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臨時講師

「君を研究させてほしい」


 学園の大食堂で1人食事をとっていた私にスペンサリア・ジルベール公爵はそう言った。


 生徒が遠巻きにこちらに注目しているのがわかる。中には私を睨みつけてる女生徒さえいた。


「お断りします」

「君のことをもっと知りたいんだ」


 普通の令嬢であれば、顔を真っ赤にして頷いてしまうような事態だろう。


 何故なら、彼は公爵という身分の高さに加え類を見ない程の美貌、腰の砕けるような甘い美声、この国トップクラスの魔法学者という知性を持っているからだ。



「申し訳ありません。忙しいので」


 公爵の誘いをこんなに冷たく断るのは男爵令嬢としては有り得ない行動だろう。


 しかし、そうもいってられない。私は関わりたくないのだから。


 公爵を置いて私は大食堂から逃げ出した。


 スペンサリア公爵が私に付きまとい……、いやよく声をかける様になったのは3日前の魔法学の授業からだった。


♢♢



 事の始まりは、スペンサリア公爵が学園に臨時講師としてやってきたことから始まる。


 スペンサリア公爵は本当に有名な方で、国中で彼は知らないものはいないと断言できる程の人気っぷりだ。


 スペンサリア公爵は20歳の若さで学者の道に進み、幾つもの論文が出され、何もその道の者を驚愕させるような内容ばかりだったという。現在25歳になる彼は基本的には研究室にこもり、社交界でもなかなかその美貌を拝むことは叶わないそうだ。


 そんな人物が怪我を負った担任教師の代わりとして、魔法学の臨時講師となって来たのだ。我が学び舎の衝撃はいかほどだっただろうか。


「先生、よくスペンサリア公爵様と友達だって自慢してたけれど本当だったのですね」

「わたくし、あの先生のことを初めて尊敬いたしました」


 ホールで朝の集会を終え、皆が自身のクラスへと戻る道でそんな会話がちらほら聞こえる。


 悲しいかな、私リズ・ミストンにはそんな他愛無い事を話せる友達がいなかった。


 もっと言えば、この学園に私に話しかけてくるものなど誰一人としていなかった。


 私がとぼとぼ歩いていると、よそ見をしていたのだろう、男子生徒が私の背中にどんっと強くぶつかった。


「痛っ。お前もっと周りを見ろ……」


 自分からぶつかって来たくせに。


 傍若無人な振る舞いのこの男は、私の水色の髪が目に入ると途端に口を抑え押し黙り「悪い」と言って離れていった。


 距離を少しとったところで「やべっ。魔女とぶつかっちゃったよ」と友達と話してるのが丸聞こえである。どうせならもっと聞こえないように話せばいいのに。


 因みに『魔女』とは私のことだ。



 教室に入り鐘が鳴ると、臨時講師のスペンサリア公爵が挨拶のため教壇に立った。


 オーラから違う。由緒正しき貴族の令息、令嬢が通うこの学園に置いてもその存在感は圧倒的なものだった。


「初めまして。私はジルベール・スペンサリア。このクラスの担任であり魔法学の授業を教えていたキャスターの代わりに1ヶ月間魔法学の授業を受け持つこととなった。担任としての業務は別の者が行うことになるから、ホームルームに来るのは今日だけだけどよろしくね。後、学園内では僕のことは先生と呼ぶように」



 挨拶が終わるとスペンサリア公爵は直ぐに生徒に囲まれてしまった。


(そりゃ、皆んなお近づきになりたいわよね)


 次の授業の準備の為、教科書を用意しようとした時だった。視線を感じ、ふと顔を上げるとスペンサリア公爵と視線がぶつかった。


 彼はにっこり笑って小さく私に手を振って来たが、それに気がついた伯爵令嬢がこそっとスペンサリア公爵に耳打ちを始める。


 多分、私のことを話してるんだろうな。


 私はスペンサリア公爵には何も反応を返さず、ただ視線を逸らす。


 私のことを聞いたらもう関わってこないだろう。



 3時間目、スペンサリア公爵の授業が始まった。屋外にある練習場に集まった私達は、まず彼の授業を聞く。彼の理論は大変分かりやすかったが、私にとっては馬に念仏である。


「じゃあ、実際にやってみようか」


 先生は一人づつ実力を見るように魔法を出させた。


 生徒は彼に良いところを見せたいと張り切って呪文を唱え魔法を使う。

 火、水、雷、土、風と属性があり、貴族であればそれぞれの精霊からの祝福を受け複数の魔法を使うことができる。


 但し、通常の貴族が満足に使えるのは3属性ほどだ。爵位が上がるほど魔力が高まり上級貴族になると4〜5属性を自在に操ることが出来る。


「次、リズ・ミストン」


 いよいよ、私の名が呼ばれ前にでる。


「じゃあ得意魔法を見せてくれ」

「私は魔法を使えません」

「小さな火でも良いんだよ?前の子もやっていただろう?魔力が低いことは恥ずかしいことじゃない」

「全く使えないんです」

「えっと、じゃあ魔法自体が……」

「使えません」

「全く……?」

「使えません」


 先生は驚いた様に私を見る。

 それはそうだろう、ここは貴族の学校なのだから。魔法が使えないものなどいない。


 先生はおもむろに水晶を取り出した。


「これに触れてみてくれる?」


 魔力測量系だ。


 私は水晶の上にポンと手を置く。


 すると、水晶は青い光を放って粉々に砕けた。

 通常、水晶は得意属性の色が強く現れ、魔力が強ければ強いほど水晶は濃い色に染まる。ちなみに、上級貴族の全属性はこの水晶を鮮やかな虹色に変えてみせる。


 勿論、測量計であるこの水晶が割れたという記録はない。


 公爵は驚愕に目を見開いた。私は毎度の事なので、ため息を吐く。


 何も魔法は使えやしないのに、水晶だけは妙な反応をする。小さい時からそうだ。


 これまでの先生は不気味な顔をしては、私のことを見ないふりをした。

 担任だったキャスター先生だけは、専門機関で調べてみようといってくれたが、我が家にそんなお金はなかった。


 いや、あったとしても、私に出してくれるはずがないのだけれども。


 しかし、このスペンサリア公爵は今までの誰とも違う反応だった。


 彼は私の両手をがっしり掴み、うっとりとした目で私を見ていた。


(えっ……なに?)


 悪寒につい体が後ずさる。


「君を研究するさせてくれないか」

「ひっ! お断りします!!」


 まさか、魔女と呼ばれる男爵令嬢がスペンサリア・ジルベール公爵に付きまとわれる日々がくるとは誰が予想しただろうか。

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