表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御伽クライ  作者: 祭神輿
第二章
6/135

折れたモップ


 森林の清々しい空気を運ぶ風、よく晴れた青い空に小鳥のさえずり。大変いい朝だ。こんなにも世界は美しいのに、私の気持ちは梅雨の空のごとく湿っている。

 私はおもむろにポケットからメルヒェフォン、以下メルホを取り出すと、メルホに向かって喋りだした。


「ヘイ、アダム。(しゅうとめ)風の嫌がらせを止める方法を教えて……」


 因みに『アダム』とは、呼びかけるとなんでも答えてくれる音声検索の名前のこと。S○r○みたいなものだ。

 アダムには言ってることがよく分かりませんと言われた。世界は無情。人生詰んだ。




 ヴィオさんの腹違いの兄弟、通称、馬鹿兄弟を正論パンチでボコボコにした次の日から、嫌がらせが始まった。


 まず、毎朝奥様から放たれたコックが「突撃☆離れの朝ごはん」を仕掛けてくる。

 毎回断っているのに執念にヴィオさんの朝食を作りたがる。日に日に勢いが増し、目が血走っていて心底気持ち悪い。どうしてそんなに朝食を作りたがるんだ。ワーカホリックか? 最近はフライパン片手に撃退している。


 次に、業務にいちゃもんをつけられる。


 最初は魔法がうまく使えず全て手作業だったが、ヴィオさんの英才教育のおかげで魔法で掃除ができるようになった。

 上機嫌で外の掃除をしていると、例の馬鹿兄弟が何故か来て、掃除がなってないだの汚れが残ってるだの、(しゅうとめ)か? と思わざる負えない小言を小一時間言って帰っていく。例の「窓のサッシ指でツツー」もされた。(しゅうとめ)か?


 次、何故かお屋敷の洗濯物を任される。


 ある日、突然奥様付きのメイドが大量の洗濯物を運んできて、これ洗濯お願いねと言って颯爽と逃げていった。私は洗浄の魔法がまだ使えないので、全て手洗いだった。

 ベッドのシーツに馬鹿兄弟の兄の名前が書いてあるパンツが混じっていたので、森に捨てた。


 次、これまた何故かお屋敷の掃除を任される。


 まじでなんで?

 私はヴィオさんの側仕えであって奥様の使用人じゃないし、業務内容には洗浄もお屋敷の掃除もないのに……。

 しかも掃除なんて奥様から直々に小言を言われるし、奥様付きの使用人たちからひそひそされるし、馬鹿兄弟に小言言われるしで最悪の極みであった。ここが地獄か?


 ヴィオさんに相談すればいいと思うかもしれないが、あの人は馬鹿兄弟と奥様にトラウマがあるようで強く出れないし、何よりそれだと私が負けたみたいだから言いたくない。

 勉強と魔法の練習の時にさも嫌がらせなんて受けてませんけど? という風に振る舞っているのは完全に意地であった。


 なぜこんな暴挙が許されるのか、それは旦那様が仕事でお屋敷を離れているからである。


 旦那様がいないお屋敷でいちばん偉いのは奥様なので、旦那様サイドの使用人たちは奥様に逆らえない。奥様サイドの使用人たちは言わずもがな奥様の味方。

 実質、誰もこの暴挙を止められる人が居ないのだ。


 今日も1日ブラック業務になるだろう事を憂いていると、玄関のドアがドンドン叩かれる。


 またあのコックが来たのだろう。

 嫌味な奥様の寄こしたコックだ。ゴミや虫を料理に入れられたらたまったものではないので、絶対に作らせたりなんかしないのに、毎日ご苦労なこって。


「はいはーい今出ますよっと」

「朝食を作らせろ!!!!」


 ドアを開けるなりコックが掴みかかってきた。

 目は充血し、限界まで開かれ、隈がベッタリついている。体の所々には包帯と湿布が貼られていた。昨日はこんなもの無かったが、一晩のうちに何があったんだ。


「あの、とりあえず休んだ方がいいですよ?」

「いいからッ……いいから朝食を作らせろ!! でないとッ……うぅ……」


 コックはこめかみに爪を立ててガリガリと掻きむしる。来る前にもしていたのか、爪に血が付着していた。ブツブツと聞き取れない事を延々と言い続け、話しかけても反応しなくなってしまった。


「ふむ」


 私は杖鍵を構え、最近ヴィオさんに教わった呪文を詠唱する。


「夜の(とばり)、海の波音(なみね)は子守唄。(なんじ)、母なる海に抱かれし子」


 唱え終わると、コックの頭上から青い光がオーロラの様に降り注ぎ、やがてコックは眠ってしまった。

 この魔法はかけられると眠気に抗えず、たちまち眠ってしまう魔法で、睡眠不足な人ほど効果があるらしい。とりあえずこのコックはあっちの使用人に回収してもらうべく、外にゴロゴロ転がしておく。


 さて、今日は食事は変わらず作るが、勉強と掃除はお休みである。労働基準法に引っかかるから休暇をとれとのこと。

 未成年で働かせるのは法に引っかからないの? と思ったが、聞けば従属の腕輪をつけている人は大体訳ありなので大丈夫らしい。この世界独自の法律なのかな。


 本来、休暇なのだから好きな事をしてゆっくり休むのが普通の過ごし方なんだが、私には休むなんて無理だと思う。


「あら、オトギサン、今日休みなの? じゃあお屋敷の掃除に庭の掃除足しとくわね」


 ほらね、ほらね!! 知ってましたよ(怒)!!


 こうして私は大量の洗濯をし、庭の掃除を終え、今度はお屋敷の中を掃除しに行くのであった。もうヤケクソである。私は雑巾を握りしめた。


 文句のつけようのないぐらい綺麗にしてやるよ!!


 モップにバケツ、雑巾を持ってお屋敷内をあっちに行ったりこっちに行ったり。魔法で物を浮かせたり綺麗にしたりするのにはだいぶ慣れた。毎日掃除ばかりしていた賜物だろう。


 お屋敷は当然の如く離れより広くて大きい。廊下や窓、客室を掃除してるのだが1人でやるには広すぎる規模だった。

 洗濯物だって1人でやる量じゃなかった。他の使用人達だって掃除や洗濯の仕事があるとおもうのだが、その人達もこの量の仕事をこなしているのだろうか。


 私がモップで黙々と廊下を磨いていると、目の前の部屋の扉が少しだけ開いていた。こういうのを見ると閉めたくなってしまうのだ。扉を閉めようと近づいた所、中に人が居るのが見えた。

 中を覗いてみると、そこにはいつも洗濯物を押し付けてくるメイドと他3人が、優雅に紅茶を飲みながらクッキーを貪っていた。


 は? 仕事は??


「いやぁー、あの子が来てから仕事が楽だわぁ」

「仕事ってあなた、いっつも洗濯物押し付けてるじゃない」

「だって、奥様があの子に全部やらせろって言うんだもん。ほーんと可愛そうよねぇ」

「そんなこと思ってもないくせによく言うわ」


 キャハハとメイド共が笑う。

 やっぱり奥様の嫌がらせだったのか。

 いやまぁ、知ってましたけどね?


「あの子がいると奥様の癇癪が全部あの子に向くから楽」

「仕事も減るしね」

「しかも、掃除も洗濯も押し付けても文句一つ言わないんだもの。毎日こうやって紅茶飲んで、何もしなくても給料が貰える私たちって、役得よねぇ」


 ナニモシナクテモ、キュウリョウガ、モラエル??


 私が毎日毎日、勉強の合間に屋敷と離れを行ったり来たりして、泡まみれ埃まみれになってるのに?

 この駄目イド共は業務時間にゆったり優雅にティータイムきめてたのか?? しかも毎日??


「あっれぇ? オトギちゃんじゃん〜」


 メイドの余りの態度や言動に怒りを(あらわ)にしていると、いまいっちばん聞きたくなかった声が聞こえた。

 馬鹿兄弟の片割れ、兄のトニオである。


「また掃除か? 随分と暇なんだなぁ」

「暇ではありません。掃除は立派な仕事です」

「ハンッ、掃除くらいしかできない奴が生意気な態度とるじゃねーか。雇ってやってるんだからご主人様をきちんと敬えよ」


 いや、私を雇っているのは旦那様だし。

 ご主人様はヴィオさんであって、お前ではない断じて!!


「仕事なんてサボってさぁ、そろそろ母さんに謝りに謝りに行ったほうがいいんじゃねーの?」


 そう言ってまた私の肩を抱き寄せる。


 いやムリムリムリ、気持ちわる!

 なんでいちいち肩を抱くんだ? 顔が近い!!


 うっかり殴ればまた面倒なことになるので、暴力沙汰にならぬよう必死に耐える。落ち着け〜落ち着け私〜。

 しかし、目の前の部屋からメイドが出てきた事により、面倒なことになるフラグが見事成立した。私は目が死に、メイド共は私を見て鼻で笑う。


「あら、オトギサン。仕事をサボって、今度はトニオ様を誘惑する気ですの?」


 いちいち鼻につく言い方をする。

 誘惑なんかするわけ無いだろうが。寧ろ私に誘惑される20歳とか犯罪臭プンプンだっつの。


「誘惑なんてしてません。寧ろ逆ですナンパされてます」

「自分が卑しい人間だと言う事を認めず、あまつさえ人のせいにするなんて……」

「怖いわぁ」

「仕事もサボるし、最低よね」


 仕事サボってるのはお前らだろふざけんなふざけんな!!


 私は我慢した。

 こいつらを殴って怪我させたって罪悪感なんか塵にもわかないが、旦那様に事実が捻じ曲げられて報告されたらヴィオさんに監督不行届の汚名を被せてしまうかもしれない。


 ヴィオさんは旦那様には猫っかぶりの性格の悪い人だが、なんだかんだこの世界のことや魔法の事を根気強く教えてくれているのだ。返す恩義は十分にある。

 だから、今は耐えるんだ私!! 衝動を抑えるべく、モップを握りしめる。


「トニオ様も、こんな何の魅力もない小娘放っておいて、私達に構って下さいまし?」

「ははは、じゃあ今から街に出ようか。何でも好きな物を買ってあげるよ」


 馬鹿兄弟(兄)と駄目イドたちは下品な会話をしながら去っていった。握りしめていたモップは折れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ