「え?私がパーティー追放ですか?どうして?」~主義が合わずにパーティーを追放された私、私がわがままじゃないの、皆を導く義務があるのよ~
「急に呼び出して、すまない」
「大丈夫ですよ、勇者」
突然、勇者カルビから呼び出されたヴィーガン・デスヨは宿屋の部屋で相対していた。
ふふふ、ついにきたのかと内心笑みを浮かべる。ハーフエルフであるヴィーガン・デスヨは並みの人間たちとは異なる優れた美貌の持ち主である。さらに、王国の学院も出ているため、王国へのコネクションと、知識もあり、教養に溢れていると自負していた。そんな自分に、勇者カルビが惚れて、求婚をしてくるのは当然だろうと考えていた。
きっと、このまま、宿の一室でラブラブ、ランデブー、輝く明るい家族へレディゴー! ですわ。
プロポーズを受ける心構えと、初夜を迎える身支度をして部屋に訪れていた。
「その、君のような人にこのような言葉を早く伝えるべきだったと思う」
「いえいえ、言葉というのはいつ伝えてもいいものです」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいし、楽になる」
「いえいえ、さぁ、早く言ってくださいな、なんですか?」
深く、勇者カルビが息を吸う。
くるぞ、愛の告白。
「申し訳ないが、パーティーを出て行ってくれ」
「わかりましたわ。末永く幸せに……え?」
「わかってくれて助かったよ。いやぁ、良かった」
勇者カルビが満面の笑みを浮かべる。
「おい、みんな来てくれ」
その言葉とともに、部屋の扉が開いて、二人の冒険者が流れ込んでくる。
魔術師ハラミ、戦士タンシオ、この二人と、勇者カルビ、そして、私の四人で旅をしていたのだ。
「いやぁ、よかった。ついにヴィーガンも出ていってくれるのか」
魔術師ハラミがその薄い胸に手を当てる。
「ありがとう。本当にありがとう」
戦士タンシオはその雄臭い、醜悪な顔に涙を浮かべていた。
状況が理解できていないのは、ヴィーガン・デスヨだけだった。
「ちょっちょ、ちょっと待って」
「何? 出て行ってくれるんでしょ」
勇者カルビと肩を組んで、喜び合うなか、魔術師ハラミが私へと顔を向けた。
低い鼻がむかつく。
「いや、ちょっと、勇者カルビは私にプロポーズを」
「僕が君にプロポーズ? 冗談じゃないよ!」
勇者カルビが声をあげる。
「君がパーティーに入れたのは優秀だったからだ。でも、君と三年間、僕たちが過ごしている間、君が何をしてきた?」
「何って、魔王が敷いた圧政を」
「魔王が敷いた圧政? 違うだろ。君は、君の主義主張を押し付けて回っただけだ!」
勇者カルビがヴィーガンを力強く指さす。そして、ポケットから手帳を取り出した。
「ここには君の悪行が書かれている! 三年分だ! この一冊じゃない、五冊もある!」
手帳をぱらりとめくる。
「君は男尊女卑の価値観がはびこっているという理由で、村の男を石に変えたことがあったな。あのあと、村の女たちだけになり、そこを盗賊に襲撃されて滅んだ。女たちは撫で斬りか、行方不明になったままだ」
「それは盗賊が原因よ。私は悪くないわ」
「だが、誰が石にすることを望んだ?」
「男尊女卑の思想を持つ、悪い雄は石になって当然、慈悲無しよ」
「あの村は普通の村だ。男は男の仕事をし、女は女の仕事をする。役割分担だろう」
むっとヴィーガン・デスヨが眉に皺を寄せる。
「どうして! どうしてそんなことを言うの! 勇者カルビが男尊女卑を認める最低な男だなんて知らなかったわ!」
「最低なのは君だろう! 君が同様の行為をして村がいくつ消えたと思う! 王国では奴隷商がその私腹を肥やしているんだぞ!」
珍しく激昂する勇者カルビを抑えたのは、戦士タンシオだった。
わざと勇者カルビとヴィーガンの間に入り込み、話を始める。
「ヴィーガン、少し前のことだが、エルフの森に入ったことがあったよな」
「そうね。あったわね」
「あの時、君はエルフたちが森の動物を狩り、食べていたことにひどく立腹したね」
「だって、野蛮じゃない。森の動物たちは生きているのよ。肉食は野蛮よ。ハーフエルフとしても最低だと思うわ」
「そして、君は森に火を放った。エルフ達が何人死んだかわかるか?」
「でも、おかげで森は平地になり、そこで農業ができるわ。生き残ったエルフ達は、顔に刺青を施して、農奴にしたし、これで森の生き物は殺されずに済む。よかったわ。命が守られるわ」
「本気で言ってるのか?」
戦士タンシオが握り拳を作る。
ヴィーガン・デスヨはふと思い出して合点がいく。
「そういえば、あなたエルフの娘と懇意だったわね。死んだのなら、どう? 今、農奴になってる娘、一人、あげるわよ。代わりに可愛がってあげなさいよ」
戦士タンシオの顔が真っ赤になり、髪の毛が逆立つ。
「見下げた、クズ野郎め」
「クズは森の動物を殺したエルフよ」
魔術師ハラミが手をぱんと鳴らす。
「そこまで。とかく、ヴィーガンはパーティーを抜けることに同意してくれるわね」
「同意しかねるわ」
「どうして」
「理由はいくつかあるわ。私が抜けた後、その役割を誰がするのか。私ほどの知識人を捨てるの? それとも、魔術師ハラミ、学院も出てない半端者のあなたが、私の穴を埋めるのかしら?」
ヴィーガンはにやりと心のうちで笑みを浮かべる。
勝った。
ここにいる三人はヴィーガンよりも格下である。一瞬のうちに石に変えてしまうことは容易い。一瞬、迷わせて注意をそらすことが出来れば、勝ち確定。あとはじっくりと考えなおす時間を与えればいいのだ。
が、そうはならなかった。
オホン、と咳払い一つの後、一人の老賢者が部屋に入ってきた。
「わしが後任の賢者ホネナシ。ヴィーガンよ、そなたはもはや用済みということじゃ」
愕然とする。
というのも、その老賢者ホネヌキはヴィーガン・デスヨよりも格段にレベルの違う賢者だったからだ。もともと王国の学院でヴィーガン・デスヨに魔術を教えていたからだ。つまりは、師匠にあたる存在であり、全ての賢者の頂点であり、生きる伝説だ。
ここまで手際が良く、準備がなされていたとは思わなかった。
が、まだ、だ。
まだあきらめない。
ヴィーガン・デスヨの野望。
「全ての生命が互いを尊重し合い、男尊女卑も、種族差別もない世界」を作り上げるためには、ここで、果てるわけにはいかない。
ここは一旦、引くことにする。
「わかった。パーティーを抜けるわ」
宿屋を出てすぐ、ヴィーガン・デスヨは行動を起こした。即座に転移の魔法を使い、王国の城塞門前へと移動した。
門前で見張りに立っていた衛兵は、夜闇を打ち破る松明を背に槍を構えたが、それに対して、ぱちりと指を鳴らす。
「国王陛下に伝えてくれるかしら、ヴィーガン・デスヨが来たと」
「なりません。今は夜中、就寝中ですので、明朝お越しになられるのがよいかと」
「それは、私がハーフエルフということで、差別しているのね?」
衛兵がぽかんと口を開ける。
「これは差別よ。私がハーフエルフだから邪険に扱ってもいいと考えての判断なのだわ」
「いや、そう言うわけでは」
「いいえ、そうに決まっているわ。これは重大な問題よ。王国内部には差別主義者が溢れているということよ。今すぐ、この真実を公表しなければならない。それが、善良な、市民である私の義務なのだから」
「あー、もう、わかりました。わかりました。どうぞお通りください」
衛兵が脇に退いて門を開けるように叫ぶ。
が、ヴィーガン・デスヨは止まらない。
「ちょっと、まるで、私がわがままを言ったみたいじゃない!」
「えぇ……?」
「私がわがままで城門を開けたみたいじゃない! これはひどい侮辱だわ!」
「……どうしろっていうんです?」
衛兵は困ったように手を広げた。
その顔面に向けてヴィーガン・デスヨは人差し指を突き付ける。
「ハーフエルフの来訪者は絶対に断ってはならない。いつでも受け入れることにしなさい。そう規則を改めることね」
それだけ言い残すと、ヴィーガン・デスヨは城門をくぐって、城内へと入っていく。
残された衛兵は、あほくさ、とだけ呟いた。
ちょうど寝入ったところを起こされた国王は、眠い目をこすりながら応接間で、ヴィーガン・デスヨと相対していた。
非常に気分はよろしくないのだが、相手は旧知の仲であり、面倒くさい性格をしていると知っているので相手をせざるを得ないのだった。
ヴィーガン・デスヨは挨拶もそこそこに、勇者カルビ達から受けた仕打ちを事細かに伝えた。しかし、どこか自分に都合の良い改変をほんのりと加えていた。しかし、そこは流石、旧知の間柄の国王である。ヴィーガン・デスヨが自分に都合の良い改変が話に加えられているだろうな、と思いながら、相槌を打っていた。
「それで、どうしたいというのだ」
「無論、国王陛下には、男尊女卑の世の中を改める法の発布、肉食を悔い改め生き物の命を尊重する法の発布、そして、少数派の亜人に対する保護の法、この三つを発布していただきたい」
複雑な面持ちを国王は浮かべた。
そのどれも確かに発展のため、そして、国を治めるためには重要ではあると、常々考えている。
しかし、それを提案した者が問題すぎる。
「わかった。検討してみる」
と、誤魔化すように伝えた。
「しかし、ヴィーガン。それらの法が発布されたならば、お前はどうする」
「もちろん、その法が守られるかの監視をしていきますわ」
「法の監視者となるわけか」
「そうです。やはり、私のような優秀な存在が、導いていくべきだと思っていますわ」
「そうか。ならば、どうだろうか。一つ、頼みを聞いてほしい」
国王はゆっくりと体を椅子から起こす。
「ここより北にオークの集落がある。そこのオークが略奪を行っているそうだ」
「それはオークに十分な保証を与えないわが国の問題ですわ。彼らは亜人であり、弱者です。権利を認めるべきです」
「……」
国王は目を瞑る。
一つの思案があった。
「とかく、そのオークの集落の長と話をして、略奪をやめるように説得してくれないか」
「かしこまりました。では、オークの略奪をやめさせてくればよいのですね」
「そうだ。国民に夜を眠れるようにさせてやってくれ」
国王はそう言うと、寝室へと向かったのだった。
「ちょっと、私はどこで寝ればいいのよ!」
その背中にヴィーガン・デスヨはそう声をかけたが、何も返ってこなかった。
オークの集落は王国首都より少し北にあった。ヴィーガン・デスヨはオークたちには憐みの気持ちを持っていた。オークは社会的に弱者として扱われている。その醜悪な容姿、黒い肌、分厚い唇と何一つとして優れている点はない。しかし、だからこそ、自らのような優れた存在が導き、保護しなければならないと考えていた。
集落入り口に立ったヴィーガンを出迎えたオークは手に持っていた棍棒を力強く握る。
無論、侵入者であり、不審人物であるヴィーガン・デスヨを排除するためである。
が、ヴィーガン・デスヨはすぐさま、魔術を詠唱し、そのオークを石像に変える。
「可哀そうなオーク。ですが、私が救いましょう」
その言葉とともに集落に足を踏み入れる。
そして、夜明けに太陽が顔を覗かせる頃には集落はなくなっていた。
「非常に残念でした」
オークの長の首を千切り取りながら、ヴィーガン・デスヨは呟く。
「まさか、肉食だったとは、命を大切にしない存在に、生きる価値はないですわ」
集落にいたオークは一つの肉塊となった。オークたちがウサギを食べているのを確認した瞬間に、ヴィーガン・デスヨは重力の魔術を発動させ、集落のすべてを一か所に集めた。それはオークもそうだし、木や石で作られた建物もそうだった。結果として、おおよそ、背の丈ほどの大きさの肉の塊になったのであった。
おそらく、まだ、呼吸があるものもいるだろうが、それもじき、途絶えるのがわかる。
そして、わざと残しておいたオークの長に、命乞いをさせてから殺したのだった。
「まぁ、国王からの依頼は完遂したし、褒美に三法を発布してもらいましょうかね」
ウキウキ気分でオークの長の首を手に下げながら王国へと戻る。
国に戻ったヴィーガン・デスヨを出迎えたのは、儀礼の服に身を包んだ国王であった。どういう趣向なのか、玉座は祝いの彩りである。随所に花が飾られているだけではなく、天井には祝いの幕がひかれていた。
玉座に座り、衛兵を数人従えている。
少し異質なのは、顔を隠すようなフードを被った衛兵も幾人かいたことだろうか。
「おぉ、待っていたぞ。ヴィーガン・デスヨ」
「どうも、陛下。あぁ、これ」
ぐい、とオークの長の首を差し出す。
「オークたちはもう略奪しないわ。少なくとも、北の部族はね」
「それはそれはよかった」
衛兵がその首を受け取り、笑みを見せる。
怪訝な顔をヴィーガンは浮かべた。
「しかし、どうかしたの? 皆、うれしそうに」
「ん? あぁ、聞いていないのか。いや、済まない。実はな。勇者カルビとその一行が魔王を討ち果たしたと報告があったのだ」
「え」
あの一行が?
私を追放したあの一行が?
グルグルと視界が回る。
「勇者カルビには老賢者ホネナシがついていたから当然ともいえる。彼はかなりの魔術の専門家だからな」
それと、と、国王は言葉を区切る。
「もう一人、魔王が死ぬ」
「魔王がもう一人いるのですか? それは一体、どこに……?」
その疑問を口にした時、ふっと視界が暗くなった。
天井にかけられていた祝いの幕が落ちて、体にかかったのだ。視界がふさがれる。
と、その時、腹に冷たいものが走った。それから、熱い何かが体を伝っていく。
幕が、顔から退いたとき、顔を隠した衛兵が短剣を手にしていた。
その短剣の刃先は、ヴィーガン・デスヨの腹部に深々と突き刺さって、皮膚を切り裂いている。
「もう一人の魔王はお前だ」
衛兵が顔を明かした。
それは、顔に農奴の刺青を施したエルフの娘だった。
農奴に落とされたエルフたちは、森を出た。そして、国王の庇護のもと、ヴィーガン・デスヨを打ち倒すことを胸に抱き、虎視眈々とこの日を夢見ていたのである。ついに念願は叶った。
床に倒れたヴィーガン・デスヨは仰向けに天井を見る。
「私はみんなの為に……頑張ったのに……」
「お前はそのわがままが原因で死ぬんだ」
エルフの娘はナイフをもう一本、胸に突き刺し、ヴィーガン・デスヨは、万歳の声を聞きながら事切れた。
喜びの声は、ヴィーガン・デスヨが死んでから二日間、止まることはなかった。
風呂上がりに耳掃除をすると、しめっている