魔女
公爵が学園に来て3日。
帰り支度をしていると、公爵が私の元へとやってくる。
「リズ、今日は君を送って行きたいんだがいいかな?」
「お断りします」
「君はそればかりだね」
私のげんなり顔ももろともせず、スペンサリア公爵は時間ができると、私の元へとやってくる。それに大食堂で、今日は用事があると、きっぱりお断りしたはずなのだが。
最初は奇異の目で見られた私達の関係も、3日も経てば皆慣れてきた。スペンサリア公爵は休み時間の度に私の元に現れるからである。慣れとは怖いものである。
うっとりした目で研究させて欲しいと言われれば誰でも怖い。まさに、私は今ドン引いている。
公爵に話しかけたい生徒達は下唇を噛んで軽く睨んでくることもあるが、私がちらりと見ると直ぐに顔を逸らして去っていく。
帰宅の用意が整い、歩き出すと公爵は半歩下がってついてきた。
「ついてこないで下さい」
「たまたま僕の進む道に君がいるだけだよ」
公爵はキラキラスマイルで私に有無を言わせない。
「先生は、私のことをもう聞いているんでしょう」
「魔女ってやつかな?」
「そうです」
その名がついたのは、まだ初等部にいた頃だ。クラスに私をいじめる上級貴族の男の子がいた。私のことを、魔法を使えないクズだと主張し、平民扱いをしようと言い始めた。次第にそれに便乗する子が増え、意地悪に拍車が増していった。
ところが、しばらく経つとその子達は魔法を使えない様になった。魔力はあるのに魔法が発動しない。下級貴族の様に、チョロチョロした火やパチパチする静電気を起こすレベルになってしまった。水魔法に至っては私と同じで全く使えないようになった。当時の教室が阿鼻叫喚になったのをよく覚えている。
彼らはその後、姿を消し今はどうしているかわからない。多分他国へと行ったのだと思う。
そして、この事件は外聞を恐れた彼らの親によって隠蔽され、学園では大ぴらに語ることさえタブーとされている。
たまたま私をいじめた彼らがたまたま私と同じように魔法が使えなくなる。それは果たして全て偶然だったのだろうか。それに恐怖した貴族たちが裏で魔女と呼び始めたのだ。
「私に近づくと魔法を失っちゃうかもしれませんよ」
含みを持たせて、にっこり笑う。
「そしたら、研究テーマが増えるだけだ。そんな現象は聞いたことがないから、むしろ無くなっても構わないと思っているよ」
魔力は貴族であることの証明でもある。無くなったからといっていきなり爵位を剥奪されることはないが、とんでもなく肩身は狭くなるだろう。
この人は研究のためならそんなことも厭わないらしい。
(だめだ、この人は変態だ)
思ったことが顔に滲み出ていたのだろうか、ジルベール公爵は苦笑して私の頭を撫でた。
「君はそんなことを気にしなくっても良いんだよ。だから、僕が側にいることをどうか許してほしい」
「そんなこと言われましても」
それにしても、私の周りにこんなに長く人がいたのは久しぶりだ。
「どの位君に関わったら魔力が無くなるのかな?実験してみない?」
「……どうやって?」
「うーん、例えばこうして手を繋ぐとか?」
そう言って公爵は私の手を繋ぐ。
「先生!?」
「ふふ。本当は前例を再現するのが良いんだけど、君に辛い思いをさせるのは本位じゃないからね」
「そういう問題じゃないです!恥ずかしいので離してください!」
彼は目立つのだ。生徒がチラチラとこちらを伺い見ているのがわかる。
「君が放課後に僕の研究に付き合ってくれたら、明日は目立たず済むかもね?」
(〜〜っ!この人は!)
「わかりました!明日は予定を空けておきます。なので手を離してくださいっ」
私が取り乱したのが、よっぽど可笑しかったのか、公爵はくすくす笑う。
「ごめん、ごめん。普段冷たい君が慌てるのが面白くてつい」
「次やったら協力しませんからね」
「心得てます」
学園の出入り口には沢山の馬車が止めてある。私は奥の方にあるミストン家の馬車を見つけ、歩きを早めた。馬車の前に着くやいな、私は早口で公爵に別れの挨拶を述べる。
「先生、それでは今日はここで失礼いたします」
「それでは、また明日お会いしましょう、ご令嬢」
扉が閉まり、馬車が走り出す。一人っきりになった私が悶えるのは仕方がないことだった。
(だって、あんな女の子扱いされたことなんてないんだもの)
でも待って?女の子に研究させてくれなんていうかな?どっちかっていうとモルモット扱い?
(あ、なんかそっちの方がしっくりくるかも)