、ということなのだろう。

 ただ、当の本人にその自覚はないようで、リアーナ達が驚き呆れる中、彼だけは当たり前のように平然としていた。


「まあ君のご実家の出来事だし、心配するのも無理はないだろうけれど。

 一応確認するけど、本当に手を貸さなくていいんだね?」


「ええ、もういいのです。

 彼らが自分達で決めたことですから」


 これまで幾度となく訊ねられたその問いに、リアーナはきっぱりと答えた。


 オリオとアルーラが失踪した直後、イングスからは二人の捜索を手伝おうかと申し出があった。

 確かに、その手を借りれば二人の足取りを掴むのはそう難しくない。

 なにしろ、自分が王城に居を移すまで、バートリー邸の周囲は王家の警護によって密かに見張られていたはずなのだから。

 忌まわしい傷を負わされたあの襲撃者ならいざ知らず、そうした訓練などまるでしたことのないあの二人の脱走に、彼らが気づかぬはずがない。

 更に、いつでも接触できるように追跡していようものなら、すぐにでも発見の知らせが届くことだろう。


 でも、多分あの二人はそんなことを望んではいない。

 オリオが正式な辞め方をしなかったのは、知られたくない理由を永遠の秘密とするためだ。

 アルーラが自分の名前すら書置きに残さなかったのは、その痕跡をバートリー家に残さないためだ。

 ひとえに、ただ私のために。

 その並々ならぬ覚悟に思い至れば、彼らを引き留めることなどとてもできない。


 それに、連れ戻したとしてどうするというのか。

 王太子妃と親しい仲にあった庭師の青年と、王太子妃と生き写しの化け物。

 王城に迎えることなどできるはずがない。

 バートリー邸に住まわせるにしても、待っているのは王家の厳重な監視の目だ。

 今はともかく、もしも情勢が変わった時には利用されたり排除されたりする可能性だってあり得る。

 そんな息苦しい日々を送らせるのは、やはり忍びない。


 ――呼び戻すことは、あの二人のためにならない。


 そう結論を出したリアーナは、両親に頭を下げて頼んだ。

 バートリー家はもう、あの二人を探してはいない。

 だから、イングスの申し出も丁重に断っているのだ。


「そうか……では、これからはもっと私のことを見てもらわなければな」


 イングスは言いながらリアーナの目の前までやってくると、ずっと後ろ手に隠し持っていた物をそっと彼女の頭の上に乗せた。


「では一足先に式場で待っている、我が最愛となる人よ」


 最後に頭を一撫でして立ち去るイングスの後ろ姿を、リアーナは顔を赤らめて見送った。


 彼女の頭頂部には、王太子妃の証である妃冠ティアラが鮮やかに輝きを放っていた。






 挙式は、大規模なものとなった。

 

 式場は、王城の一階エントランスの大ホール。

 儀式を取り仕切るのは、何とイステリア教会の総本山である自治領からはるばるやってきた枢機卿の一人だ。

 王太子イングスの親として、当然ながら国王王妃夫妻も見守っている。

 そして、名だたる家から末端まで多くの貴族たちが招かれ、大勢の人数がこの場に集まっていた。


 やがて式が始まり、先に花婿のイングスが、次いで花嫁のリアーナが父であるジュリアン・バートリー伯爵に伴われて姿を現すと、誰もが二人の気品高い姿と堂々たる居住まいに感嘆せずにはいられなかった。


 互いに永遠の愛を誓い合い、リアーナとイングスの結婚式はつつがなく終わった。

 唯一、多数の高貴な面々の注目を浴びながら王太子妃となる娘とともに歩かなければならなかったジュリアンが精神的に随分と堪えたらしく、その後三日ほど寝込むことになったのは余談である。


 こうして名実ともに夫妻となった二人は、そのまま着替えることなく国王王妃夫妻とともに移動する。

 向かう先は城壁の上。

 一度外へ出て、階段を上り、正門側へと向かう。

 そこで王都の人々に花嫁姿をお披露目するのが、王太子妃リアーナの最初の仕事だった。


 イングスと共に特設された立ち台へと上る。

 眼下の城門前大広場は、すでに群衆で埋め尽くされていた。

 リアーナ達の姿を認めた彼らから、大きな歓声が上がる。

 それに応えるべく、リアーナとイングスは微笑みながら手を振った。


 知らず知らず、リアーナは人々の顔を一人一人と追っていた。

 もしかしてあの二人が来ているかもしれないと思ってのことだ。

 しかし、あまりにも大勢の数だ。

 幾千、もしかすると一万すら超えているかもしれない。

 これでは、たとえ彼らが居たとしても見つけるのはかなり難しい。


 期待するだけ無駄かもしれない、と諦めかけたその時。


「リアーナ」


 不意に名を呼ばれ、わずかに隣のイングスを見た。

 今も笑みを絶やさず群衆の方に顔を向けたままだが、確かに彼の声だった。


「真正面のシャーディス大聖堂、右端から二番目の柱の下だ」


 どきりと、胸が高鳴る。

 

 シャーディス大聖堂は、イステリア教会のシャード王国における拠点として建てられた巨大な建物だ。

 王城から大広場を挟んで真向かいの位置にあり、総石造りでできたその外周には装飾も兼ねた柱が並び立っている。


 そこを見ろ、というの。

 はやる気持ちを抑えながら、言われたとおりに視線を移す。


 ――ずっと後ろ、真正面のシャーディス大聖堂。

 ――右端から、二番目の柱の、下。


「……ああ」


 いた。

 周囲から目立たないようにフード付きの茶色の外套を羽織ってこそいるが、間違うことなくアルーラとオリオの二人だ。


 こちらに向かってにこやかに手を振る二人の手にあるのは、小振りな花束。

 遠目で見てもかろうじてピンクであることしかわからないほど小さな花は、決して有名なものではない。


 しかし、だからこそリアーナにはその花が何か分かった。

 昔、オリオから教わり、バートリー邸の庭園にもよく植えられていた。

 忘れるはずがない。


 ――ローダンセ。

 花言葉は、変わらない友情。


 じんと、胸が詰まる。

 それだけで十分に、二人の想いは伝わった。


 リアーナは天高く右手を掲げた。

 観衆たちもまた手を挙げて応えてくれたが、その真意に気づく者は誰もいないだろう。

 その手に握りしめたローダンセの花束は、リアーナとあの二人にしか見えないのだから。


 それを見て満足したのか、アルーラとオリオは頷き合い、手を振りながらその場を後にする。

 北へ続く大通りの向こうへと、互いの手を取り合いながら。


(彼と一緒に行くことにしたのね、アルーラ)


 オリオと結ばれる。

 それはかつて、バートリー家の一人娘としての立場と彼との身分差でリアーナが諦めた道だ。

 一度は夢見たその先の未来へと、アルーラは進もうとしているのだ。

 そこに失意の色はなく、ただ希望に満ち溢れている。

 何のためらいもなく去り行く二人の姿を見て、少しだけ寂しく思った。


 ふと、リアーナの左肩に手がそっと添えられる。

 いつからなのか、隣のイングスが優しい目で見守っていた。

 観衆たちに仲睦まじそうに見せる狙いもあるが、それだけではない。

 彼なりに気遣ってくれているのだろう。


 気恥ずかしく思いながらも、下ろした右手を左肩にあるイングスの手に重ねた。

 二人の姿は今にも雑踏の中へ消えようとしている。


 ――私はこの場所で必ず幸せになる。

 ――だから、あなたたちも幸せになって。


 最後にリアーナは、心の中で二人の前途を祈った。

 見送るその顔に、満面な笑みを浮かべて。






「……綺麗だったなぁ」


「ええ、とっても」


 澄み渡る青空の下、歩きながらオリオが漏らした感想に、隣を歩くアルーラもまた相槌を打つ。

 いまだに二人が王都を離れていなかったのは、最後にリアーナとの別れを済ませるためだった。


 あの日の深夜、バートリー家を抜け出した直後。

 二人は実にあっさりと見つかっていた。

 またリアーナに何かあってはならないからと、王家から派遣された外回りの警護は更に厚いものとなっていたのだ。

 その厳重な監視の目から逃れることなど、できるはずもなかった。


 しかし、結論から言えば二人はそのまま連れ戻されることはなかった。

 それどころか目の前に音もなく現れた警護の女性士官は、王都脱出の手引きをさせていただきたい、とまで申し出てきたのである。


 王家はアルーラの処遇について、何の問題も起こさぬ限りは一切関与しないことを決めたらしい。

 それはレドリック・オルマイン捕縛に最も貢献したことへの見返りであり、イングス王太子が口利きをしてくれた結果でもあった。


 確かにアルーラは、いずれバートリー家を出て行く旨を、イングスにだけは告げていた。

 夜会終わりの襲撃の後、邸宅まで送り届けてくれた馬車の中でこれからどうするつもりかを訊ねられたからだ。

 きっと、そのことも考慮されてのことに違いない。


 そうしたわけでバートリー邸の警護に当たる人員には、もしアルーラが出て行くようならこれを助けるように、と事前に通達されていた。

 彼らも、おかげで殺された仲間の無念を晴らせた、と感謝の念を抱いてくれていたので、非常に協力的だった。


 最後にリアーナの花嫁姿を見届けたい、とお願いするとすぐに秘密の隠れ家に案内され、手厚い待遇の下で今日まで匿ってもらっていたのだ。


 期待はしていなかったが、リアーナが自分達を見つけてくれたのはとても嬉しかった。

 もっとも、これは自分達の居場所をどうにかして知り得たかたわらのイングスが、彼女に教えたのだと見ているが。


 この日のためにオリオが間に合わせたローダンセの花束の意味にも気づいたようで、リアーナは右手を掲げて応えてくれた。

 彼女の結婚を祝い、最後の別れを済ませることもできた。

 これでもう、王都でやり残したことはない。


 全てを終えたアルーラとオリオは王国特務部隊の秘密の出入り口とやらを通り、王都からすんなりと抜け出てきたというわけだ。


「……で、これからどこへ行くんだ?

 私の旅に付き合って、とは聞いたけど、どこか当てでもあるのか?」


「そうね、二人で大陸中を巡ってみるのも悪くないわね。

 資金の心配もなくなったし」


 餞別として、有り余るほどの路銀まで貰っていた。

 イングスからの伝言として、これだけ世話したのだから他所よそで問題を起こさないでくれよ、と釘も差されはしたが。

 とにかく、よほどのことがない限りお金に困ることはないだろう。


「……でも差し当たって、まずは大陸北のグリナム王国を目指そうかしら。

 気になる話を思い出したものだから」


 それは昔、リアーナが外へ出かけた時にたまたま見かけた旅の吟遊詩人の歌の一つだ。

 グリナム王国には、見た目の若い年経ぬ魔女がいると。

 五〇年以上も街に通い続けているというその魔女は、北部の森の奥からやってくるのだという。


 ――もしかすれば、その魔女も自分と同じアルラウネなのではないか。

 それを、確かめてみたい。


「ね、気にならない?」


「まあ興味がないわけじゃないけどさ。

 そもそも、それ本当の話なのか?」


「わからないから確かめに行くのよ。

 嫌なら無理について来なくていいわ。

 一人で行ってくるから」


「嫌とは言ってないだろ。

 君に連れ出されてきた旅だ。

 どこへだってついていくさ」


「ふふ。

 よろしく頼むわね」


 律儀な答えに微笑むと、アルーラはそのままオリオの腕をとった。


 彼と共に行ける。

 それだけで、何と心躍ることか。


(あなたの諦めた未来、私が進ませてもらうわね、リアーナ)


 これは、彼女が望んでいた幸せの形の一つ。

 その想いに沿って生きることこそが、彼女の分身たる自分の一番の望みだ。


 これまではリアーナを幸せにすることだけを考えてきた。

 でも、王都からも離れた今、それも終わりにしよう。

 これからは、思いのままに生きるのだ。

 

 誰のためでもなく、ただ私が幸せであるために。

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