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第十話B 大公子息は思い悩む

 遠い昔を懐かしむ顔で親父は言う。


「私は今の貴方と変わらない言動で隣国の学園に留学しました。もう少し礼儀作法をきちんとしていたら、留学から戻るときに貴方の母親を連れて帰れていたかもしれません。……学園にいる間は彼女に怯えられていたんですよ」


 母上の前でなにしたんだ、親父。

 国境近くの侯爵家出身で外敵に対応する荒っぽい騎士達にも慣れているはずの母上が怯えるって相当なもんだぞ?

 ってか母上は真面目な女性だったから、どんなに口説いても婚約者に問題がなければ親父になびいたりしなかったと思うぞ。


 それはともかく、貴族令嬢というのはか弱いものらしい。

 この国の社交界に顔を出すときは親父の後妻目当ての未亡人やご令嬢が俺のところへも押し寄せてきてたから、女性は逞しいという印象しか抱いてなかったけど。

 親父本人は、いつもさらりと受け流してんだよなあ。


 従兄のヴィークの婚約者は結構気が強いって聞くが、それでも学園で騎士科の特別訓練を受けているヴィークの雄叫びを聞いて怯えてたっていう。

 裕福だと領地の治安も良いし、国境近くの貴族家が流入する悪党どもを食い止めてたら自家の騎士団が出動することも少なくなるし、そんなものかもな。まあ結婚してから慣れていったんでいいことだろう。

 なんてことを考えながら、俺は親父の猛特訓を受けて行儀の良い子爵子息の仮面を被ることに成功した。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ──結論から言うと、ギリオチーナ王女に叙情酌量の余地はなかった。


 本気で好きだったのに俺との婚約のせいで引き裂かれたとでもいうのならともかく、捨てた婚約者候補が自分以外の女と幸せそうにしてるのが気に食わなかったから嫌がらせですり寄るって……莫迦か!

 ヴィークが莫迦王女と呼んでるだけのことはある。

 家庭環境にも問題はあったんだろうが、最終的に今の生き方を選んだのは彼女だ。


 短期留学から戻った俺は浮気の証拠を親父に提出し、婚約解消を望んだ。

 向こうの有責で問題ないだろう。

 なんなら婚約解消に際して、もうひとつふたつ条件を付けくわえてもいい。母上の実家が元婚約者(現国王)の後ろ盾として王家を支援した、家を傾けるほどの金額をこれから少しずつでも返してもらう、とかな。


 戻った俺と親父がいろいろ考えていたところに、エゴロフ伯爵令嬢のリュドミーラ嬢から手紙が届いた。

 王女の浮気相手の婚約者だった彼女も婚約解消を決めたらしい。ってか、もう婚約解消したらしい。リュドミーラ嬢の父親(エゴロフ伯爵)、娘の婚約者経由で王女の問題に巻き込まれるの嫌で前々から準備してたんだろうな。国際問題だもんなあ。

 それからはささやかな文通が続いている。手紙を書くようリュドミーラ嬢に勧めてくれたヴィークには感謝だ。


 リュドミーラ嬢は、隣国での短期留学中に俺が恋した相手だった。

 自分が恋したから王女への評価を落としたわけじゃない。

 ……本当は、お忍びと言いつつすぐ気づかれると思ってた。絵姿だって送ってたし家名はそのままだし、学年を変えたといっても同じ校内にいるんだから、どこかで顔合わせるだろうし。


 でも王女は俺という存在を気に留めることはなかった。

 人前でリュドミーラ嬢を甚振るために元婚約者候補とイチャつくとき群衆の中に俺がいても、視線ひとつ投げて来ない。

 本人だと思わなかったとしても、留学生が本国の婚約者に報告するとか思わなかったのかね? 噂をばら撒くことしかしない取り巻き連中も護衛のはずの“白薔薇”ちゃんも、隣国から来た俺に接触したり正体を探ろうとしたりする様子はなかった。


 駄目だ。

 王女としても大公家の跡取りの婚約者としても。

 俺は彼女に見切りをつけた。そもそも王家の血を引く人間に嫁ぎたいと自分が言っておきながら、堂々とその婚約に泥をつけるような言動をしていること自体おかしい。


 そういうわけで俺の婚約は解消されたし、リュドミーラ嬢の婚約も解消されている。

 両国間の友好のためとかなんとか理由をつければ、伯爵令嬢の彼女と俺の婚約を結ぶことも難しくないとは思う。

 思うんだけど俺、短期留学中はかなり頑張ったんだよね。頑張って親父みたいに丁寧語で話して物静かに行動して……彼女が俺の本性……朝から大公家の騎士団に交じって訓練して雄叫び上げて、跡取りとしての勉強が終わった後は大公領なら森へ馬走らせて野獣狩って、たまに悪党も始末して、適当に暴れたら王都でも大公領でも肉食って酒飲んで水浴びて拭くのが面倒で走って乾かしている男だってこと知ったら、リュドミーラ嬢はどんな顔するんだろう。


 それに俺、本当は甘いものそんなに好きじゃないんだよなあ。

 もっともおかげで新しい趣味ができたし、彼女の喜ぶ顔見れたから良いんだけど。

 嘘ついてたって言ったら、リュドミーラ嬢に嫌われるかなあ。

 ──本編前、短期留学開始直後。


ヴィーク「なんだよ、それ。『大公家の暴れ狼』が躾の行き届いた賢い犬みたいにお澄まししやがって!」

イヴァン「『侯爵家の暴れ犬』は黙ってください」

ヴィーク「丁寧語! イヴァンが俺に丁寧語!」

イヴァン「まだ口調の使い分けに慣れてないんです」

ヴィーク「ふはははは、すげぇ! 伯母上の婚礼に招かれたときの父上の気持ちが良くわかる」

イヴァン「そういえば侯爵は学園留学時代の親父もご存じなんですよね」

ヴィーク「伯父上のことは親父呼びのままなのかよ! ははは……うん、そうだ。学園留学時代の伯父上は『隣国から来た暴風雨』って呼ばれてたらしいぞ」


イヴァン「『暴風雨(自然現象)』っ?」

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