リーロン君 侵入する
「ほほぉ、こうしてみるとなかなかいいじゃないか」
「……へ、へぇ。そうでしょうそうでしょう」
「今度もこれぐらいのものを用意しておけよ?」
「おまかせくだせぇ」
終始低姿勢で無精髭の男が揉み手を繰り返し、ベーは馬車へと乗せられる。小太りの男は好色の眼でアーとツェーを一瞥すると馬車へと乗り込み去っていった。
「ふー、あれ? あいつどこいった?」
無精髭の男に答えるのであれば、ここである。我は絶賛馬車の床裏に張り付いている。指先が少しでも引っかかれば造作もないのである。どうにも小太りの男の反応と、孤児院? の運営状況的にきな臭いのでついてきたのだ。
一週間程度とはいえ、寝食を共にすれば情というものが湧く。ここはしっかりと奉公先の様子を確認せねばなるまい。
「身分証を拝見させていただきます」
「ほれ、急いでいるので手早くな」
街に入る門のところで門番に止められる。通常であればここで検められるのだが。
「中を拝見させて――」
「急いでおるといっているだろう?」
「……どうぞ、失礼いたしました」
これはやはり悪い予感が当たってしまう気がするな。門番に融通が利き、敢えてそれで押し通すところから、小太りの男は貴族であることが窺える。そして、今のやりとりを見れば、検められると困ることだから黙殺させたということに他ならない。まぁ、そのおかげで我もこんなところに張り付いていても大丈夫だったのだろうであろうが。
段々と街並みが整っていき、ガタガタだった道も整備されていくところを見ると貴族街のようだ。なかなか立派な屋敷につくと、使用人とベーを連れて屋敷の中へと入っていく。すでに周りは薄暗いので、庭の茂みに隠れるようにして馬車から降り立った。
「またあんな小さな子を……」
「でもいつもより色艶が……」
「どうせ一日持つか……かわいそうに」
屋敷の使用人と思われる者がひそひそと話をしている。断片的にしか聞こえぬが、良い予感はしないな。食事に関してはあそこと比べれば大分いい物を食べているようだ。今は湯浴み中か? 屋敷の壁に手をつき、ソナーという魔法を使えば大概のことはわかる。振動を放ち、その振動を放つことで把握する魔法だ。うーむ心拍数が大分早い。緊張もあるだろうが、ベーは気が弱いので心配ではある。少し勇気づけてやろう。
「はいはい、ちょっと通るのである」
「うん? あぁどうも」
手のひらを垂直に軽く振りながら、顔を伏せて会釈しつつ通り抜ける。ふっ完璧だ。部外者が通ったにも関わらずあるぇ~?ぐらいにしか疑問に思っておらぬ。これぞカイザ流理論【はいはい、そこちょっと通りますよ】である。人間謙虚な姿勢には県境に返してしまう物なのだ。さて、問題なく浴室脱衣所に到着する。
さて、うーむ、我の上げた服は引き上げられたか。……ゴミ箱とは失礼な奴らだ。さっと拾い上げ浄化の魔法をかけて回収だ。籠の中に新たな着替えが置いてはある……が、幼女にこんなスケスケの服を着せるとは変態であるな。
「さて、気づくかはわからぬが。まぁ、あくまで気分であるからな」
着替えのかごの服の上に、フグリという小さな青い花の押し花でつくった栞をそっと添える。これは狩りの獲物に付着していた花なのだが、ベーが妙に気に入っていたので作成していたものだ。渡す機会もなくなってしまいそうなので、今ここで置いておいても問題あるまい。
程なく湯から上がりそうな気配があったため、庭のほうへと引き上げる。尚、引き上げ際も、使用人とどうもどうもとすれ違ったのは余談である。