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御伽クライ  作者: 祭神輿
第二章
9/135

嫉妬に狂う赤


 とある屋敷に、女のヒステリックな叫び声、何かを叩く音が響く。絶え間なく続くそれは、しかし誰も止めには来なかった。


「毎日毎日毎日毎日ッ!! わたくしはあの忌々(いまいま)しい子供を毒で殺して来なさいと言ったのにッ!! 何故あなたはそんな事も出来ないのですかッ!!!」

「う"っう"ぅっ申し訳……ございま……ッ!!」


 赤いドレスを(まと)う女はコック帽を被った男を蹴りつけ、鞭で叩きつける。2人の他にはあと3人のメイド。

 メイドはこの異様な光景を止めるでも怯えるもなく、クスクスと笑いながらその光景を見ていた。


 女は鞭を地面に叩きつけ、頭を掻きむしる。


「嗚呼、うまくいかない……思い通りに動かないッ、わたくしの人生は完璧だったはずなのにっ!! どうして? どうしてどうしてッどうしてなのッ!?」



 ―回想―


 その女は金持ちの家の出でした。

 女の家では子供がなかなかできず、やっとできた子供が女でした。家督(かとく)は男児が継ぐものであり、娘が産まれたら養子をとって娘は家を援助してくれる所に嫁に行かせるのが娘の家の決まり事。


 いずれ嫁に出さなくてはならない娘を、両親はせめて今だけでもと甘やかし、優しく接するよう努めます。

 好きな勉強だけさせて、好きなものを惜しまなく与え、洗脳の様に容姿を褒める言葉を送る。

 両親は娘の言う事は何でも聞いたし、娘が悪い事をしても、娘ではなく使用人達を叱るばかり。



 それは親による緩やかな虐待でした。

 結果、娘は高慢でわがままに育ちました。

 誰もが娘を遠ざけ、誰もが娘に恐怖しました。



 しかし、娘にはそんな大衆の気持ちが理解できない。

 皆が遠ざけるのは自分の家が偉いから。自分自身が偉いから。偉い人に下の者は馴れ馴れしく話してはいけないから。決して自分が嫌われているとは思いませんでした。


 だって、娘はたいへん無知で、世間知らずだったから。


 ある日、誰からも遠巻きにされる娘を心配した両親が、娘にある男の子を紹介します。ふわふわした雰囲気の、ちょっとぽやんとした男の子。


『おとうさまがいうなら、きっと、わたくしとおなじくらい、エラいおうちのひとなんだわ』


 娘はその日から、男の子に夢中になりました。男の子にピアノを聞かせて、自分が買ってもらった宝石を見せ、自分がどんなに優れているかを男の子に聞かせました。

 男の子は大変おおらかで優しい少年だったから、娘の話を根気良く聞きます。娘にとって、離れていかない同年代は、その男の子がはじめてでした。


 娘は思います。きっと自分はこの男の子と結ばれる運命なのだと。この男の子の家も、自分のような偉い家の者と縁者になれるのは喜ばしかろうと。


 しかし、現実は思い通りにはいきませんでした。


 娘は男の子にいつまでも自分の家の偉大さや凄さ、どんなに偉いのかを説き続けました。自分と結婚したらそんな偉大ですごい家の子になれると遠回しに伝えました。

 しかし、男の子は「この子はよっぽど実家がすきなんだなぁ」と思うばかりで、娘の気持ちなど、知る由もなかったのです。


 そして(よわい)20の時、男の子だった彼は、隣に綺麗で美しい、藍色の女性を連れてやってきました。


 男は初めて見る表情で両親に言います。


『自分は、この女性と結婚します』



 娘だった女は怒り狂いました。物を手当り次第に投げつけ、壊して、壊して、壊し尽くしました。


 ――どうして? どうして? どうして?


 な ぜ そ こ に い る の が

 わ た く し で は な い の。



 女は両親に抗議します。しかし、彼の家は女の家よりもずっとずっと偉かったのです。

 その為、女の両親は彼の家に向かって意見することはできませんでした。自分の家より彼の家の方が偉い事を知って、女は益々彼が欲しくなりました。


 女は壊し尽くしたボロボロの部屋で、どうすれば彼を手に入れる事ができるか考えます。

 考えて考えて、彼に子供が産まれそうだという知らせを聞いたとき、フッと考えが降りてきました。



 ――そうだ、邪魔なモノを消せばいい。



 女は別の男と結婚し、さっさと子供をこさえる。


 その後、女は子供を連れて彼の家へ行き、彼を奪った女性と仲良くなります。

 子供についての相談だのと理由をつけては男の妻と会い、茶会を開き、仲を深めていく。


 彼の妻は気づきません。

 自分のお茶に、毎回遅効性の毒が入っていた事に。


 彼の妻はどんどん弱り、呆気なく死にました。

 彼は酷く悲しみ、落胆しました。女はそんな彼に近づき、甘い言葉を呟き、しなだれかかりました。


 女は自分の夫を消し、両親を丸め込んで彼と無理やり再婚し、念願の息子を授かります。

 しかし、彼の体は手に入っても、心までは手に入らなかった。彼の心は、いつまでもあの藍色の女性の所にありました。そして、小さい藍色の子供にも。


 女は思う。ただただ思う。

 ああ、邪魔だと。


『あの人が藍色の子供をみて、笑っている。あの人は、ワタクシの物なのに、ワタクシを褒め称えるべきなのに』


 邪魔、邪魔、邪魔、邪魔。


 今まで、女は自分の気に入らない邪魔なモノは、すべからく消してきた。使えないメイド、言う事を聞かない支配人、嫌いな食べ物を入れるコック。


 そして、自分から運命の人を奪った、あの憎くて憎くて堪らない藍色。


『私の邪魔をするなら、お前も消してやる』


 女は彼の見ていないところで、藍色の子供をいじめました。ある時は使用人達を買収していじめさせ、ある時は自分の息子たちを使っていじめさせました。

 毎日いじめれば、勝手に弱って出ていくか、自分から死を選ぶと思っていたのです。しかし、藍色の子供はなかなか折れません。


 藍色の子供は、自分が産んだ子供たちよりも魔力量が豊富で、とてつもなく優秀な子供でした。


 女は自分の両親の育て方しか知りません。

 だから、息子たちも無知で世間知らず。

 魔力量も平均以下。女は激しい劣等感を覚えました。


 ――妬ましい、恨めしい、忌々しいッ!!!


 女の憎しみは日に日に増していき、焦燥感が芽生えます。このままでは自分があの藍色の女よりも劣っていることが如実(にょじつ)に、確実になってしまう。あの女より上でないと、彼は自分を見ない。


 そんな女にある日、とある薬の情報が舞い込みます。


『今度、闇オークションで出されるその薬は、今や滅多に手に入らない。(いわ)く、飲むと眠りにつき、真に自分を愛する者の口づけがなければ起きる事は出来ないのだという』


 女は考える。この薬なら、あの子供を彼の中から緩やかに消せるのではないかと。子供が眠ってしまった悲しみを利用して慰め、彼に自分を刻み込めるのではないかと。


 そう考えた女の行動は早かった。薬を闇オークションで競り落とし、彼が仕事で出かけている間に彼の使用人を遠ざけ、藍色の子供に毒を打ち込みました。藍色の子供の髪は、毒を受けて白色に変わります。


 女は(わら)いました。やっと忌々しい藍色が消えたのだと。


 女は藍色だった子供を棺に入れて、離れに仕舞う。すると、離れはたちまち茨の蔦に囲まれ、霧が立ち籠め誰も離れに近づけなくなりました。


 女はこれ幸いと、彼やあの子供の婚約者が更に近づけないよう邪魔をしました。


『あいつを真に愛する奴なんて、この屋敷にはいないわ。このままこの毒で目覚めなかった馬鹿な女達のように、燃やして差し上げましょう』


 これであの人は自分の物。

 やっとうまくいった。やっと手に入った。

 これでハッピーエンドだ。



 ――そう、思ってたのに……。



「やっとあの人が諦めてくれそうだったのに、やっとあいつを燃やせるところだったのに!! どうして!? 雇った殺し屋は小娘1人にやられるような役立たずだし!!」


 女は叫ぶ。足元のコックは既にこと切れていた。

 それでも女はコックを蹴るのを辞めない。


 女は考える。

 何が悪い、何がいけなかった。

 途中までうまくいっていた。原因は?


 ――あぁ、あの(小娘)か。


 今までどうしてきた?

 邪魔なモノは、全部、消してきたじゃないか。

 今回も、自分を邪魔するモノは消せばいい。


 女はコックを蹴るのを辞めた。

 メイドに処理を命じると、ゆらりと立ち上がる。



 ――旦那様が帰ってくるのは明日。

 だから今日、終わらせよう。


(大丈夫、私は綺麗で優秀だから、全てうまくいくわ。またあの殺し屋が来て、あの小娘に復讐しに来たと言えばいい。使用人達はまた金を握らせて黙らせればいい)


 女は部屋にあるドレッサーの引き出しから、小さな短刀を取り出す。短刀を鞘から引き抜くと、短刀の刃には紫色の毒がベッタリと染み付いていた。


 女は短刀を片手に、深夜の廊下をヒタリヒタリと歩く。

 向かうは離れの2階。どこの部屋かは知っている。



 ――ギシリ、ギシリ、ギシリ、ギッ。



 女はある部屋の前まで来ると、ドアノブを回す。


 しかし、ドアノブには当然のようにカギがかかっていた。女は胸元から杖鍵を取り出し、魔法で鍵を開ける。

 この位なら、魔力を辿ったところで自分が忍び込んだ事はバレない。


 ギシリギシリと床板が軋む音だけが部屋に響く。


 大きなベッド。その中央が、小さく膨らんでいる。

 女はゆっくりその膨らみにまたがり、短刀を大きく突き刺した。ベッドのシーツはジワリと赤く染まっていく。


 女は何度も何度も短刀を突き刺した。


 ――死ね、死ね、死ね、死ねッ!!


 女は無意識に呪詛(じゅそ)を撒き散らしながら短刀を突き刺す。毒がまわって、刃が肉に食い込んで、ズタボロになって、血がなくなって死ね!! 死んでしまえッ!!!


 夢中になって刺して叫んでいる間に、シーツは赤く、中から覗く肉の塊はグチャグチャになっていた。

 散々喚き散らし、満足した女は立ち上がり、小娘の無様な死体を拝もうとシーツを剥した。


 しかし、そこにはズタボロになった枕が積上げられているだけで、娘の姿など、どこにも無かった。


「残念でしたね。殺せなくて」


 背後から少女の無機質な声が聞こえた瞬間、目の前が明滅する。背後には、忌々しい子供と、明日、帰ってくる筈だったあの人が立っていた。


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