表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃園日記  作者: 田辺左衛門次郎
1/3

少女、15にして志す

アズサ ヨウミョウは疲れていた。帰宅するなり彼女は玄関から一番離れた自室に上がりベッドに倒れこんだ。何もする気が起きない。


 彼女は中等部3年で先月15になったばかりである。彼女を蝕む底なしの無気力と倦怠感は一般に思春期と定義されるその年齢の仕業なのであろうか。

 青春をはるか彼方に置き去りにしてかつての自分の姿を忘れ去ってしまった大人であるならば彼女のことをそのような明瞭かつ簡潔な言葉で表現することができるであろう。

 しかし彼女は、そうするにはあまりに渦中にありすぎた。

 アズサは中途半端な存在であった。彼女はそのエネルギーをあばずれと暴力に浪費して素行を崩すほど愚かではなかったが、自分が何者であるかを知れるほど知力に富むというわけでもなかった。

 彼女の若さは燻ぶっていた。

 

 アズサは仰向けてしばらくそのままでいた。彼女は以前の経験から知っていた。動けぬ時は無理をせずに居れば僅かの気力ならば湧いてくる。

 だんだん彼女は立ち上がり制服のネクタイを外した。帰ったきりそのままになっていた通学カバンを机のフックに掛けた。


「歩こう」

 

 彼女は散歩に出掛けることを決めた。心身の健康にはとりあえず体を動かすのが最も勝手がいいのである。

 夕食前の外出を家族に咎められることを避け、アズサは部屋にあったサンダルを履いて窓から家の裏を通る路地に下りた。

 連邦の東の辺境の辺り一面の水田に散在する人家の間に敷かれた未舗装の道を歩きながら少女はただ未来を恐れていた。

 自分の魂は原因不明の何かに削り取られている。そう彼女は感じた。

 患いを友人や両親に打ち明けて相談すればよいではないかと思うかもしれないが15の時分に果たしてそれが出来るであろうか。若い日には誰しも揺れ動く自分に躊躇い、それを悟られることを臆するはずである。

 彼女とてその例外ではない。しかも彼女には真に友とする者のたった一人もなかった。

 

 いつから、なぜこの(ざま)になってしまったのだろう。アズサは日々巡らしていることを思い直し始めていた。

 きっと以前に何か決定的な出来事があったに違いないとアズサは思うがどうしてもそれが思い出せない。同じ考えを辿ってはいつもここに来て思考の糸が途切れてしまう。

 もはや考えることにうんざりしていたがそれを辞められる訳でもなかった。

 精神の干ばつは彼女にとって深刻であった。勉学に励む矜持や趣味に打ち込む情熱が彼女から消え去りつつあった。その現状に彼女はひどく失望していた。

 

 意識感覚のが心から溶け出していく一方、彼女の中に留まり続けてなおも膨張し続ける感情があった。彼女は何かを欲するようになっていたのである。しかし何を求めているかは彼女には分からなかった。それはその他の感情が消えていくにつれて大きくなっていった。

 手に届かぬものほど人を苦しめるものは存在しない。現在では無気力、倦怠感に加えてこの飢えと言っても良いほどの病的な渇望が彼女を懲らしめるようになっていた。


 このままでは近いうちに私は摺りつぶされてなくなってしまおう。しかしこれ以上いったいどうすればよかろう。

 そう思いながらもアズサは歩みを進め地域の中心となっている集落に出た。おぼつかぬ足取りで役所の掲示板前を通った時『それ』は目に飛び込んできた。

 

『連邦は諸君ら若人を必要としている 国立第三首都高等学校募集』


 その正体は掲示板に貼られた新設学校の公募であった。一見何の変哲もないポスターが何故かアズサにはとてつもなく大きく恐ろしい物のように思えて目を逸らすことができなかった。しかしこれまで彼女を苦しめてきた数々とは何かが違った。むしろ鎖を打ち砕いて彼女を開放するための天祐(てんゆう)にさえ思えた。

 彼女は大槌で全身を強打されたような衝撃を受けたがそれは決して好まざるものではなかった。荒療治には痛みが伴うものだ。彼女はそう直感した。

 ここに行かなければ。その一念のみが少女の脳裏を支配した。新設学校に行けば、学校の設立される連邦本国の首都に赴けば、何かが変わるということを彼女は知性ではなく本能で知っていた。

 この自分ではどうしようもない現状が良くなるかもしれないという気持ちももちろんあった。しかし彼女はそれ以上に知りたかった。彼女が何を欲しているのかということを。

 今や渇望は悶々とした苦痛ではなく幼子の新しきを知ろうとするが如くの無限大な好奇心へと変わっていた。

 もう何も彼女を止めることは出来ないように思われた。アズサは公募に記された入学試験の日時と住所を震える手に書き写してサンダルであるのを構わず夕闇の中を家に駆けて帰った。

-人物等の紹介-



アズサ ヨウミョウ(養明梓)

本作の主人公、連邦東部の一民族の娘。当話で15歳。12月8日生まれ。大家族の小地主の三女


連邦

大陸の大部分を統治する巨大な国家、千年以上に渡って数多の民族と宗教を従えてきたが近年その不安定化が著しい


連邦本国

連邦の中核となる国。本国人はかつて征服等により連邦を築いた民族の末裔で現在も統治の実権は彼らが握っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ