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第九話B 大公子息は短期留学がしたい

 俺は昔から恋への憧れが強かった。

 幼いころに亡くなった母上と親父の仲睦まじい姿の記憶が、十年以上経った今となっても鮮やかだからかもしれない。

 母上を喪った後も親父は俺に、愛した人の素晴らしさと恋の尊さを語ってくれた。──そして、恋の愚かさも。


 俺の母上は、本当は隣国の王太子の婚約者だったのだという。

 実家はミハイロフ侯爵家。従兄のヴィークの家だ。

 しかし母上の婚約者は学園、こちらの国では学院と呼ばれている教育機関に在籍中に運命の恋人と出会った。後の王妃である平民の娘だ。


 人間なのだから心が変わることもあるだろう。

 平民であっても、きちんと学ぶべきことを学び公人としての義務を果たすのなら問題はない。

 けれど運命の恋人達はもっとも愚かで汚らわしい行為を取った。俺の母上に冤罪を被せて婚約を破棄し、両国の境にある国境代わりの森へ追放刑と称して放棄したのだ。


 境の森は野獣と悪党どもが蔓延る無法の土地。

 いくつもの盗賊団が根城を構え、通行料をケチって街道から外れた莫迦を餌食にする。ときには街道警備の人間に金を握らせて、堂々と街道まで押し寄せる。

 いや、押し寄せていたらしい、そのころは。


 そんな土地で母上が生き延びたのは奇跡だった。

 運良く盗賊団の縄張りと縄張りの隙間を縫っていたのか、母上は悪党どもの目に留まることなく、木の皮を剥いで食べ泥水を飲んで生き延びた。

 親父が助け出すまでには毒のある植物を食べて死にかけたこともあったという。命は助かったが食べてから助け出されるまでの時間が長かったので完全な解毒ができなくなり、毒とまでは言わなくても同じ成分を含んだ食べ物に過剰反応するようになった母上は、弱った体で病気にかかりお亡くなりになってしまった。


 親父。アダモフ大公家の当主であり我が国の女王陛下の弟である親父は、当代一の洒落者として知られている。

 俺とよく似た濡れたような黒髪はこの国で一番好まれているものだし、俺と同じ冷たく整った顔立ちも表情の柔らかい親父だと魅力的に見えるようだ。

 礼儀作法は完ぺきで物腰は優雅、王配の伯父上と一緒に女王陛下の補佐を務める知恵者でもある。


 だが俺と同じ年代のころは、俺と同じように荒くれ者だった。

 国境に近い大公領(当時は王領のひとつだった。親父が大公になったときに賜ったのだ)から境の森へ愛馬で遠乗りして、一日一盗賊団壊滅を……いや、これは母上を助け出した後の趣味だったかな? まあ似たようなことをしてたらしい。

 母上がお亡くなりになった後は、もう森に巣食う盗賊団も少なくなっていたので、足場の悪い森の中で爆走しながら、目の前に現れる野獣も邪魔な木の枝もぶった切っていた。母上の前ではいつもニコニコしていた親父の本性を知ったとき、幼かった俺が怯えてチビってしまった記憶は忘れたい。


「王太后に育てられたせいか、新しい王太子はまともなようなので様子を見ていましたが、妹王女のほうは母親に似てロクデナシのようですよ」


 なんて言いながら親父がその王女と俺の婚約を決めてきたのは、俺が学院に入学した年のことだった。

 そんな婚約が結ばれたのには理由がある。

 冤罪で追放された母上は、それまで祖国では罪人のままだったのだ。俺の婚約は、母上の冤罪を晴らし名誉を回復することと引き換えだった。


 どうしてそれまで放っておいたんだ、と思うかもしれない。

 俺も思った。

 でも違う国のことに干渉するのは難しい。下手をすれば母上の実家との付き合いにも文句を言われていたかもしれない。


 それに母上は俺が幼いころに亡くなっていたし、母上の婚約者を奪った女も王女を産んで死んでいた。

 傷ついた人間も真の悪人もいなくなった後でも復讐の熱を保ち続けるのは、母上を愛する親父にも難しかったのだろう。

 後、子どもの俺を巻き込みたくなかったのもあるかもしれない。貴族が正式に成人と認められるのは学院卒業時だけど、学院に入学するのは平民なら成人とされる年齢だ。俺を成人見習いとして認めたから巻き込んできたのだろう。


 親父のことは好きだが、ギリオチーナ王女がロクデナシだという先入観は持たないように気をつけた。

 護衛の騎士を“白薔薇”とか呼んで寵愛しているのは、甘やかすことしかしない父親(国王)と厳しい(王太子)への反発もあるのもしれない。……家族は選べないからな。

 とはいえ同い年の俺達が学院と学園の最終学年になった年、王女がかつての婚約者候補だった男とイチャつき始めたという隣国からの報告が届いたときには眉を顰めた。親父が、やっぱりね、と悪い笑顔を浮かべるのにもムカついた。


「学院の卒業に必要な単位は取ってるし、これから卒業論文も書いておくから、身分を隠して隣国の学園に留学させてもらえないか?」


 俺はギリオチーナ王女の真実を自分で確かめることにした。

 親父はあっさり頷いてくれた。


「かまいませんよ、ただし……」

「ん?」

女王陛下(姉上)の御前に出るときだけでなく、普段から学んだ礼儀作法を実践するようにしなさい。我が家の騎士団と一緒にいるときのような態度では駄目です」

「うげえ」

「貴方のために言っているんですよ、愛しいイヴァン」

「……」


 来年は学院を卒業して貴族としても一人前と認められる予定の息子に、いつまでも『愛しい』をつけるのはやめてほしい。

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