嫌がらせ
スペンサリア公爵は宣言通り、私に四六時中張り付いた。側にいないのは授業中とトイレの時だけだ。
「昨日も思ったけれど、君はそんなに食べなくて大丈夫なの?」
大食堂で食事をとっている最中のことだった。遅れてやってきた公爵にそう突っ込まれたのは。
公爵はここまで一緒にきた女の子達とにこやかに手を振って別れる。
大食堂は円型の机がいくつも並べてあり、公爵は私の右横の席に座った。
「一緒に食べようってしつこく言われていたから困ってたんだ。君が側にいると人が集まらなくて助かるよ」
それは褒めてるのだろうか?
「それはようございました。後、このきゅうりのサンドイッチは私の好物なのです」
きゅうりのサンドイッチが一切れ。私のお昼は大体こんなものである。男爵に最低限のお金は貰っているが、下着や学用品なども買わなければならないので、残るお金はごく僅かだ。
好物なのは間違いないが、予算の問題でこれしか食べれないのである。
「ふぅん。きゅうりを食べると魔力が高まったりするのかな?でも、百姓が魔力持ちなんて話きかないしなぁ」
スペンサリア公爵と言えば、昼からフルコースを頼んでいる。とはいえ、ここは学食なので6品の簡単なコースが机に広げられる形だ。
料理が次々に運びこまれ私の目は料理に釘付けとなる。公爵は所作も美しく、食べ方も綺麗だ。
そして、メインの肉料理が運ばれて来る。
(昼からなんて贅沢なお肉!)
私の視線に気づいたのだろう、公爵はふふっと苦笑いをする。
「食べる?」
「違っ……!そんなつもりじゃっ」
卑しい人間だと思われただろうか。私は思わず立ち上がって否定する。
公爵は肉を一口サイズに切ってフォークで刺すと私の口に近づける。
「はい、あーん」
その瞬間、周りにいた女の子達が悲鳴とも取れる黄色い叫び声を上げた。
思ったよりも人に見られていたらしい。こんな衆人環視の中、この肉を食えと?
プライドと久しく食べてない肉への渇望の狭間で私は揺れる。
「リズ?ほら、肉だよ。あーんだよ」
肉をぷらぷら目の前で揺らされて、悔しくも誘惑に負けた私はパクリと食いつく。
口に入れるとジュワッと油の甘みが広がり、数口噛んだだけで口の中から消えてしまった。
(おいしい!柔らかい!臭く無い!良いお肉ってこんなに美味しいんだ)
私の反応に余程満足したらしい。公爵は笑顔で私の頭を撫でる。
「あー、かわいいかわいい。ほら、もう一口お食べ」
「モルモット扱いするのはやめてください」
しかし、いつの間にか実験動物からペットの扱いに格上げされた気がする。本当に納得いかない。食べるけど。
結局お肉の半分以上は私の胃袋に収まってしまった。それどころかデザートまで頂いてしまった。これでも、最初は要らないっと突っぱねたのだが、食べろとしつこいので仕方なく食べた。
(まぁ、とんでもなく美味しかったのだけれど)
「君もサンドイッチばかりでは無く、色々食べた方がいいよ。脳にも身体にも栄養も行かなくなるし」
「私の身長のことを言っているなら放っておいて下さい」
私は今年17歳になるが、まだ身長が150cmしかない。
「それに、今日は惑わされましたが、わたしはサンドイッチでいいんです」
「ふーん」
公爵は私の力説をあまり真面目に聞いているようには思えない。
「本当にきゅうりのサンドイッチが好きなだけですから!」
ツンっとそっぽを向くと、わかったわかったと公爵は笑う。
変態のくせに、そうやって折れてくれる所は大人だなぁ。と思う。
自分の子供っぽさがなんとなく恥ずかしい。
次の授業が始まるため教室の前で公爵と別れ、席に座る。
机に置いてあった教科書を取り出そうと横に掛けてあった鞄に手を入れた時、違和感に気がついた。
鞄の教科書を全て取り出し、机の上に並べていった。教科書がどれもボロボロになっていたのだ。破れていたり、中傷が書かれていたり。
(下らない)
中傷の内容から、私と公爵が近づくのが許せない女生徒からのものだと予想がつく。
(まぁ、折角のお近づきになれるチャンスなのに私みたいなのがずっと側にいては、不満が溜まるのもわかる)
こんな多くの学用品を買い換える金銭的余裕はない。しかし、ビリビリに破られていたり、文字が読み取れないページもある。これでは勉強が出来ない。
(昼食、抜いてお金を貯めるか……)
唯一無傷な魔法学の教科書だけ見て呆れてしまう。自分の行いがバレるのは嫌らしい。私がしゃべったらすぐ公爵にバレると思うんだけど。
こんな姑息なことしてる暇があるなら、私がいても話かければいいのに。
放課後、私は約束していた訓練塔へと行く。鍵は開いており、既に公爵は中で待っていた。
「お待たせしました」
「全然。早くやろう」
私以上にウズウズしている公爵は先程と一変して子供のようだった。
「はい」
しかし、結果は私の魔法が発動する事はなかった。今まで通り、水の一滴さえ出ない。
「うーん。水晶で光った色や昨日暴走した魔法の属性が水だったことも鑑みて、リズは大きく水属性に偏っているのは間違いないんだけど……」
公爵は首をひねる。
「ちょっと考えづらいことだけれど、まさか君、過去に精霊の祠を壊すような真似はしていないよね?」
「そんな罰当たりなことするわけないじゃないですか」
魔法は精霊の祝福によって使うことが出来ると信じられている。王都近くにある精霊の森にはいくつか祠があり、彼らを祀っているのだという。
「あ、でも……。私は精霊の森で捨てられていたと孤児院の先生から聞いたことがあります」
私を捨てた本当の両親が何か呪われる行為でもしたのだろうか。
「そんな話僕に言っていいの?」
「私が孤児だったことは学園中が知ってると思います。初等部の頃、お姉様が広めて下さいましたから」
魔女と呼ばれたあの事件から、お姉様は私が孤児で平民であったこと、本当の兄弟ではないことを広めた。
自分に火の粉がかからない為の正当な手段だったと私は思っている。
別に本当のことだし、私があの家と血の繋がりがなくてむしろ清々とするくらいだ。
すると、公爵は私を引き寄せふわりと抱きしめた。
「ちょ!?何するんですか?」
「わからない。なんとなく」
「私が可哀想だと同情しているなら余計なお世話ですよ」
「そうじゃないよ。僕が君を抱きしめてあげたいと、そう思っただけだよ」
(いや、思っただけじゃなくて、ちゃんと行動に移しているじゃないの)
でも不思議と嫌じゃない。抱きしめられても、どうしたらいいのか全くわからないけれど。
暫くそうした後、公爵は少し気恥ずかしそうに、次に行うことを提案した。
「ちょっと君の魔力の質をちゃんと確認しておきたいから昨日みたいに僕に魔力を流してくれない?」
「また暴走したら危険では無いですか」
「術を出して体内から魔力を吐き出せば平気だよ」
私は公爵と両手を繋ぎ意識して魔力を大量に流し込む。
「う……。わっ。もう無理!やっぱり一瞬で限界がくるね。《水龍》」
公爵は宙に水魔法を放った。水龍の魔法は3〜4m程の大きな龍が出現する上級貴族が使う魔法だが、今回出現した龍は『大きい』という域を超えていた。
空中へ飛び出した水は留まることを知らず、結界で保護してあるはずの天井を軽々と破壊した。そのまま水の膜となり学園の空中を覆いつくす。大きな魔力の動きで空の龍に気がついたのだろう、学園にまだ残っている生徒の悲鳴が聞こる。巨大な水の膜は渦を巻きそのまま龍へと形を変えた。
あの規模の魔法が直撃すれば学園中が丸々消え去るかもしれない。
「公爵様の魔法って凄いんですね。あんなの初めて見ました」
天井の穴から見える光景に、呆然と軽口をはくと、僕もだよ。と横で聞こえる。
龍が前屈みになり落下する体制をとると、公爵は慌てて『解術』する。途端に龍は水の塊になり、大量の水が空から落下してくる。
「こっちへ」
公爵に引っ張られ、私たちは少し奥まった所に非難する。すると滝の様な水が破壊された天井から落ちてきた。そして数秒後、晴れやかな日差しが注ぐ。
「リズの魔力を使う場所は考えなければいけないね」
「私はあんな魔法自分で制御できる気がしません」
私は魔法が使えないことに初めて感謝した。