一話
朝の七時少し過ぎ。朝ごはんのパンを食べ終わりいつものニュース番組を見ていた。
『速報です。殺人の容疑で指名手配を受けていた銀水容疑者が先ほど○○県警察署に出頭したと○○県警察から連絡がありました。繰り返します。殺人の容疑で...』
アナウンサーはそのまま連日世間を騒がせていた連続殺人事件についてのコメントをしている。もう家を出ないと電車に間に合わない。毎朝密かに楽しみにしている『今朝のにゃんこ』は今日は見ることができないらしい。
「裕太ー?電車間に合うのー!?」
「...もう行くよー」
朝の母親の声が無駄に大きいのは万国共通なのだろうか。
駅では同じクラスの中島が待っていた。
「柳川おはよー!なぁ聞いてくれよ、昨日ゲームしてたらさ...」
スマホの画面を見ながら適当に相槌を打つ。中島の話に興味が無いのは単にそのゲームを自分が遊んでいないというだけではない。電車に乗ると、いつもの席にいつものサラリーマンや、他校の女子が座っていた。そして自分もいつもの隅のスペースに立つ。中島はまだゲームの話をしている。
友達を作るのはあまり得意ではなかった。中島は入学初日に席が隣だというだけで話し掛けてきた。その次の日に通学の駅も同じだとわかると一週間後には勝手に仲良くなったものと思ったらしい。正直、中島の話に興味を持ったことは一度も無いが、邪険にすると昼に一人で弁当を食べる羽目になるし周りから友達が居ないと思われたくはない。どうせなら隅の席にしてほしかった。隅なら一人で弁当を食べていたって目立たないだろうに、なんだって自分の席は教室のど真ん中なんだろう。中島の話はまだ続いていた。こいつの良い所は適当に相槌を打つだけで会話が成立していると思ってくれるところだろう。
教室に着くとクラスの半数は喋ったり朝食を食べたりしている。これもいつものことだ。「先生が来るまで寝るから」そう言って机に突っ伏す。眠いのが半分、中島の話をもう聞きたくないのが半分。
ガララ...と教室の扉が開く。突っ伏したまま腕の隙間から後ろを見る。いじめられっ子の五条。背が小さくて太ってて不潔で不細工で...初対面でもいじめられていることがわかるような容姿に無口ときたらもう虐めてくれと頼んでいるようなものだ。こいつが来たということはもうすぐあいつらも来るな、と思ったら廊下の方から下品な笑い声が聞こえてくる。
「五条ー、お・は・よ!」
後ろから頭を強めに叩かれても五条はなんのリアクションもしない。
「うわっお前よく五条の頭触れるなぁ!」
「やべえ手ぇ洗わなきゃ」
「お前くっせーんだよ。風呂入った?」
いじめっ子のリーダー格の牛島とその後ろにいつもいる金魚の糞の黒田と安井。入学当初からいじめられていたからもう10ヶ月になるか。三人が五条を虐め始めると今日が始まる、という感じがする。...するが、見ていてもあまり気分のいいものでもない。
「はぁ...」
溜息を吐き視線を戻す。
「お前らいつもいつも僕のこと馬鹿にしやがっていい加減ウザいんだよ糞共が」え?
「暇かよ糞殺す殺す殺す」
なんだこれ五条の声か?振り向くと顔を赤くして震えている五条。黒田は驚いたのか口角を僅かに上げ固まってしまっている。安井と牛島は顔を見合わせている。その顔には新しい玩具を見つけたような笑みが浮かんでいた。最もその笑みはそんな可愛らしいものではなく歪んだ醜いものだった。クラスの皆はやはり驚いている者、クスクスと笑う者や、えー...と小さく声を漏らす者と様々だった。
「お前らはッ何が楽しくてそんなに笑っ笑ってるんだ僕は神に選ばれたんだぞッ僕は」
神展開かよ。いよいよおかしくなったか五条。
「...なぁ、お前なに言っちゃってんの?」
薄ら笑いを浮かべながら安井が五条の頭を二度叩く。三度目を叩こうとしたとき、五条がその手を振り払った。
ゴォキッ、と音がした。...安井、手、無いよ。
「〜〜〜ッ...だあぁああ!!!?」
安井が右腕を抑える。右腕は前腕の中間あたりで曲がっていた。さっき手が無くなっていたように見えたのはありえない折れ方をした腕が丁度体に隠れて死角になって見えなかったからだったんだ。安井は叫び声とも泣き声とも取れぬ声を出しながらジタバタと床を転げ回っていた。五条...笑ってるよ。
「その声が嫌いだ笑い方が嫌いだ顔が嫌いだ」
すぐ怒りの表情に戻った五条は暴れる安井に覆い被さりひたすら拳を振り下ろしている。じきに声も聞こえなくなった。安井の顔は赤や黒でぐしゃぐしゃになっていった。