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冒険者トランの帰郷 その4

「さすがはザルファーのじいさんだ。

 まさか、アンタが自ら出張でばってくれるとは思ってもみなかったぜ」


 トランは、ただ闇雲に逃げていたわけではなかった。

 念を押されて渡されたザルファー特製の宝珠がただ目眩めくらましだけで終わるはずがないと見込み、何らかの助けがあることを信じて時間を稼いでいたのである。


「そう思うなら、その呼び方をもう少し何とかして欲しいもんじゃがな」


 おだてるトランに、ザルファーは物言いたげな視線を向ける。


「宝珠を渡しておいて、助ける準備ができておらんでは話にもならんからの。

 転移門の準備を済ませておいたのは正解だったのう。

 だが、驚くにはまだ早いぞ」


 ザルファーが言い終わるとともに手にした長杖を振るうと、背後の魔法陣が鮮やかに輝きだした。

 そして直後、魔法陣から一人、また一人と次々に飛び出してくる。

 

 長剣と方形盾ヒーターシールドを携え、白い鎧と青いマントを着こなす端正な顔立ちの騎士――ユーク。

 戦斧を肩に担いだ、野性味溢れる巨漢の戦士――バーツ。

 イステリア神教の司祭服に身を包んだ清楚な女神官――マルシィ。

 そして、今はなるべく身体を締め付けない服を着ている盗賊の女性――キティア。


 忘れるはずもない顔が、勢揃いしていた。

 

「お前ら、どうしてここに」


「ザルファーから、つい先日別れて田舎に帰ったはずの君が危ないって知らせがあってね。

 仲間の危機を黙って見過ごせない、というわけでこうしてみんなで駆けつけたってわけさ」


 リーダーだったユークが澄まし顔でそう言ってのける。

 気取ったような物言いだが、実はエスカーダ伯爵家の四男という身分の彼が言うと様になってしまうから不思議なものである。


「老師の宝珠の魔力と私が差し上げた護符の神気を頼りに、位置を割り出したのですよ。

 信仰心の薄い貴方が護符を肌身離さず持っていてくれて、本当によかった」


「……そういえば、マルシィからはそんな物も貰ってたな」


 トランは胸の隠しの奥にしまい込んだままの護符の存在を思い出し、罰が悪そうに苦笑いする。

 絶対に手放さないでくださいね、とマルシィから妙に威圧感のある笑顔で手渡されたのだが、気圧されて慌てて隠しに突っ込んだまま今の今まで忘れていたのだ。


「それにしても、お前らだって新しい生活に忙しい時期のはず。

 俺に構ってる暇なんて無いんじゃないのか」


水臭みずくせえぞ、トラン。

 一緒に冒険することが無くなっただけで、俺たちはこれからもずっと仲間のままだろうが。

 仲間を助けるためなら、少しぐらい用事を後回しにするくらいわけねえよ。

 わかったら、素直に加勢を喜びやがれ」


「バーツ……そうだな。

 みんな、恩に着る。

 力を貸してくれ」


 トランが言うと、仲間たちは力強く頷いた。


「さて、再会を喜ぶのはこれぐらいにして、そろそろ状況を説明してくれんかの。

 連中の足止めも、そう長くは保たんようじゃ」


 ザルファーの言う通り、村長を始めとするホルバ村の住人たちは電撃による麻痺から早くも回復し、のろのろと動き始めている。

 トランは手負いのシャニーを支えながら、一緒に立ち上がる。


「……故郷に帰ったら、村人全員がアルラウネになってたんだよ。

 元凶は、あそこにいる村長――このシャニーの父親だ」


「ミリア教徒を名乗る女性にたぶらかされたんです。

 村に永遠の平穏をもたらすことができるって」


 簡潔にまとめたトランの説明に、シャニーが補足する。

 振り返った彼女の、急所に短剣が突き刺さったままの姿に、仲間たちは息を呑む。


「そのご様子。

 どうやら貴方もアルラウネのようですね」


 特に、そう訊ねるマルシィの眼差しは一際険しかった。

 彼女の信仰するイステリア神は、自然の秩序に反するとしてアルラウネを始めとする魔物共の存在を認めていないのだ。


「人間だった私が父に殺される間際に思っていたのは、トランのことでした。

 このままでは、いつか何も知らずに帰ってくる彼もまた犠牲にされてしまう。

 そうさせないためにも、父の行いを止めようとしました。

 力及ばず失敗し、心ならずもアルラウネとしてよみがえらされた今もその想いは変わっていません。

 今の私がいてはならない存在であることはわかっているつもりです。

 父の過ちを正し、トランが助かりさえすれば、もはや思い残すことはありません」


 その鋭い視線を、シャニーは真っすぐに受け止める。


 一触即発かと思われたが、それを横合いから破ったのは村長の怒鳴り声だった。


「トランの仲間だと。

 お前たちもわしの邪魔をするというのか。

 シャニー、そいつらは我らの敵だ。

 殺せ、殺すのだ」


「いいえ、父さん。

 彼らはトランを助けるためにやってきてくれた良い人たちよ。

 この村のことも、きっと救ってくれるわ」


 麻痺から完全に立ち直った自分の父親にそう答えると、シャニーは再びマルシィに向き直り頭を下げる。


「トランのお仲間方。

 父を――いえ、ホルバ村を変えてしまったあの男を止めてください。

 そして、アルラウネたちの手から村を解放して欲しいのです。

 どうかお願いします」


「……わかりました。

 あなたのその覚悟を信じましょう。

 その依頼、必ずや果たしてみせますわ」


 シャニーの真摯しんしな態度を見て、マルシィはようやく警戒を緩めた。

 正直、彼女がシャニーを味方と認めてくれるか心配していたのだが、何事もなく良かったとトランはホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ふむ。

 あちらの頭数を見るに、村にはまだ大勢のアルラウネが残っているようだね。

 とりあえず、国家レベルで由々しい事態だってことはよくわかった。

 まあそちらは事前に手を打っておいたし、僕らは目の前の相手をどうにかするとしようか」


おうよ。

 俺には難しいことはわからねえが、トランの知り合いの頼みとあっては断れねえな。

 ると決まった以上は、存分に暴れさせてもらうぜ」


 そう言いながらユークとバーツは悠然とトランとシャニーの横を通り過ぎると、ホルバ村の住人たちを阻むように立ちはだかった。


「娘だからとこれまで情けをかけてやったというのに、親不孝者め。

 私を裏切るならもはや容赦はせんぞ、シャニー!」


 激昂した村長の号令の下、再び襲いかかってきたアルラウネたちをユークとバーツが迎え撃つ。

 援護しなければ、とトランが思った矢先、後ろから肩をつつかれた。


「やっほー、トラン。

 矢筒の交換に来たよ」


「いや、お前がここに来たら駄目だろ」


 場違いに陽気な声をかけてきたキティアが持ってきた矢筒と交換しつつ、トランはそう突っ込まずにはいられなかった。

 来てくれたことは確かに嬉しいのだが、彼女は今バーツの子供を妊娠中なのだ。

 彼女自慢の素早く軽快な動きをしようものなら、お腹の子供に障る。

 気遣きづかった上での言葉だったのだが、大人しく待つのが嫌いな彼女は頬をぷくりと膨らませて不満を露わにした。


「むぅ。

 あたしだって心配してたんだから、仲間はずれにしないでよね。

 さすがに戦うのは無理だけど、あたしにだってできることはあるんだからさ」


 そう言ってキティアが見せた手のひら大の黒い石板は、トランにも見覚えのあるものだった。


「『追憶の魔晶板』じゃないか。

 さっきのやり取り、記録してたのか」


 きれいな長方形に加工されたその魔道具は、その場の音や景色を記録することで後にいつでも記録当時の出来事を顧みることができる。

 依頼たち成の証拠作りができるので、冒険者たちには馴染み深いアイテムだ。

 このお喋り好きが先程まで妙に静かだったのはそういうわけか、とトランは納得した。


「そうだよ。

 この後の戦いも記録しちゃうから、あたしの分まで頑張ってね。

 じゃあ、あとはよろしく」


 それだけ言うと、キティアは後ろに下がって追憶の魔晶板による記録を再開させた。

 その記録を誰に見せるのか、などとまだ気になることはあるが、どうやら仲間たちは自分を助けるために色々と手を回してくれているらしい。

 ならば、自分が今為すべきは目の前の問題を解決することのみだ。


 トランは気を取り直して、戦士たちの戦いに視線を戻す。

 後方の転移門の青白い光が光源になってくれているおかげで、その戦いぶりがよく見える。

 ユークとバーツは多数のアルラウネを相手に全く引けを取らない戦いを繰り広げていた。

 だが、多少の傷をいとわないアルラウネならではの戦い方をしてくる上、弓手が飛ばす矢も避けながら戦っていることもあり、決定的な一撃を与えられず敵の数を減らすことができていない。

 それを自分たちの優位と見ているのか、奥の方には戦況を見物しながらほくそ笑む村長の憎たらしい顔も見える。

 もっとも、本当にそう思っているのだとしたら勘違いもはなはだしいのだが。


 ふと、そばに歩み寄ってきたマルシィが祈りを紡ぎ、トランの肩にそっと手を置いた。

 イステリア神からの祝福(ブレス)が与えられたトランの身体に、力がみなぎっていく。


「トラン。

 ユークとバーツは上手く足止めしてくれているようです。

 ()()()()()、頼みましたよ」


「ああ、任せろ」


 マルシィの言葉に力強く頷くと、トランは弓を構えた。

 普段は相応の力を必要とする弓の引き絞りが、祝福の力で軽々と行える。

 更に、ザルファーがあらかじめ矢筒の中身の矢全てに魔力を付与(エンチャント)してくれたらしく、無造作に選んだはずの新しい矢がほのかに燐光を帯びている。

 これだけ準備を整えてくれた今ならば、やれる。


「反撃開始だ」

 

 直後、トランの弓から放たれたのは、六条の光。


 それらが瞬時に狩猟団員の弓手たちの胸部に突き刺さると、直後にその上半身を粉々に吹き飛ばした。

 あっという間もなく弓手を壊滅させられ、先ほどまで余裕を見せていた村長の顔が驚愕に固まる。


 何のことはない。

 トランが繰り出したのは、弓手六人を順々に狙った、ただの六連射だ。

 しかしそれも、ザルファーの魔力で威力と速度を格段に増した矢を、マルシィから受けた加護によって強化された身体能力で手早く行えば、結果は見ての通りというわけである。


 村長は理解するべきだったのだ、ユークとバーツが前に立ちはだかったことの意味を。

 トランたちのパーティーが冒険者としてこれまで生き延びてこられたのは、勝てない戦いを避けてきたからだ。

 それはもちろんこの場の戦いも例外ではなく、勝てないと判断していれば今頃トランを連れて逃げ出していただろう。

 あの二人は敵を倒せなかったわけではない。

 ただ自分たちの役目をわきまえていただけだ。


 そして、マルシィの言葉と魔力付与済みの矢を見て、トランも自分の役目を理解していた。

 ユークとバーツが身体を張って攻撃を凌ぎつつ足止め、ザルファーとマルシィによる魔法の補助を受けたトランの射撃でって敵を仕留める。

 トランたちが強敵相手に使っていた()()()()()の手段なのだが、それを知らない村長には何が起こったか分からなかっただろう。

 

 自分たちより多数のアルラウネをまともに相手取るのは、確かに厳しい。

 だが、しっかりと作戦を立てれば、トランたちのパーティーにとっては決して難しい相手ではないのだ。


 さて次は、とトランが弓を向けたのは、ユークとバーツが食い止めている狩猟団員たちだった。

 本音を言えば、あの胸くそ悪い村長をさっさと倒してしまいたい。

 だが、戦いに私情を持ち込んで仲間を見殺しにするのは愚かなことだ。

 優先度を考えて、村長は後回しにすることをトランは既に決めていた。


 前衛の二人を誤射せぬように、今度は慎重に狙いを定める。

 バーツが振り回した斧に弾かれて隙を晒した一体の腹部を貫いて仕留め、ユークの剣技に怯んで動きを止めた一体の膝を砕いて体勢を崩させた。

 それによって負担の減った二人が示し合わせたように反撃に転じると、それまでの鬱憤うっぷんを晴らすかの如く敵を蹴散らし、一体ずつ倒していく。


 すると、それまで味方がやられていくさまを唖然と見ていた村長が、動いた。


「なぜだ、なぜこんなことに」


 あろうことか、あの男は一人逃げ出したのである。

 自ら立ち向かう気概も見せず、いまだ戦っている味方を見捨てて。


「……所詮、アンタは上に立つ器じゃなかったってことさ」


 無様に悲鳴を上げながら遠ざかるその後ろ姿を、トランは冷ややかに眺めていた。


 これまで、村長の決断次第で命運が尽きていた可能性は大いにあった。

 ホルバ村に着いて安心しているところを村人たち総出で襲われていれば、まず助からなかっただろう。

 シャニーを探すためにこの森に向かっていなければ、ここまで逃げ切ることも叶わなかっただろう。

 何より、アルラウネのシャニーが存在していなければホルバ村の現状を知り得ることもなく、逃げる機会を完全に逸していたに違いない。

 全ては、村のことよりも娘を優先し過ぎた村長の甘さゆえである。

 

 今の戦いもそうだ。

 ユークとバーツを強引に突破しようと前衛に攻撃を集中させ過ぎた上に、後衛のトランたちへの注意をおこたった。

 そのおかげでトランは好き放題に狙い撃ちさせてもらえたが、もし的確な指示のもとに牽制の射撃を射かけられていたら苦戦は免れなかったはずだ。

 そもそも、やって来たユークたちの力量を見極めていれば、戦う前に全員で撤退して態勢を整えることもできただろうに、それもしなかった。

 トランとシャニーを始末することに固執したのだろうが、結果はこの有り様だ。


 気に障る存在ではあったが、勝利のために倒す必要のある存在ではなかった。

 だからトランは最後まで村長を捨て置いたのである。


「アンタが自分で選んだんだ、この結末をな」


 もちろん、このまま見過ごすはずもなく。

 次の瞬間には、既に五〇歩以上も離れていた村長の背中に無慈悲な一矢が直撃していた。

 最後の一瞬、わずかに虚しく空に手を伸ばす仕草を見せた後、全身に走った衝撃によって村長の身体は完全に打ち砕かれたのだった。






 シャニーを含む村人たちのかたきである村長を、ようやくこの手で討つことができた。

 残った狩猟団員たちも既にユークとバーツがとどめを刺し終え、これでトランを襲ったアルラウネたちは殲滅できたことになる。

 あとはまだ村に残っている大勢のアルラウネだが、ユークが言ったようにこれはもう国に任せるべき案件だ。

 だから、ここでのトランたちの役目はもう何もないはずだった。


「終わったぜ、シャニー」


 だが、アルラウネのシャニーに声をかけて、ようやく気づいた。

 いつの間にか、そばにいたはずの彼女がいないことに。


「まだよ、トラン」


 返事は、後ろから返ってきた。

 トランが振り返ると、彼女の姿は確かにそこにあった。


「まだ私が残っているわ」


 ただし、その場で戦闘を記録していたはずのキティアを人質に取り、その首筋に短剣の刃先を突きつけたままで。

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