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冒険者トランの帰郷 その5

「キティアーーーーーッ!」


 愛する妻と腹の中の我が子をも捕らえられてしまったバーツの悲痛な叫びが、後方から聞こえてくる。

 その時には既に、トランの弓はシャニーに向けて構えられていた。


「全員、動かないで!」


 他の仲間達も各々行動を起こそうとしていたが、アルラウネのシャニーが発したその言葉に身動きを止めなければならなかった。

 反対側に向き直ったためにトランの前に立つ形になったザルファーとマルシィは、ともに長杖と戦槌バトルハンマーを構えてシャニーに険しい視線を送っている。

 後方から時折ガチャガチャと鳴る金属音と唸るような声が聞こえるのは、今にもいきり立って駆け出しそうなバーツをユークが必死に押しとどめているからかもしれない。

 今すぐに攻撃できる体勢にあるのは、トランただ一人だけだ。


 シャニーは後ろから抱え込むようにキティアの口を塞ぎ、顔だけをその肩越しに覗かせている。

 狙いはもう定まっているが、下手に動かれてキティアに当たってしまうことは避けなければならない。


「キティアを放せ、シャニー。

 全ての元凶だった村長――お前の親父さんはもういない。

 ホルバ村は国に頼んで、これから何とかしてもらうつもりだ。

 だから、お前は身を隠してどこかでひっそり暮らせばいいさ」


「ありがとう、優しいのね。

 でも、それだと全て終わったことにならないのよ」


 トランの説得にそう言葉を返すと、彼女はかぶりを振った。


「アルラウネの私が目覚めて間もなく、父が私に命じてきたの。

 お前がさとして、子供たちが従順なアルラウネになるようにしろって」


 子供。

 そういえば、とトランは帰ってきてから見て回ったホルバ村の情景を思い起こしていた。

 懐かしい面々には大勢会ったし、旧友の中には結婚したんだと言っていた奴らもかなりの数居たのは確かに覚えている。

 だが、よくよく思い返すと遊び回る子供達の姿を見た記憶がない。

 少なくとも、この村でまだ大人とみなされていない年頃の少年少女には一人として会っていないはずだ。


「もちろん、私は断ったわ。

 父の命令に従うだけの人形みたいな子供たちの姿を見たくはなかったから。

 でも、いずれ父の魔の手があの子たちに及ぶのは時間の問題だった。

 人数が多すぎて私だけではかくまいきれないし、村から逃がしてあげることもできそうにない。

 だから……」


「だから先にお前が子供たちを殺した、というわけか。

 アルラウネにされないように、死体を見つからない場所に隠したんだな」


 真相に辿り着いたトランにシャニーは頷き、そのまま目を伏せる。


「わかったでしょう。

 理由はどうあれ村人たちを殺したのが罪なら、私も父と同罪。

 私もまた、生きていてはならない存在なのよ」


 再び顔を上げた彼女が見せたのは、何とも物悲しげな笑みだった。


「あなたが帰ってきてくれて、とても嬉しかったわ。

 本当はすぐにでもその胸に飛び込みたかった。

 けれど、どんなにあなたの記憶があっても私はただの紛い物。

 それに子供たちを殺しておいてずっと正気のまま生き続けられるほど、私の心は強くない。

 これでホルバ村が解放されるなら、私の役目もこれでおしまい。

 だから狂ってしまう前に、あなたの手で私を終わらせてちょうだい」


「それがお前の選んだ結末なのか」


「ええ。

 さあトラン、早くしてくれないと本当にこのひとを殺してしまうわ。

 たくさんの子供達をこの手にかけたんだから、今さら一人増えることぐらい私にはどうってことないのよ」


 険しさをはらんだ催促を受けて、トランは目を閉じると一度ゆっくりと深呼吸した。


 キティアは大事な仲間であり、しかもその体内には新しい生命を宿らせている。

 一方、幼馴染であるシャニーは既にこの世におらず、その血を受けて生まれたアルラウネのシャニーは不本意とはいえ村にいた子供達を全て殺しているのだ。

 キティアと目の前のシャニー、どちらを取るかは今さら考えるまでもない。


 けれども、だ。

 このシャニーは、ただひたすらに待っていたのだ。

 ホルバ村のアルラウネ達を完全に駆逐くちくするために、そして帰ってきたトランを守るために。

 現にここまでの逃走を手引きし、ダガーの投擲とうてきからその身を投げ打ってかばってくれたのは、まごうことなき事実だ。

 彼女こそが、ここまでトランを生かしてくれたのである。


 ならばせめて、その最期に相応ふさわしい手向けを。

 再びその双眸そうぼうを見開き、トランはまっすぐにシャニーを見据みすえた。


「お前がいてくれて本当に助かった。

 ()()()()()()、シャニー」


 言い終えるとともに放たれた瞬速の魔力矢が、寸分違わずシャニーの眉間を射抜く。

 その顔がひび割れて崩れ去る直前にトランが見たのは、かつて幼馴染が見せた得意げな笑みだった。






 首から上を失ったアルラウネのシャニーの身体が、どさりと後ろに倒れた。

 それが完全に動かないことを確認すると、トランはようやく弓を下ろして大きく溜息をついた。

 今まで張り詰めていた意識が解き放たれるとともに、どっと疲れが押し寄せてくる。


「大丈夫かの」


「さすがにちょっと疲れたが平気さ、ザルファーの爺さん。

 それよりもキティアは?」


「彼女もこの通り、何ともありませんよ。

 ご苦労様でしたね、トラン。」


 拘束から放たれたキティアを伴いながら、マルシィがトランにねぎらいの言葉をかけてきた。


「シャニーさんはあらかじめ、このように最期を迎える心積もりだったのでしょう。

 子供たちを手にかけたと聞いた時は確かに驚きましたが、そのことをずっと気に病んでおられたご様子でしたから。

 それが正しかったとは言えませんが、最後の言葉にきっと彼女も報われてったのではないでしょうか」


「うん。

 あの女性ひとの捕まえる力は強かったけど、アタシの身体に負担がかからないように気遣きづかってくれてたみたいだったし。

 アタシを人質にしたのも、遠慮なく攻撃してもらうための演技だったんじゃないかな。

 トランは、あの女性ひとの想いに応えることができたんだと思うよ」


 マルシィに賛同して、キティアもお腹に手を当てながらトランを慰める。

 と、その時。


「無事かッ、キティアーーーーーッ!」


 猛然と後ろから大声を上げて駆けつけてきたバーツが、キティアをがばっと抱き締めた。

 ぎゃあ、とたまらず彼女は女性らしからぬ悲鳴を上げる。


「こ、こら。

 あまり強くし過ぎたらお腹のこの子が苦しいじゃないか。

 ちゃんと加減してよね、この馬鹿亭主」


「お、おお、すまん」


 叱られて慌てて手を離すバーツと、なおも文句を言いながら満更でもなさそうなキティア。

 その微笑ましい様子を見て何だか救われた気分なり、トランの顔に自然と笑みがこぼれた。


 そのトランの肩にそっと手を置いたのは、最後にやってきたユークだった。

 

「どうやらこれで本当に終わったようだね。

 まあ、今回の一件について僕には君にかける言葉が見つからないけれど」


「……その心遣いだけで十分さ」


 力無くそう言ったトランを慰めるように肩を軽く二度叩くと、ユークはそのままトランの横を通り過ぎて歩いていく。

 そしてアルラウネのシャニーの遺体のそばまでやってくると彼はひざまずき、拳を胸に当てて黙祷を捧げたのである。


 促されたかのようにトランも他の仲間達もそれにならうと、それぞれのやり方で彼女の死を弔ったのだった。






 あれから三〇日の後。

 トランは、再び隠れ家のある森の大樹の前にあった。


「よう、また帰って来ちまったぜ」


 自分が作った思い出の隠れ家のある場所を見上げながら、トランは語りかける。


 あの後、ザルファーの転移門で王都エルドに帰還したトラン達を待ち受けていたのは、なんとエリウム王国騎士団の副団長だった。

 念のためにと、ユークが無理を言って呼び出しておいたのだそうだ。

 副団長はキティアによる魔道具の記録を確認すると事の深刻さを悟り、すぐさま騎士団を動かしてくれた。

 

 次の日の朝には総勢五〇〇もの討伐隊を編成し終えると、何とザルファーの転移門を利用してその日のうちにホルバ村を強襲したのである。

 何百もの火矢を一斉に撃ち込んで村を焼き尽くし、念には念を入れて村外れの墓地まで完全に破壊したから、村人になり替わっていたアルラウネ達は一匹残らず掃討できたはず、とのことだ。


 ただ、事件の元凶ともいえるミリア教の女神官の行方はわからずじまいになってしまった。

 このところ、ミリア教の教えを広める女性信徒の姿が各地で頻繁に目撃されているのだという。

 それもこの国だけではなく、周辺の国々にまでその影響は広まりつつあるらしい。

 ホルバ村のこともあり、エリウム王国はイステリア教会と協議した上でミリア教に対して大いに警戒を強めていくことになるだろう。

 

 わからずじまいといえば、本物のシャニーが眠る墓の場所もそうだ。

 結局、アルラウネのシャニーからは一度も訊ねるおりがないままだった。

 娘に執着を見せていたアルラウネの村長のことだから、あの男の身近な場所に作ってあったと思われるが、それとわかる手がかりは残念ながらもう失われてしまっていることだろう。

 それゆえに、ホルバ村の存在が完全に消え去った今、トランは唯一残された思い出の隠れ家のあるこの古い巨木をシャニーの墓代わりに扱うことを決めたのである。


「もうちょいと早くここに来れる予定だったんだが。

 情けないことに、俺自身がしばらくその気になれなくてな。

 自分でも信じられなかったぐらいだ」


 シャニーの依頼は全て果たされ、ホルバ村の事件は一応の決着を迎えた。

 それによってトランの心を満たしたのは、達成感ではなく喪失感だった。


 何せ彼は帰る故郷を、多くの知己と友人達を、両親をも失っている。

 そして何よりもトランの心に一番(こた)えたのは、シャニーを失ったことだった。

 いつの間にか彼女は、トランにとって最も大切な存在となっていたらしい。

 大事なものは失ってから気づくというが、本当に今さらである。


 王都エルドに帰ってからのトランはしばらく、無気力のまま何もせずに過ごす日々を続けていた。

 一時は、生きる気力さえ失いかけていたほどである。


 だが、そんな彼を叱咤しったしたのは仲間達だった。

 死んだ彼女がお前を守ったのはそんな姿を見るためじゃないだろう、と。


 その言葉に後押しされて、トランは再び立ち上がった。

 ホルバ村の消滅、そしてシャニーの死を、このまま悲劇で終わらせないために。


「聞いて驚け。

 これから俺は、仲間達と一緒に村を再建することになった。

 というか、いつの間にかユークが下準備してくれていたんだがな」


 トラン達は王城に呼ばれ、ホルバ村のアルラウネ討伐で多大な功績のあったものとして国王から栄誉を称えられていた。

 その折、ホルバ村の跡地を領地として求めたユークに対して、国王は子爵位とホルバ村の周辺一帯を治める許可を与えた。

 もっとも、爵位や領地というものはその場の申し出ですんなり貰えるほど簡単な話ではない。

 故郷を無くす結果となったトランに報いるために、彼が事前に手を尽くしてくれたに違いなかった。


 ユークだけではない。

 近いうちに結婚してユークの伴侶となる予定のマルシィも。

 生まれ来る子供のために生活環境を考えるべきバーツとキティアの二人も。

 そして魔術師学院に赴くはずだったザルファーも。

 誰もが賑やかな王都を離れ、トランと共に村作りを手伝うと言ってくれた。

 今回の一件は、彼らにとっても何かしら思うことがあったのかもしれない。


 すでに王都では移住者と労働者の募集をかけており、少しずつではあるが人が集まってきている。

 エスカーダ伯爵家からも資金と人手を借り受けることが決まっており、着々と準備が整いつつある。

 本格的な作業が始まれば、きっと忙しくなるに違いない。


 もちろんこれから先には、様々な困難が待ち受けていることだろう。

 けれど、たとえ何があろうともこの歩みを止めるつもりはない。


「だから見ていてくれ、シャニー。

 俺はお前の分まで生きて生きて、生き続けてやる。

 そしてお前に、俺達の村が発展していくのを見せてやるからな」


 その決意を最後にトランはくるりと振り返ると、軽く右手を上げながらその場を立ち去った。


 後に残されたのは、トランが巨木に添えたローダンセの花束。

 あの日村に帰ってきた彼が両親の墓で見たのと同じようなものが()()、並べられていた。

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