正論で殴る
皆さんどうもこんにちは。1日にして美少女の外装を手に入れた喜劇の主人公、オトギです。
一晩を用意されたフッカフカの天蓋付きベッドで過ごしたものの、自分が庶民派過ぎて逆に眠れなかった。いくらするんだこれ。小心者には荷が重い……。
疲れていたのですぐ眠りについた割には眠りが浅かったのか、朝早くに目が覚めてしまった。
二度寝しようとしても全然眠れない。仕方がないのでスマホを手に取る。ワクワク、早朝のネットサーフィンである。
「ヴィオさんがメルヒェフォン、だっけ? スマホの事認知してたし、この世界にはふつうに機械が普及してるのかなとは思ってたんだけど」
スマホは元々使っていたものと操作も機能も一緒だった。
適当に猫のシルエットのアイコンをタップしてみる。
すると某トリのSNSの様な画面が出てきた。
画面を指でスクロールすると、呟きは猫がかわいいとか空が綺麗とか、私のいた世界と何ら変わらない内容ばかりだった。この世界は案外、私のいた世界に近いのかもしれない。
そのままネットサーフィンを楽しんでいると、ピコンッと通知音が鳴る。おなじみのトークアプリの通知音だ。上に出てきた通知のバナーを見て、私はスマホをぶん投げた。
バナーには一言、「必ず迎エに行くカラネ」と書いてあった。送り主の名前の部分が完全にバグっていて本能的恐怖を感じた。いったい、何が迎えに来るというのか……。
スマホにうつつを抜かしている間に外はすっかり明るくなっていた。寝る前に読んだ業務内容にはモーニングコールがあったはず。仕事するか。メッセージは深く考えないようにしよう。
――朝、とある屋敷の廊下でドアを連打する音が響く。
ドンドンドンドンドドドドン!!
「ヴィーオーさん、起きて下さーい!!」
ドンドンドドンドンドドン!!
「もう7時です。起きる時間でーす!!」
「うるっさい!!!」
「うぉ、」
部屋の中から神経質な怒鳴り声が聞こえてきた。
しばらく待つと、身支度を完璧にし終えたヴィオさんが中から出てきた。支度はやいね!
「ドアを無駄にリズミカルに叩くのはやめろ!」
「すみません。楽しくなっちゃいました」
「素直か?」
まったく、と眉間を指で抑えるヴィオさんはふつうで、昨日最後にみた様子のおかしい素振りは無い。ホッとする。
「朝食用意したので食べましょう!」
「貴方が……? 業務内容には無いはずですが」
「なんかシェフの人が来たんですけど、奥様から言われてきたみたいで。なんか嫌だったんで遠慮したら妙に食い下がってきて……気持ちが悪かったから追い返しちゃいました」
奥様の名前を出した時点でヴィオさんの目が死んだ。
勝手に追い返したの怒られるかなって思ったけど、いい顔でサムズアップされたので良かったらしい。シェフの人はもう本当に気持ちが悪かったので今後も来たら追い返そう。
自分たちが普段よく使う場所以外は今日業者を呼んで設備を整えたりするらしいので、とりあえず綺麗なキッチンで朝食をとる。テーブルに置いてある料理を見て、ヴィオさんは目を見張った。
「意外にちゃんとしてますね。驚きました」
「いったいどんな朝食を想像してたんです?」
テーブルには目玉焼き、トースト、ポトフとサラダが置いてある。冷蔵庫を開けたら食材が用意してあったのだ。かなりの好待遇にニッコリ。
ポトフを一口食べたヴィオさんは「まぁまぁですね」と言ってトーストを齧る。すみませんねぇプロの人みたいな料理ができなくて。
「というか貴方、昨日は魔法の存在を知らないみたいな事言っていた割に、しっかり魔導具使えてるじゃないですか」
「え? 魔導具なんて使ってませんよ?」
はて、ここに魔導具っぽい物なんてあっただろうか。
「そこのコンロ、魔法が使えないと火がつかない筈ですが」
「まじです? 摘み回したら普通に火つきましたけど……そもそも魔法ってどうやって使うんですか?」
「そこからですか……」
なんかため息をつかれた。しかも駄目な生徒を見る先生みたいな顔された。しょうがなくない? この世界に来たの昨日だよ? 魔法経験ゼロ歳児なんだよ?
ヴィオさんは懐から鍵を取り出し、タクトの様に振ると、食べ終わった後の食器がふわりと浮かび、シンクに静かに収まっていった。凄い!! 浮かんだ!!
「魔法はイマジネーションの強さで全てが決まります」
ヴィオさんは鍵をスイと軽くふる。何も無いところから水が現れ、魚の形になって動く。すげー、ファンタジーだ。
「魔力が手から指に、指から『杖鍵』に流れ外へ。『杖鍵』は魔法を使う時の媒体みたいな物です」
ほーん、この昨日から首にかけている鍵、てっきりこの建物の鍵だと思っていた。魔法を使うための杖なのね。
「こんな事、5歳くらいから習う常識ですよ」
「5歳くらいからって言われても……もうほぼこの世の常識は何も知らないので勘弁してください」
苦笑いしながら鍵を手に取り、皿に向ける。
(イマジネーションの強さ、か……)
アニメや漫画でよく見るシチュエーションだ。今こそオタクの想像力を試すとき!
魔力が鍵に流れる様子を頭に浮かべる。次に、皿を持ち上げる様子を。これはさっき皿が浮かぶ様子を見たので、想像しやすかった。
すると、皿がフワリと浮かび、シンクに移動していく。着地が少し雑になったが、結果は成功。普通に魔法を使えた!!
「今の見ましたか!! 皿が浮いた!!」
「……貴方本当に魔法が使えなかったんですか?」
「使えませんでしたよ?」
ヴィオさんは苦虫を噛みつぶしたような顔で「ああ、そうですか」と言った。なぜそんな渋い反応をするんだろうか。
「ふつう、『物体浮遊魔法』は練習無しに軽々しくできるようなものではありません」
「ヴィオさんはできてましたよ?」
「僕をそこら辺の有象無象の無能と一緒にしないでください。もう既に完璧に習得済みです」
「勤勉ですねぇ」
この人、ちょっと上から目線だよね。プライドがエベレストより高そう。
「僕の下ぼ……使用人が世間知らずなのは頂けませんね」
「いま下僕って言おうとした? 言おうとしたよね?」
「魔法の取り扱い方と常識を主人である僕が直々に叩き込んであげますよ。頭を垂れて感謝してください
「お話聞いて!」
こうして私はご主人様()から魔法を学ぶことが確定したのだった……。
朝食後、ヴィオさんの部屋に強制連行され、教科書を高々と積み上げられたテーブル前に座らせられた。聞けば小学生から中学生の時の教科書らしい。
今日これ全部覚えるのはは無理だと言ったら、「じゃあ日を分けて勉強しましょう。大丈夫、途中で放り出すほど無責任ではありませんので」とのこと。
まずは1年生からだと満面の笑みで教科書を渡され、白目をむいた。量が尋常じゃない。
ひんひん言いながらやっと小学3年生の過程に突入しようとした時、どうやら掃除の業者がやってきたらしく勉強は一時中断。庭で魔法の使用訓練をするらしい。
勉強は嫌いだが、実験などの実技は大歓迎だ。魔法はとりあえず想像した物を出現させる事をひたすら繰り返す事をした。想像して、魔力を練り、体外に出す。これに慣れれば自然に色々な事ができるらしい。
「そうだ、昨日の事改めてお礼しようと思ってたんでした」
「昨日……ああ、別にいいですよ。硝子から庇っていただいたのと、犯罪者捕獲の礼です」
「ビンタから庇った分は?」
「あの時点では貴方はもう僕の使用人でしたから。従者が主人を守るのは当然のことでしょう?」
まぁ、なんて胡散臭い笑みなんでしょう。こういう笑い方する奴は腹に真っ黒い獣を飼いならしてるに違いない。
じっとりした視線を送ると、ヴィオさんの胡散臭い笑みは鳴りを潜め、感情の全く篭もらない瞳でこちらをみた。
そこに、さっきの和やかさは無い。
「貴方は、何も聞かないんですね。僕が何故毒を受けたか、何故あんなにも邪険に扱われているのか」
表情は感情が乗らず、菫色の瞳はまた陰る。
「聞きませんよ。私には関係ないですから」
「関係ない、ですか。僕は貴方の主人なのに?」
責めるような声だ。瞳の奥が更に暗くなる。
「はい。だって関係ないじゃないですか。例えばヴィオさんが人を殺した犯罪者だったとしましょう。でも、だから何ですか? ヴィオさんが過去に人を殺してたって私は殺された人を知らないし、私には何も被害が無いので別に気にしません」
ヴィオさんはぱちくりと目を瞬いた。
「あと、人様の事情を詮索するような無神経な事しませんよ。誰だって聞かれたくない事のひとつやふたつあるでしょう? あと、単純に雇用主の地雷を踏んでクビにされたら生きていけない……就職先の宛とか無いし」
理由も分からないまま別人の体になっているし、戻れるかもわからない。明日にはどうなってるからわからない状態なのだ。正直、人様のほの暗い家庭事情に首を突っ込んでる余裕などない。
それに、私はいまヴィオさんに雇用されているのだ。雇用主の機嫌を損ねて放り出されたらたまったもんじゃない。
ふかふかベッドに美味しいご飯。
生活水準が最初から高いから、今更森に野宿とか無理!!
「……ッ、アッハハハハ!! 結局最後は就職先の心配ですか!! 随分と明け透けかつ傲慢な人だ!!」
「いいじゃないですか、明け透け。素直に話したほうが拗れなくていいんですよ。それに、多少傲慢でなければ一方的に搾取されるだけですから」
何がそんなにおかしいのか、ツボに入ったらしいヴィオさんが腹を抑えて蹲っている。そんなに笑うとこあった?
「フフッ、すみません。僕の周りにあまりいないタイプの人だからツボに……んっふ」
「えぇ、めっちゃ笑うじゃん」
ツボに入ったヴィオさんを放っておき、魔法の練習を再開しようとすると、向こうから男2人組が歩いてくるのが見えた。なんか、長いのと小さいの。
ワイシャツにスッキリしたスラックスを履いたヴィオさんと比べて、それどこの時代の貴族? と言いたくなる様な服を着ている。
2人組はこちらまで歩いてくると下卑た笑みで私を上から下まで見てきた。不躾すぎでは? こいつら絶対彼女いない。モテない。断言する。
「おいおい、10年ぶりに起きたのに挨拶に来ないどころかガールフレンドと逢引か? いいご身分だなぁ!!」
「ほんとだよね。昨日なんか母さんに暴力を振るったんだろう? こんなのが兄さんだなんて、ボクは自分が情けなくなるよ」
何だこいつら。もう一度言おう。何だ、こいつら。
「ヴィオさん、この2人誰ですか?」
「……腹違いの兄と弟ですよ」
ヴィオさんはさっきの愉しそうな雰囲気を一変、ひどく沈んだ様子で言った。露骨に嫌そうな顔をする。
「不本意ながらね。君も可哀想に……こんなゴミにいいように使われるなんて」
「いや、別にいいように使われてやってるつもりとか、全然ないですけど」
「強がらなくてもいいんだぜ?」
別に強がりではない。本気でやりたくない事はどんな手を使ってでも阻止する気概くらいはある。
というか、本気で気持ち悪い。奴隷なオトギちゃん解釈違いです。鳥肌モノですよこれは。勘違い男共は私が顔を顰めたことに気づかずに話し続ける。
「父さんと母さんは幼馴染でね。将来は結婚の約束してたのにこのグズの母親が父さんを誘惑して横取りしたんだよ」
「そうそう、ほんと最低だよね。そんな泥棒女から生まれた奴とか、絶対に将来犯罪者とかになるよ」
「なぁ、何とか言ったらどうなんだよ犯罪者がよ!!」
男は庭に置いてあったテーブルを蹴り倒し、ゲラゲラと汚い嘲笑い声をあげる。
「……」
ヴィオさんは杖鍵を手に取り、2人に向けた。
「お? ほんとの事言われて怒ったか??」
「怒ったからって魔法で害そうとして来るあたり、犯罪者の素質があるよねぇ」
悪意しかない言葉がヴィオさんに降りかかる。
ヴィオさんは犯罪者と言われた為、杖鍵を下ろして今は悔しげに歯を食いしばっている。
「君、オトギちゃんだっけ? 昨日は母さんが凄く怒ってたけどさ、今から謝れば多分許してくれると思うんだよねぇ」
「はぁ……」
「俺達も一緒に謝ってあげるからさぁ、俺達の使用人にならない? お小遣いも弾むからさぁ」
ヴィオさんは俯けた顔を上げて私の前に立つ。
「それは承服できません!!」
「黙ってろよ。婚約者も守れないくせに」
婚約者いたのか。しかし、非常に不穏である。明らかにヴィオさんの地雷だ。何なのこの2人、人の地雷踏まなきゃ生きていけないの?
「それは2人が!!」
「うわぁ、人のせいにしたよ最低」
「ねぇオトギちゃん、こんな最低野郎やめて一緒に行こうぜ? ヤサシクしてあげるからさぁ」
男が私の肩を抱き、耳元で囁く。
―――カンカンカーンッッ!!!!
私の頭の中でゴングが鳴り響いた瞬間であった。
人の話を全く聞かないやつは嫌いである。
仲良くしている人の悪口を言う奴が嫌いである。
あと、初っ端から馴れ馴れしく触れてくる男も嫌いだ。
嫌いというか、生理的に無理ッ!!
「薄汚え手で馴れ馴れしく触ってんじゃねぇぞダボが」
「ゑ?」
「触んなっつってんですよ」
私は男の鳩尾に肘を入れた。
男は「いってぇ!!」と言って鳩尾を抑える。女の子に肘打ちされただけで、大袈裟では?
「黙って聞いてりゃ気持ち悪いことベラッベラ言いやがって、勘違いしてんじゃねぇってんですよ。一緒に謝ってやる? 私は謝るようなこと何1つしてないし、むしろ謝るのはあっちですが? 優しくしてやる? 俺たちの使用人になれ? なるわけねーだろ頭にウジでも湧いてんのか」
さっきまで威勢よく喋っていた男共はポカンとしているが、私はまだまだ言い足りない。さっきから最高にイライラしている。全部こいつらが来たせいだ。
「大体、なんでそんな上から目線なんですか? どうして自信満々なんですか? 金積めば誰でも自分に従うとでも思ってたんですか? そんなのでなびく人間なんて碌な奴いないですから。私、そんな安い人間じゃないですから」
そいえば大学のサークルにもこんな感じの男がいたな。自分が中心で世界が回ってると思ってる系のやつ。自分の誘いに乗る女は皆自分に惚れてると思い込む系の奴。何かナルシスト入ってる系の奴!!
「あなた達、ただでさえ小さい脳にウジが湧いてるみたいなのではっきり言わせてもらったんですけど、自分たちの悪い所、ご理解いただけましたか? おい、何とか言えよ」
言いきってハッとする。いけないいけない、ほとばしる怒りのパトスでつい早口に捲し立ててしまった。イライラするとつい物申したくなってしまうのだ。
私はいつの間にか掴んでいた男の胸ぐらをぱっと放した。男は涙目である。
「マ、」
「ま?」
「ママに言いつけてやるからな!! 俺に恥をかかせた事、絶対に後悔させてやるッ!!」
「あッ待って兄さん!!」
男2人組は「おぼえてろよ!」という捨て台詞を三下よろしく吐いて帰っていった。私の大勝利である。コロンビア。
「今の聞きました? ママって……大の大人がママにチクるとか……ブッフフww」
「貴方、本当に容赦のない方ですね。男のプライドを粉砕させる怒涛の正論と罵倒、感服しました」
「最高だったでしょ?」
「ふっ、馬鹿な人だ」
おお、今日一穏やかな微笑みいただきました。イケメンというよりは美人という言葉を当てはめた方が似合う人の微笑みは破壊力抜群である。
Oh……目が潰れそう。
「貴方、あれ相当えげつない嫌がらせされますよ。僕が保証します」
うげぇ、まじか。
経験者は語るってやつかな? 最悪。
「ちょっと本当の事言われただけで逆恨みするとか器の小さい人達ですねぇ」
「あれでちょっととは……」
「だって、ヴィオさんが何も言わないから」
私はじっとヴィオさんを見つめる。
「言い返そうとしても、途中で言うのやめちゃうから。あんなの、言ったうちに入りませんよ。だから、私がヴィオさんの分までボロクソ言ってやったんです」
「ガラス片から庇われた時から思ってましたが……なんでそこまでするんです? 僕と貴方は昨日会ったばっかりの他人ですよ?」
何でって言われてもなぁ。理由なんて特に無い。
さっき言った雇用主が居なくなるのは困るのと、強いて言うなら気分だ。
その事をヴィオさんに伝えると、泣きそうな、迷子の様な顔をした。