第46話 ニーナ
冬もそろそろ終わりを迎える頃。
寺門の車作りは佳境を迎えようとしていた。
今は車体となるフレームの製造をしている所である。
「これを一から手でやるとすると大変だなぁ。技術の進歩は偉大だ」
機械があれば、プレス加工で簡単に車体が完成することだろう。
車体が小さいとはいえ、軽自動車並の大きさを作るのは苦労する。
そして、パイプで構成される車体を見て、寺門はなんとなくあるものを連想した。
「M274トラックだな」
アメリカ軍が使用していた、物資運搬用のトラックである。
台車にエンジンと運転席を無理やり乗せたような、なんとも簡素な作りのトラックだ。
コンセプトは寺門が作ろうとしている車に似ているかもしれないが、構造はまったくの別である。
車体が完成したら、タイヤの製造に入った。
タイヤはパンクしないものを想定している。
そのため、タイヤ全体が軽量で有利な構造をしている方がいい。
そうなると、形状は限られてくる。
最終的に採用されたのは、ハニカム構造を取り入れたタイヤだ。ハニカム構造はいうまでもなく、軽量で高い強度を持つ。
こうしてタイヤのコンセプトが決定したら、実際に作ってみる。
しかし、まずゴムを作るのが大変だ。
これまでは金属を中心に作っていた。それは土魔法で簡単に生み出すことが出来たからだ。
しかしゴムは、ゴムの木から採取される物と石油由来の物と二つある。このうち、石油由来のゴムは土属性の魔法で生産することは可能であるが、ゴムの木から採取されるものはどうやっても難しい。水属性の魔法で何とかなるかといった所である。
しかも純粋なゴムは耐久性に乏しい。そのために炭素を加える必要がある。
「これを同時並行でやってゴムができるのか……」
しかし理屈が分かってしまえば、後は繰り返して生成するだけだ。
早速寺門はその作業に入ろうとする。
その時だった。
「あのー……」
そこに一人の訪問者がやってくる。
ニーナだ。
「おや、アーネットさん一人で来るなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
「いえ、何もないと言えばないんですが……」
「そうですか。なら作業を見に来たのですか?」
「そ、そうですね。リョウさんが何をしているのか気になって……」
「なるほど。なら、そこにある木箱に座っていてください」
「はい」
そういってニーナは、作業スペースの片隅にある木箱に座る。
それを確認した寺門は、自分の作業に戻った。
「さて、どうやって作ったものか……」
とりあえず、イメージは出来ている。
最初はそのイメージで作り出す。
すると、そこには何やら粘性を持った黒い粘体がドロォと生み出された。
よく科学の実験で使われるスライムのようである。
「……これは失敗か」
その粘体を回収し、一斗缶に入れる。
その後、何度か生成を繰り返す。これによって理想的な硬さを持った固形物が出来上がった。
「よし、後はこれを形通りに成形すればいいな」
その時、寺門はふと外の様子を見る。
時間はあっという間に過ぎ去っていくもので、すでに夕暮れになっている。
「今日の作業はここまでかな?」
そういって、寺門はこの日の進捗具合とタイヤ生成のコツをメモ帳に残す。
その作業が終わると、寺門はニーナに声をかける。
「今日の作業は終わりました。今日はもう戻りましょう」
「は、はいっ」
この日のニーナは、なんだかいつもより緊張している感じだった。
一緒に部屋の前まで歩いていく。
その道中だった。
「あの、リョウさん」
「なんですか?」
「リョウさんはボクがいてうれしいですか?」
「突然どうしたんですか?」
「ボクの質問に答えてくださいっ」
ニーナが寺門の進路を防ぐように立つ。
「そうですね。うれしいかうれしくないかで言ったら、……うれしいですかね」
「そ、そうですか……」
ニーナはホッとしたような表情をする。
「しかし突然どうしたんですか?」
「……ほら、ボクって足を引っ張ってばかりじゃないですか」
「そんなことはないと思いますけど」
寺門はこれまでのニーナの活動を振り返ってみる。
確かに、パーティー加入当初は目立った活躍はなかった。
しかし、いつの日かの討伐祭りからは、パーティーに対して献身的になってきたような印象を受ける。
それは、ニーナ自身が変わったことが一番の要因だろう。
「大丈夫です。アーネットさんはよくやってますよ」
「本当にそう思ってますか?」
「えぇ。本当ですよ」
「なら、その……」
ニーナは何かつぶやく。
「え?なんですか?」
「そのっ、ボクのことっ、名前で呼んでくださいっ」
予想外の方向からとんでもないものが飛んでくる。
確かに今まで寺門は「アーネット」と苗字呼びしていた。
それを気にしていたのか、ニーナは呼び方を変えるように訴えてきたのだ。
「それで、呼んで、貰えます、か……」
だんだん語尾が小さくなっていくニーナ。
ここで拒否したら、ニーナはひどく悲しむことだろう。
寺門は意を決して、口を開く。
「……ニーナさん」
「……!はいっ」
ニーナは嬉しそうにしていた。
その後、部屋に戻るまで何度も名前を呼ばせる羽目になったが。
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