第7話 謎の部屋
7. 謎の部屋
地震が起こってからすでに30分は経っているが、残念ながら一向に出口は見えてこない。ここが鍾乳洞なのかどうかも怪しくなってきている。
ここは完全な闇の中で明かりを感じることもできない。そんな真っ暗な闇の中を、頭につけたライトの明かりだけで、ひたすら歩き続けている。
「いつまでこの通路続くんだろう・・・」
独り言をこぼしながらも進み続けて行くと、急に片側の壁の雰囲気がこれまでの岩壁とは違っていることに気が付いた。今までの道は狭い自然にできた洞窟の中を進んでいるという感じだったのだが、少しずつ岩肌が人の手で削られた人工的な壁になっているのだ。
「何だ? ここは今までの所と少し様子が違うなぁ。何か壁が人の手で綺麗に削られている・・・」
すると、突然左側の壁に入り口のようなものが見えてきた。扉は無い。しかし、明らかに部屋のような作りになっている。
この部屋の前に立ったとたん、シンはまた心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
入るべきか、やめるべきか、シンは一瞬ためらった。
たが、部屋の中を見てみたいという思いがまさった。それでシンは慎重にまず部屋の中を覗いてみることにした。
まず、すぐに部屋には入らずに、正面からライトの明かりで部屋の様子を見てみることにした。中には、木で作られた立派な机が一つ置かれているのが見えた。しかし、それ以外のものは見えない。結局、好奇心の方がまさり、部屋の中へと一歩足を踏み入れてみることにした。
部屋の中に置かれた机には、何やらいくつかの物が置かれているようだ。
「机の上に何があるのだろう」
シンはこの洞窟の中に突如現れた部屋に興味を覚え、恐る恐るさらに中へと進んで行った。
部屋の中に入ると、すぐに室内の左右を見渡した。部屋はそれほど大きくはない。ここに誰かがいるのではないことが分かって、ほっとして大きく息を吐いた。
注意深く部屋の中に置かれているものを順番に見ていくと、右側の壁の隅には素焼きの壷のようなものがあり、そこに槍と剣が入っていることに気がついた。
「剣?それに槍もある?ここはどうなってるんだろう?誰かが住んでいたのかな・・・」
やはりただの鍾乳洞ではないという思いが強くなって来る。
シンは、トレッキングポールを折りたたんで短くしバックパックにしまった。そして、壷のようなものに入っている槍を手に取った。
「もう、完全にゲームの世界だなぁ・・・俺、異世界に迷い込んだのだろうか?・・・まさかなぁ・・・それに、この剣、日本の刀なら昔の盗賊か何かの隠れ家だったって線もあるけど、この剣なんかは、どうみても中世風の剣だよなぁ、そもそも、中世の剣って鞘ってないのかなぁ」
そんなことを言いながら、壷の中を見ると、中に何か入っているのが見えた。
「何か入ってる。なんだこれ?ベルト?」
壺の中には、皮のベルトのようなものに、筒状のものがついているのが見えた。興味本位で壺から取り出したベルトを手にとってみた。
ちょうど腰の位置に筒状のものが来るようになっているようだ。
「これって剣帯ってやつか?」
言いながら、剣帯を腰に巻いてみた。すると、その筒は腰の左側にくるようだ。それで、壺の中にあったもう一つの剣の方を取り出して、筒の中に差してみると、すっぽりと剣が収まった。
「おっ、なんか格好いいなぁ。しかもこの剣、柄のところに綺麗な模様がある。これ竜の模様かなぁ? 何か子どもっぽい気もするけど、これはこれでかっこいいかも」
誰かのものかもしれないから、持って行くことに躊躇があるが、さきほどのスライムのような見知らぬ生き物が襲って来ることも考えられる。
「ごめんなさい。もらっていきます」
シンは手に入れた剣を帯び、槍を手に持つと、そのまま机の方を調べてみることにした。
机を見ると、そこには一冊の本と地図が置かれていた。
まず、机の上に広げられている地図を見ると、そこに書かれた文字には見覚えがなかった。英語ではないし、アラビア語やギリシャ語の文字でもないようだ。ところが、その地図を見ていると、不思議なことにそこに書かれた文字が読めてくるのだ。
地図には今まで見たことのない地域が示されている。まず目に留まったのは、地図の右上に中世風の大きなお城の絵が描かれていることだった。そのお城は「ラインハルト城」と記されていた。
その地図の中央付記にも、同じような大きな城があり、そこは「マイン城」と書かれている。そのラインハルト城とマイン城の間に、大きな川が流れている。川の名前は「ラーン川」とある。ちょうどラインハルト城とマイン城の中間ほどの位置には、一帯が深い森に覆われているようで、その森野中にも少し小さいお城の絵が描かれていた。そのお城の名前は「ブルックス城」と書かれていた。
「何だか、いよいよ異世界だなぁ」
もう一冊の本の方は、あまり開く気にもなれなかったので、そのままにしておいて、もっと何かないかと周りを見渡すと、机の下に引き出しがあることに気がついた。少し悪いことをしている気がして躊躇しながらも、恐る恐る引き出しを開けてみることにした。すると、引き出しの中には少し大きめの皮袋が一つと、木で作られた小箱が一つ入っていた。シンはそれを机の上に出して、皮袋の中身を出してみた。すると、皮袋の中からジャラジャラと音をたてて金貨がざっと30枚ほど出てきた。
「おっ金貨!? じゃあこっちの小箱の方は何が入ってるんだろう?」
興味を持って今度は小箱の方を空けてみることにした。小箱の上に剣の柄に描かれていたのと同じ竜の刻印が押されていた。
「さっきと同じ竜の刻印だ・・・」
少し期待しながら小箱を開けると、そこには金貨よりもかなり大きめの金のメダルが入っていた。
「これもお金なのかなぁ?お金にしては綺麗で、凝った作りだから何かの記念のメダルかなぁ。それが3枚も入っている。これ、古美術商とかに持って行ったらどのくらいの価値があるんだろう」
不思議なもので、すでに頭の中ではゲームのアイテムを手に入れたような高揚感を覚えていた。何となく、シンはこの部屋に誘導されているような、そんな気持ちにさえなってきていた。
不思議とシンはさっきまでの緊張感が薄れ、今はかなり幸せな気持ちになっていた。この30枚ほどの金貨だけでも、相当な価値があるに違いないのだ。このお宝を持ち帰れば、しばらく仕事が見つからなくてもいいのかもしれない。そんな思いがしているからなのかもしれない。金貨の他に、更にこの小箱に入った大きな金のメダルが三枚もある。金貨の入った皮袋と大きなメダルの入った小箱を見ながら、その場でしばらく楽しい空想にふけるのだ。これで、しばらく生活は安泰。仕事も急いで探さなくても何とかなる。古美術商に売り込むか、それともインターネットオークションにかけてもいい。頭の中には次々とそんなアイデアが浮かび上がってきていた。
お金持ちになる空想をしばらく楽しんだのだが、冷静になって周りを見渡すと、ここは知らない洞窟の中の部屋で、まだ出口も見つかっていないことをふと思い出した。しかもここにはスライムのような生き物もいる。もし、もっと他の強そうな生き物が出てきたら、ここから無事に出られる保証もないだろう。そう考えれば、ここは決して安全な場所とはいえないのかもしれない。
冷静になってそこまで考えると、幸せな空想は一気にどこかへ行ってしまい、厳しい現実と向き合わないといけないのだという気持ちに切り替えさせられた。
「すみません。ここにあるものも貰って行きます」
シンは誰にというのでもなく、そうつぶやいた。
「とにかくここを出ないと何も始まらない。まずは出口を探さないと」
シンは自分の心を励まして、なんとか出口に辿り着かないといけないと思いなおすのだった。