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終わりにしましょう

「待って、ミュレーゼ嬢。何故リゼに君の力が奪われたなんて思ったんだい?」


 スペンサリア公爵はあくまで冷静に聞く。


「それは……」


 言い淀むミュレーゼに取り巻きの女の子達は食ってかかった。


「だから、わたくしは言ったでは無いですか!あの子の力は本物なのだと!」

「わたくしも反対でした。あぁ、わたくし達はどうなるのでしょう。こんな、こんな出来損ないの、様な……」

「あ、貴方達、何を今更」


 ミュレーゼは狼狽えたものの、直ぐにハッとした表情をする。


「そうです。公爵様になら何か分かるのでは無いでしょうか。どうか、わたくし達を救っては下さいませんか?」


 ミュレーゼは公爵ならなんとかしてくれるかもしれないという希望、彼に少しでも近づけるかもしれないという願望を瞳に宿した。


「リゼが原因だというのなら、彼女の謎を解き明かすのが先だろう。君達に話くらいは聞くかも知れないけどね」


「そん、な……」


 ミュレーゼはキッと私を睨みツカツカとこちらにやってきた。


「ミュレーゼ嬢!?」


 公爵の呼びかけも無視し、座っていた私の胸ぐらを掴んだ。


「あなたのせいなんですのね!?早くこの呪いを解きなさい!」

「私は何もしていませんし、どちらかといえば被害者です。その手をお離し下さい」

「何が被害者……。どうなるかわかっているのでしょうね?我が家の力を持って貴女の家を潰すわ」

「家に……、水魔法でも放ちますか?」


 私の冷笑にミュレーゼはカッと赤くなり、左手を振り上げた。


(ぶたれる)


 私は思わず顔を背ける。


「ミュレーゼ嬢、少し落ち着いて」


 公爵の声がする。彼がミュレーゼの振り上げた左手を掴み、私への攻撃を防いだらしい。


「リゼもそんな風に人を煽ってはいけない。一度、他の教師と話し合いの場を設けるから今は」

「どうして公爵様は魔女を庇うのです!まさか、あの魔女を好きになったとか言いませんよね?平民ですよ」


 明らかな侮蔑の言葉。いやそんなことよりも、スペンサリア公爵にそんな口をきくなんて。



「ミュレーゼ様、先生に暴言を吐くのはおやめください。そんな訳がないでしょう?本当に先生を見ていたのですか?」


「貴女が公爵様の何を知っているというの!」


 ミュレーゼは私の胸ぐらを掴んでいた手を離し、私の頰に平手打ちをした。私はその衝撃で転んでしまう。


 何を知っているかって?

 短い間だったけれど。公爵のことなんてまだ全然知っているなんて言えないけれど。それでも彼の優しさを私は知っている。

 一人でいた私に声をかけてくれた。ご飯がこんなに美味しいことを教えてくれた。人が側にいる喜びを、温かさを教えてくれた。


 こんなひねくれた私にずっと声をかけ続けてくれた。


「リゼ!」


 公爵が私に駆け寄り手を差し伸べる。この人はいつも私を守ってくれた。でも、私はいつも足を引っ張るばかりだ。


「大丈夫です、先生。一人で立てます」


 私は差し出された手には掴まらず立ち上がる。


「どれだけ脅されようと、私が貴女に出来ることは何一つとしてありません」


 ミュレーゼは私を叩いたことで興奮状態から抜け出したようで、呆然と私を見ている。


「先生、授業を中断させて申し訳ございませんでした。それと、魅力的な報酬を提示頂きましたが、研究はもう終わりにしましょう。どうにも周りにあらぬ誤解をさせてしまうようなので」


「なに!?終わり!?まだ始まったばかりじゃないか」

「人といると疲れるんです」


 自分の感情が高まるのを感じる。心の奥底から、まだ公爵と一緒に居たいと願っているのに、私と一緒にいることで迷惑をかけてしまう。社交界でも、彼の一挙一動は注目されている。もっと早く私が、彼を拒否していればいけなかったのだ。


 人気者のスペンサリア公爵の横を私などが歩いて良いはずも無かった。

 これまで彼が築き上げてきたものを私が壊してしまうところだった。



「彼女の魔力が無くなった件はいくらでも聴取を受けます。でもそれは、スペンサリア公爵様以外でお願いします」

「なぜ?」

「だって公爵様と関わると碌な事がないんです。嫌がらせで教科書をボロボロにされたり、お金の工面でお昼が食べられなかったり、水をかけられたり」


 公爵は、まさか。と驚いた顔をして、私の両肩を掴んだ。


「どうして言わなかったの」


(別に、先生のせいだなんて本当は思っていない。やった人間が悪い)


「同情なんていりませんから」

「そういう問題じゃないだろう。僕は君を心配する権利がある」

「ありません。私は公爵様の何者でもありませんから」

「……。もう先生とは呼んでくれないのか?」

「私とは関わりのない世界にいる、〝公爵様〟ですから」


 私は肩に乗った手をどかし、公爵を睨みつけた。


「もう実験はうんざりです。今までありがとうございました」


(これでいい。先生は私にかけがえのない思い出を沢山くれた。もう十分だ)


 私は足元を見て涙が溢れないよう必死に堪える。そこでようやくクラスメイト達が騒つく声が耳に届いた。


「髪の毛が?」

「なんだあれは」


 髪?今更髪がなんだというのだ。


 私の水色の髪というのは元々相当に珍しい。なんとなく髪を一房とって見てみると、なんと光っていた。


 宝石が光に当たった時の様にキラキラと光り、大凡、人間の髪とは言えない状態になっている。


(なにこれ。なんで……)


 全くもって不可解な現象が起きてしまった。ちらりと公爵を見ると彼は目を見開き固まっていた。



「申し訳ありません。本日はこれで早退とさせて頂きます」


 なるべく冷静に、何事も無いかの様に振る舞い逃げる様に訓練の出口へと向かう。涙がもう溢れてしまって、とめられない。


「ま、待って!」


 公爵は私の腕を掴もうとするが、見えない障壁の様なものが私と公爵の間に現れ公爵はバチッと弾かれた。


 初めての現象に驚く。でも、ここで呼び止められては折角何も関係ないとアピールしたのが無駄になってしまう。


 公爵は弾かれた右手を押さえている。痛みがあるのかもしれない。


「ごめんなさい」


 私は誰にも聞こえない程小さな声で呟き、訓練塔を飛び出した。


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