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御伽クライ  作者: 祭神輿
第一章
2/135

階段下に落ちたアリス

御伽(おとぎ)クライ


挿絵(By みてみん)



 ―ゆらり、ゆらり。

 ―ふわり、ふわり。


 重力を感じない体。でも、自分が下に落ちてる事だけはわかる。「落ちる」というよりは「沈む」という表現のほうが当てはまるだろうか。水の中にいる様な不思議な感じ……。


『―こ? ――に―る――』


 なんだろう……何か聞こえる。


『ど―、――なの?』


 あ、もうすぐで聞こえそう。



『ニガサナイ』



「ヒェッなに!? アッ(せま)い!! そして暗い!!」


 最後にはっきりと聞こえた声。その声は、色々な人の声を混ぜて、機械音にした様な声だった。耳がゾワゾワする……というか、ここはどこ? 私はちゃんと生きてる?


 落ち着け、深呼吸だ。


 スゥーーー(深呼吸)


 よし、今の状況を順を追って整理しよう。人生は俯瞰(ふかん)して物事を見るといいって兄が言ってた。

 大学でスマホ盗られてうさぎを追いかけて階段から落ちて、そして今は暗くて狭い場所に押し込まれている。


 なるほど。

 俯瞰(ふかん)してみても何もわからない事がわかった。


 とりあえずあちこち触っていると、天井部分が上に動いて隙間から光が差し込む。どうやら私は(ふた)付きの入れ物に入ってるらしい。押したら普通に開くかな。漏れた光の眩しさに目を細める。


 ――そこは見知らぬ森だった。


「は? いや何処ここ。え?」


 私が入っていたのは大きいトランクの中だった。

 全体が革張りだが、使い古されているのかどこか草臥(くたび)れている。コレの中に入れられていたならそら狭いだろうな。納得。


 ……私、トランクに収まるほど小さかっただろうか。確か160cmはあったはずだから、いくら大きいと言えどこんな所に収まるサイズじゃないよな。

 おもむろに自分の手を見下ろすと、なんだか小さい気がする。辺りの様子も目線が低い。身長、縮んでないだろうか。それに見た事もない靴に、白くてヒラヒラした服を着ている。いつの間に……?


 ――ピコンッ


「あ、」


 リアリティのリの字もない状況に棒立ちの私の耳に、聞き慣れた電子音が聞こえてくる。目線をやると、トランクの中に最後に持っていたスマホがあった。

 そのスマホには見慣れたトークアプリに似たアイコンのバナーが表示されていた。バナーはピコピコと流れていく。


『ようこそ幸せな世界へ』

『貴方はうさぎに選ばれました』

『貴方の運命の人に会わせてさしあげましょう』

Be happy(幸福であれ)

Be happy(幸福であれ)

Be happy(幸福であれ)


 以降、バナーは延々「Be happy(幸福であれ)」としか表示されなくなってしまった。


 不気味が過ぎる。

 幸せな世界? 幸福であれって、宗教かなにかかな?

 表示された台詞にドン引きしていると、またもやピコンと通知音が鳴る。バナーにはたった一文字、上を向いた矢印が表示されていた。


「えぇ、運命の人の所とやらに行けって?」


 まず、運命の人ってだれだ。ちょっと寒すぎない? 興味がないし、そいつが私をトランクに突っ込んで森に放置した奴かもしれない。あのうさぎの飼い主の可能性も十分にある。行くにしても危険ではないだろうか。

 しかし、私のスマホはうさぎが持っていったまま。これで無事に帰れたとしても、スマホがなければ困ってしまう。もう親にスマホの事で怒られたくない。というかこれ、立派な窃盗(せっとう)罪じゃん……。


 仕方ない。そう、これは仕方ない事。よし、運命の人(笑)のところに(とつ)ってやろうじゃないか。べ、別にどんな奴なのか気になるとかじゃないんだからね!

 

 普段だったら絶対に行ってやろうなんて気にはならなかっただろう。未知の領域への多少の好奇心とうさぎへの怒り、そして混乱が思考能力を鈍らせた結果だった。

 実際、闇雲に森を歩いたって迷うのが関の山だ。他にやることも無いので、矢印の示す方角にざくざく歩いてゆく。


 ある程度進むと新しい矢印が表示されるので。それに従いまっすぐ進む。


 ……それにしても、やけに霧が濃い。前が全然見えないくらい霧が立ち籠めてるのに、空は綺麗なオレンジ色。

 そういえば、講義室にいた時から空がこんな色だったが、何時間経っているんだろう。実はそんなに時間経過してないのかな。


「あいたっ」


 空を見上げながら歩いていたら何かにぶつかる。見るとそこには何故かテーブルがあった。アンティーク調の洒落(しゃれ)たテーブルの上には、これまた洒落た菓子が置いてある。

 菓子はクッキーと、何かよくわからない液体が入った綺麗な小瓶とティーポットが置かれている。

 小瓶の中身は蛍光色の緑色で、淡く光っている。発光するスライムでも入ってるのかと思うくらいには光ってるけど、これは食べ物なのか?

 ティーポットの下にはメモが挟まっている。


「なんか書いてるな。なになに?」


 ――"クッキーは小さなあの子になりたい貴方に。

 小瓶の蜜はあの人の唇に近づけるように。"


 随分とまぁ、ロマンチックな文章だこと。小瓶の中身は蜜だったのね。発光する蛍光色の蜜なんて初めて見たわ。とりあえず何か怪しいので今は食べるのはよしておこう。


 矢印に従って歩いている先でこれみよがしに設置されたテーブル。もしかしてこれ全部持ってけって事なんだろうか。

 誰がどんな意図でこれを置いたんだか知らないが、貰えるものなら貰っておこう。後で何かに使えるかもしれないし。


 ナプキンでクッキーを包み、小瓶と共に持ってきていたトランクに突っ込む。すると、トランクの中蓋の部分に鍵が付いていた。

 どこの鍵だろう。用途はわからないが、首から下げるようの紐がついてるし、一応無くさないよう首にかけておこう。


 小説などで主人公はよくこんな意味のわからない状況下で行動できるなと思っていたが、行動を起こさざる負えない状況だったんだなぁとしみじみ思った。


 主人公は物語を進めるため、例え行き先が地獄でも進まなければならない。その場に突っ立っていたって何も起こらないし、進むしかないよね。作者という上司に逆らえない主人公は最低の職種だね!


 ありとあらゆる物語の主人公に同情の念を送りながら矢印通り進んでしばらくすると、霧の向こうに大きいシルエットが見えてきた。


「おお、立派なアーチだ……」


 枠組みに絡みつく茨の蔦には微かにバラが咲き、夕日に照らされたオレンジ色の霧と相まって幻想的な空間を作り出していた。


 ――ピコンッ


 また通知音が鳴る。

 スマホには一言「はやく」と書いてある。


「心の準備って知ってる?」


 こんな物々しい場所に無警戒で進んで行くものじゃないだろ普通。せめてもう5分くらい待ってほしい。


 ――ピコン、ピコン、ピピピピピ


「うおっ」


 進むのを渋っていると上向き矢印がこれでもかと表示される。連打? 連打してるの? せっかちすぎるだろ送り主……。まぁいいけどね。周りは蔦で垣根ができて一本道で進むしかないし。


 アーチを抜けると、そこは湖。

 湖の中央には大きな屋敷が静かに(たたず)んでいる。湖は底が見えるくらい透き通っていて、結構深い。多分、目的地は中央のあの屋敷だ。泳いで行けと?


「これ、無理くない? 人生諦めが肝心だって兄が言ってたし、道戻ろうかな」


 早々にあきらめ、(きびす)を返したところ、後ろから服の(すそ)がくいっと何かに引っかかった。

 振り返ると、私の服の裾を茨の蔦が引っ張っていた。何だこれ。


「さっきこんな所に生えてなかったような……」


 蔦を剥がそうと手で触れると、蔦が腕に絡まってくる。


 勢いよくガッと絡まるなら危機を感じるものだが、棘を気にしているのか随分と遠慮がちに触れてくる。まるで行かないでと言っているようだった。帰るのを即やめた。ちょっとかわいい。かわいいは正義。


「でも、泳いでいくのは遠慮したいので、道かなんかないかな?」


 ワンチャン言葉が通じることを願って蔦に話しかける。すると蔦は頷くように上下に動いた。

 蔦は私の腕からするりと離れると、湖の方まで伸びてゆく。すると他の蔦がどこからか伸びてきて、やがて一本道になっていった。


「うわすっげ、ありがと。君は優秀な蔦だねぇ」


 蔦は1本だけするりと解けるとお辞儀する様に動いた。かわいい。


 蔦の上を通って屋敷の前まで歩いていく。玄関はよく掃除してあるのか蜘蛛の巣ひとつない。

 窓は外からピカピカに磨かれている。外から中がはっきり見えるくらいには綺麗だ。掃除してる人は腕がいいんだな。


 玄関の扉にはどでかい南京錠がかかっていた。南京錠は相当古いのか、だいぶ錆びついており、観音開きの扉にはごつい鎖がぐるぐる巻かれている。

 これはペンチで切ったりはできないだろう。困った。鍵がないと入れないぞこれ。


「あ、そいえば」


 私は胸元を見下ろす。さっき拾った鍵、これで開けられるのではないだろうか。これがホラーゲームとかだったら開くやつだろこれ。ゲーム脳とか言ってはいけない。


 はやる気持ちを抑え、鍵穴に鍵をさす。ドキドキしながら鍵をまわすと、なんの抵抗もなく鍵が回る。南京錠はごとりと地面に落ちた。


「ほんとに開いた! ほんとに開いた!」


 私はハイになった。やっぱりあの時テーブルから持ってきた物は進むのに必要なキーアイテムだったのだ。

 すっかりゲームをしているような気持ちになって、うさぎへの怒りと警戒心を遠くへぶっ飛ばしてしまった。理性が好奇心に敗北した瞬間だった。


 ハイになったまま屋敷内に入る。不法侵入だろうが、迷子になりましたと言えば大体許してくれるだろう。ああ、心が羽のように軽い。


 さて、屋敷は茨の蔦でミチミチだった。外のよりトゲトゲしていて、まるで触れるもの全てを傷つける思春期男子のよう……。2階に行くための階段がよりトゲトゲしいので、あの先に何かあるのだろう。


 話は変わるが、私は触るなと言われれば本当にやばいものでなければ触るし、やるなと言われたらやりたくなっちゃうお年頃エブリデイ。理性が何処かに行って好奇心がこんにちはしてしまうのだ。それはもう、兄に「ハーネスつけた方がいいんじゃない?」と言われるほど。


 つまり何が言いたいかというと、こんながっつりガードされたらこの先に何があるのか暴きたくなるよね!

 好奇心は猫をも殺すと言うが、大丈夫。猫の魂は9つあるって言うからね!! 本来逆の意味だけど細かいこたぁ気にしないよ!!


 進むと決めたら何がなんでも進む。トランクを蔦の隙間にねじ込んで隙間を作ろうとしたが、この蔦がびくともしない。どうしたものか。


 そういえば、テーブルで入手したクッキーのうたい文句に確か「小さなあの子になりたい貴方に」と書いてあった。小さくなれば蔦の隙間から通れそう。ふと、アリスの物語が頭によぎった。


 うさぎを追いかけて穴に落ちた少女は、扉が小さすぎて通れないからとクッキーを食べて小さくなっていたはずだ。

 私はすぐさまトランクからクッキーを取り出した。危ないかもしれないけど女は度胸!


 全部食べてノミほど小さくなっては困るので、4分の1くらい食べてみた。すると、身体が服ごとするすると小さくなっていく。

 なるほど、持ち物ごと小さくなるのね。私は残りの3分の1を口に放り込んだ。


 いい感じに小さくなったので蔦の隙間をくぐり抜け、今度は小瓶を取り出す。

 小瓶には蓋部分にしおりのような物がかけられていて、女子高生が書いたような丸文字で『クッキー1個につきひとくち』と書いてあった。


「説明文が丸文字で書かれてると信用度が下がってなんとなく不安になるなぁ」


 瓶を開けるとキュポンッというこ気味いい音がした。匂いを嗅ぐと甘い香りがする。

 匂い的にまずくはなさそうだが、蛍光色で発光してるんだよなぁ。ひとくちっていうのもどのくらいが一口なのか不明だし。


「ええい、(まま)よ!!」


 私は小瓶を一気に(あお)る。といってもほんの少し、本当にちょっとだけだが。


 蜜はなかなか美味しい味がした。子ども時代に飲んでたシロップの風邪薬みたいな味だ。コクリと飲み込むと、目線がぐんぐん上がって、もとの大きさに戻る。不思議すぎない?

 クッキーといい蜜といい、どんな成分でどんな作用で小さくしたり大きくしてるんだろうか。この先にもこんな感じの不思議道具みたいなものがあるんだろうか。


 ああ、好奇心が湧いてくる……オラわくわくすっぞ!!


 私はご機嫌で階段を一段とばしで駆け上がった。蔦の向こうの階段をサクサク登っていく。


 木製の階段が登るたびにギィギィと音をたてる。手すりや床に埃が積もっている所や、玄関の南京錠のサビ具合から、この屋敷が放置されてから大分経っている事が察せられる。

 窓から差し込む夕日の光に照らされて、埃が大量に浮いているのがわかり、見てるだけで(むせ)そうだった。蜘蛛の巣が近いのも不快である。床が抜けないかも心配だ。


 階段を登り切ると2階にはあまり蔦が無かった。1階部分でしっかりディフェンスしてるから気を抜いてしまった感が否めない。詰めが甘いのではないだろうか。

 せめて侵入者の心を徹底的に叩きのめす罠を張るぐらいはやった方がいいんじゃないかな?


「それにしてもいい屋敷だな」


 今は小汚いが、全体的に高級感のある内装をしている辺り、昔は金持ちが住んでいたに違いない。

 そんな屋敷に何があったのか、何があるのか、これからそれが明かされるかもしれないと思うと俄然(がぜん)テンションが上がる。


 この屋敷、相当広く、廊下は長くて部屋数が多い。使用人の使っていた部屋だろうか。


「お、この部屋の扉、南京錠がついてる」


 とりあえずあからさまに何かありますという感じの扉を探していたら、これまたあからさまに何かありますといった南京錠つきの扉を見つけた。別に楽してるわけじゃない。効率よく探索してるだけよ。

 南京錠は玄関で見た南京錠と同じものであったが、鍵穴が無かった。こちらも鎖でぐるぐる巻きだ。


「なにこれ、鍵穴ないじゃん。どうやって開けるんだろ……」


 そう言って私が南京錠に触れた時、鎖が金色の光の粒子となり、弾けた。


「!」


 光の粒子は頭上からキラキラと降り注ぎ、やがては消えた。私が唖然としていると、ガチャン、と何か硬質な物が落ちる音がした。見ると、南京錠がはずれて床に落ちていた。


「なんだったの……」


 触っただけで鍵が開くって南京錠の意味あるんだろうか。それとも、もうこの部屋には誰かが入ってて、部屋漁られ済みとか? だから鍵が開けっ放しだったんだろうか。

 扉をそろっと開けて、中を覗く。部屋は全体的に広くて、中央に大きな目立つ黒い箱以外は何も置いていなかった。


 トランクを部屋にポイと投げてみたが、部屋に入った瞬間レーザービームで蜂の巣にされたりする様な罠は無いらしい。


 私はさっそく箱に近づき、箱の周りをぐるぐる回ってようく観察する。あ、これ箱じゃない。棺桶だ。

 とても綺麗な装飾がされているそれには埃が積もり、長い間誰も触れていない事がわかる。

 本来、棺桶は死体を入れておくものだから、中には死体が入っているはずだが……あまり入っていて欲しくない。


「……開けるか」


 意を決して棺桶に触れる。硬い質感、温度を感じない冷たさに少しだけ息を飲む。


 棺桶の蓋は、なんの抵抗もなく開いた。



「わっ」


 冷たい棺桶の中。

 そこには、茨に抱かれた真っ白な少年が横たわっていた。


表紙は自作です。→@25_twilight_

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