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魔力

 翌日の放課後、スペンサリア公爵は教壇から私に呼びかける。


「リズ、ついておいで」


 まだ教室に人が沢山残っている中、呼びかけるものだから周りの視線が痛い。


 それに、私をいつも睨んでいる伯爵令嬢がめちゃくちゃ怖い顔してる。こういう時は、話しかけられないって楽だなと思ってしまう。


 私は公爵の元へ行き、抗議する。


「先生、もっと目立たないように呼んでください。それといきなりリズと呼ぶのは馴れ馴れしすぎませんか?」

「だって、君と仲良くなれたのが嬉しいから」


 私と仲良くなれて嬉しい?


(そんなこと初めて言われた)


「それでも人前では控えて下さい」

「ほら、いくよ」


 スペンサリア公爵は、実にマイペースな人である。研究職の人間といえば、研究職の人間らしい。


 私が連れてこられたのは学園内にある一階の部屋だった。スペンサリア公爵専用の研究室を用意してもらったらしい。公爵は入り口に掛けてある、彼の魔力にのみ反応する特殊な鍵を開ける。これは結界の魔術具だ。公爵の許可がなければこの部屋に干渉することは出来ない。


「どうぞ」


 公爵が扉を開けてるくれる。しかし、中は大量の紙という紙が高く積んでありさながら山岳地帯のようだった。


「これで、よく人を通そうと思いましたね」

「いつもは、助手や側近がやってくれるからね。まぁ、人が座れる場所があれば十分だろう」

「自分一人でも片付けられる様になった方が良いのではないでしょうか」

「時間が勿体無いじゃないか」

「そうですか」


 そう言えば、この人は私と住んでる次元が違うのだった。


「まず研究の目的だけど、君が魔力を発動できないことについてだ。君に近づくと魔力が消えるっていうのは……。うーん、まぁ僕が君の側に張り付いてれば同時進行出来るかな」

「ちょっと待ってください!張り付くってどういうことですか?」

「え?ずっと一緒にいるってことだけど?」


 この人は何を言っているのだろう。


「ずっとってどのくらい?」

「出来れば朝から晩まで……。わっ、ちょっと待った待った」


 椅子を持ち上げ今にも公爵の頭に振り落としそうな私を公爵は止める


「先生は私のストーカーなんですか?」

「でも君も早く結果を出したいでしょ?」

「そこまでやらなくてもいいです。魔力が消えた子達も、学校でしか関わりが無かったですし」

「わかった、じゃあ学園にいる間に限定しよう」


 私はとりあえず、椅子を地面に下ろす。


「こうして学校が終わった後に集まるだけで十分ではないですか?」

「それじゃあ、君を観察出来ないじゃないか」


(やっぱりこの人変態なんじゃ……)


「じゃあ、本当に魔法が使えないか、確認する。魔法の練習からしてみよう」

「ちょっと待ってください!さっきの話はまだ終わってませんよ。それに練習なら散々しました!!」


 子供の時、魔法が使えないのが悔しくて悔しくて寝る間も惜しんで練習した。時には熱心な先生がスパルタで教え込もうとしてきたが、それでもダメだったのだ。


「でも、まだ僕とは練習してないだろう?」


 公爵はあっけらかんという。自分だったら違うと言いたいんだろうか。


「まずは体の中の魔力の状態をみてみようか。ほら、両手を出して」


 私は、差し出された手におずおずと自分の手を重ねる。


 公爵はその手をギュッと握る。


「先生!?」

「目を閉じて。集中して」


 公爵は先に目を閉じる。


(あ、まつ毛長い)


 私はスペンサリア公爵の顔を少しの間見つめてからゆっくり目を閉じた。


「閉じました」

「少し僕の魔力を注ぎ込むよ。君の体の中の魔力をかき混ぜるから、変な感じがするけれど、大丈夫だから慌てないでね」

「はい」


 すると彼と触れている部分からどんどんと魔力が流れ込んでくる。


(なんだろう、すごく気持ち悪い)


 変な感じと公爵は言ったが、激しい船酔いを起こしているかのような気持ち悪さだ。


「先生、気分が悪いです」

「えっと、それは僕に触られてってこと?」


 一応気にしてるのか。

 でも、そんなことに構っている余裕はない。


「違います。何かに酔っているような、そんな感覚です」


 私はだんだん体の力が抜けていく。

 公爵と握っている手に精一杯の力を込める。


「もう無理。吐きそう」


 そう言った瞬間、自分の体の魔力が動くのを感じた。体の中を動き回る水のような、そんな感覚だ。それでもこれが魔力なのだとはっきりわかる。


 私の魔力は異物である公爵の魔力をググッと押し返し繋がった手のひらの方に押しやった。そして、スペンサリア公爵の魔力ごと、私の魔力は公爵の方へ流れていった。


「なっ……!?」


 異物が無くなったためか、体の気持ち悪さはすっかり良くなる。私は自分の魔力を抑えることもせず、そのまま彼の体に流し続けてしまった。


 公爵は慌てて、私から体を離した。


「なんだこれは?魔力が……!?」


 反対に公爵は顔色を悪くし、自分の両手をわなわなと見つめる。


「くっ!だめだ、体がもたない。暴走する……」


 公爵はギュッと私を抱きしめた。


「《結界解除》!くるぞ。備えろ」


 彼がそう叫ぶと同時に空中に大量の水の粒が部屋中に現れる。小さいあめ玉の様なそれは風船を膨らましたかのように一瞬で大きくなったかと思うと一気に破裂した。


 とめどない量の水が部屋に流れ込みあっという間に私達は水に沈む。


 私はただ苦しくて、がぼがぼともがく。


 スペンサリア公爵は水中で呪文を唱えた。私から見れば口から空気をただ吐いている様にしか見えなかったが、魔法は無事発動し風の刃が現れ、真っ直ぐに窓ガラスへと飛んでいった。


 窓ガラスが割れ、水が部屋の外に漏れ出す。他の窓ガラスも割ると、どんどんと水は外に排出されていった。水位が下がった為、なんとか私達は溺死を防ぐことが出来た。


 しかし、研究室は未だ腰まで水が溜まり書類は散乱し、しかもかなり外にも流されていった様だ。


 この惨状の中、ジルベール公爵は声を上げて大笑いする。


(壊れたのかしら)


「面白いっ!少し体に入っただけで僕が制御不能になる魔力なんて!!」


「先生。私は気分が悪くなるし、水の中は苦しいし、挙げ句の果てにこんなに濡れてしまって大変面白くないです」


「君はもっと自分に興味を持った方がいい」


 自分に興味なんて……。誰からも必要とされないのに、どうして興味なんて持てようか。


 ただ、私の中にも魔力と呼ばれるものがあり、他者を通じてと言えども魔法として発動出来たのはこの上なく嬉しかった。


「水晶が示したリズの魔力量は間違いじゃ無かった。君が魔法を使えるようになればきっと誰よりも優秀な魔法使いになれる」


 その言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。


「わたしも魔法を使える……?」


「早速、やってみよう。と言いたいところだが、こんな所で魔法を発動する訳にはいかない。訓練塔を予約しておくから明日続きをしよう」


 今すぐに呪文を唱えたい気持ちはある。こんなに明日が待ち遠しいなんて。


「先生……」

「ん?」

「ありがとう……ございます」


 無理矢理実験させられたけれど、こんな充実感のある日は初めてだった。不本意だがお礼くらいは言っておかなければならない。


 公爵はキョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔をずっとみていたいと思ったのは、彼がかっこよかったからではない。


 わたしの隣で、わたしの言葉で、こんな笑顔を向けてくれることが、ずっとずっと夢にも見た光景だったからである。


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