冒険者トランの帰郷 その1
「親父、お袋。
オレ、帰ってきたよ」
寄り添うように並べて立てられた二つの墓標の前に立ち、トランは語りかけていた。
「伝説の英雄とまではいかなかったけどさ。
この十五年間、冒険者として死なずに頑張ったんだ。
金だって、こんなに稼いできたんだぞ。
凄えだろ」
懐から中身がぎっしり詰まった拳大の巾着袋を取り出し、手の平で軽く弾ませてみせる。
ジャラジャラ、と中身の金貨が小気味良い音を鳴らした。
「……本当は、二人とも生きてるうちに見せるつもりだったんだけどな」
しんみりとそう呟くと、トランはそっと溜め息をついた。
トランの冒険者生活が唐突に終わりを告げたのは五日前のことである。
いつものように五人のパーティー仲間と共にクエスト依頼を終え、エリウム王国の王都エルドの酒場で打ち上げしていた時に、それは起こった。
最初に申し訳なさそうに謝りながら話を切り出したのは、小柄で猫のようにしなやかな肢体の女盗賊キティアだった。
――曰く、バーツの子供を妊娠したからパーティーを脱退させてほしい、と。
かねてから堂々と好き合っていたリーダーの騎士ユークと女司祭マルシィはパーティー公認の仲になっていたのだが、よもや口喧嘩してばかりの大剣使いのバーツとキティアもそういう関係だったとは他の誰も気づいていなかった。
また、バーツもキティアをそばで支えるために冒険者を引退するつもりだという。
それを聞いて、ユークとマルシィも結婚を考え始めたのである。
更に齢五〇の魔術師ザルファーも、実は魔術師学院から招聘されていることを語り、自分もそろそろ潮時と考えていることを打ち明けられた。
トラン以外の五人がこうなっては、もはやパーティーを存続することは困難だった。
その日はパーティー最後の酒宴となり、大いに飲み食いしまくった。
そして翌朝、互いに別れを惜しみながら、皆それぞれの道を歩み始めたのである。
一六の頃からずっと彼らとパーティーを組み、中堅の冒険者として数々の依頼をこなしてきた。
そのおかげで、故郷で悠々自適に暮らすのに十分すぎるほどの蓄えがある。
一攫千金を夢見て冒険者になったトランも、誇らしく凱旋できるはずだった。
そして今日の昼過ぎ、ここホルバ村に帰ってきた。
久しぶりの故郷はトランを歓迎してくれた。
再会を喜んでくれた友人達は立派な大人に成長しており、忙しそうに働いていた。
近所のおじさんやおばさん達も、歳を食った割には相変わらず快活な暮らしぶりを見せていた。
九〇歳を超えているはずの村長などは、背中が曲がることもなく老いとは無縁とばかりの健在ぶりだった。
ただ、冒険者として生きることを許してくれた父と母は、既にこの世を去っていた。
流行病に倒れ、治療の甲斐なく亡くなったのだという。
村外れの墓地に埋葬されていると聞いたトランは、帰郷を告げるために両親の墓前までやってきたのである。
――それも、今しがた済ませたわけだけれども。
トランは視線を足元に移した。
ピンクの小振りな花束が、無造作に置かれている。
奇妙なのは、そこが左にある父親の墓と右にある母親の墓の間だということである。
生花であるのにほとんどへたっていない様子を見るに、それほど時間は経っていないようだ。
ふと思い出し、懐から小さな小瓶を取り出す。
故郷に帰るつもりだと告げたトランのために、仲間達はそれぞれ餞別の品を用意してくれていた。
この小瓶はキティアから貰った物で、中には花束に使われているのと同じ花が乾燥された状態で、いっぱいに詰め込まれている。
生花だとすぐ枯れるし邪魔だろうからと、キティアが気を利かせて花屋で買ってきたのだという。
(ローダンセ――花言葉は確か、『変わらない友情』だったな)
キティアは自慢げにそう説明してくれたが、実のところトランはその花言葉を既に知っていた。
なぜなら、昔それを教えてくれた人物がこのホルバ村にいたからだ。
村長の一人娘、シャニー。
同い年の幼馴染で、よく一緒に遊んだものだ。
冒険者になるために村を出る時には、泣きじゃくって顔を涙と鼻水でグチャグチャにして見送ってくれたのを、トランは今も覚えている。
そんなシャニーだが、トランがこの村に帰ってきた時にはその姿を見せなかった。
村長曰く、二年前に些細なことで口論になり家を飛び出してしまったのだという。
東の深い森の中へ入ったきり、彼女はいまだに村へ戻ってきていないらしい。
森に入った村人達がつい最近遠くに見かけたことがあるとのことで、どうやら今も無事ではあるようだ。
――さて、どうするか。
トランは思案する。
村長からは、何とかシャニーを説得して連れ帰ってほしいと依頼されてはいる。
だが、村での挨拶回りで時間を食ってしまい、今から森の奥に入ると日が暮れてしまうことだろう。
夜の森は危険だ。
急ぎの用ではないし、普通なら明日に持ち越すべきなのだが。
(……いや、やっぱりアイツに会いに行こう)
そうしなければならない、という予感がした。
ローダンセの花束をここに置いたのは、おそらくはシャニーの仕業に違いない。
しかし、明朗快活な彼女が自分の帰還を知りながら直接会いに来ないのは、どうにも彼女らしくない。
何か内密な話をしたいのではないかと思ったのだ。
それに、とトランは村の方を見やった。
今のホルバ村は、どこかおかしい。
確かに、かつて住んでいた名残はある。
でも、居心地が良くない。
久々に帰ってきたトランに対する皆の笑顔によそよそしさを感じたのもあるが、それを抜きにしても村全体にぎこちない雰囲気を覚えたのである。
今、村の中で休む気にはなれない。
それなら、シャニーのいる場所に押しかけて寝床を提供してもらった方が良さそうだ。
もしかすると、村のことについても何か聞き出せるかもしれない。
「よし。
そうと決まれば善は急げ、だな」
完全に日が沈んで真っ暗になる前に、シャニーを見つけなければならない。
トランは地面に置いていた背嚢を担ぎ直すと、彼女がいるはずの東の森へと向かうのだった。




