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リーロン君がやってくる  作者: 黒夢
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ゲテモノ喰い

「おいっ! おいっ! 起きろこのガキが!」


 水汲みの最中に倒れたガキに、俺は苛立ちと焦燥を感じていた。毎日ピーピー泣きわめき、やることなすことがとろいガキだったので、他の奴らより粗暴に扱っていた。それはわかっていたが、倒れてからぴくりとも動かないので焦っていたのだ。病人みたいに白い肌と女みたいに華奢な身体をしており、その手が好みの奴には高値で売れるかもしれないとも言われていたので、やばいとも思ったが、他のガキの手前優しく介抱など出来るはずもなかった。焦りからか、思わず足で蹴り上げる。


「……むぅ?」


 ぴくりと反応があり、生きている様子に人知れず安堵していると、いつもの弱弱しい声でなく、はっきりとした口調で喋り出した。


「そう蹴ることもあるまい。起こすぐらいで大げさではないか」

「あん? こいつこんなに目つき悪かったか……?」


 何事もなかったかのようにむくりと起き上がったガキに、ほっと胸を撫でおろすが、伏し目がちにオドオドしていた表情はなく、睨んだだけで人を射殺せそうなきつい目つきに思わず声が出てしまった。しかし、倒れたのが休む為の口実だったのかもしれず、注目を浴びていることから声を荒げて強く命令する。



「いいからさっさと起きて水くみを再開しろ!」

「全く、いちいち怒鳴らなくても聞こえておるわ」

「てめぇ……なんだその口の利き方は!」


 びびって怯むどころか、言い返した挙句、こちらの言葉をうっとおしそうにしながら周囲を見渡している。口調もどこか変であり、それが俺を余計に苛立たせた。


「怒鳴る暇があるなら自分が運べばよかろう」


 ガキが放ったその言葉に、俺の堪忍袋の緒は切れ、生死を心配していたことも忘れ、思い切り殴りつけてしまった。


「くっそがぁ! ガキがなめやがってぇ!」


 思った以上に軽い感触に驚くものの、ガキは倒れて動かなくなった。ひょろひょろのガキなんてこんなものかと思いつつ確認すると、どうやら生きていることに安堵し、粗末な寝床に放り投げて置いた。


 しばらくすると、何事もなかったかのような顔で、ガキが戻ってくる。その顔を見て、先ほど少しでも焦られられたことに苛つきが再燃し、俺は食事を台無しにしてやった。


「働かざる者食うべからずって言葉を知ってるか?」


 パンを土がむき出しの床に叩きつけ、踏みつぶす、おまけにスープを上からこぼしてやる。俺にいらん気を張らせた罰だ。


「これがお前の食事だ。残念だったな!」


 泣いて食事を懇願するものと思っていたが、あのむかつく目つきで俺を方を見ながら淡々と喋り出す。 


「ふむ、これは我の食事でいいのか?」

「あ? 話を聞いてなかったのか?」

「聞いてはいたがな。ではこれはお前の食事か?」

「ふっざけんな! もうこんなもん食えるかよ!」

「では遠慮なく、いただきます」

「――な?」


 泣きわめくわけでもなく、一心不乱に食事欲しさにむさぼる訳でもなく。大事そうに潰されたパンを拾い集めながらガキは食べていく。


「まずいな。だが、馳走になった」


 元々うまくもない飯だが、砂利や埃で食えるようなものでもなくなったパンを食べきる。表情を顰めることもなく、まるで本気で食事に感謝しているかのような達観した表情に俺は一歩後ずさった。


「なんだ……てめぇ……」

「これからまだ仕事はあるのか?」


 まるで何事もなかったかのように今後の予定を聞いてくるガキに、気圧されるように俺は反射的に答える。


「ね、ねぇよ。さっさと寝て明日も働くだけだ……」

「そうか、では失礼する」


 まるで理解できない者を見ているような気分になるが、ガキの目は、心底俺の事をゴミでも見るかのような目で見ていることに、怒りが湧くよりも恐怖を感じ、目の前から去ることに安堵すら感じていた。


「我は逃げも隠れもする気はない。少し建物の周囲に出る。今日の分も多く明日働くから了承しくてれ」


 いなくなったと思えば又戻ってきて妙なことを話しだすガキに、内心少しビビるが、正直今は相手にしたくなかった。先ほどの目に恐怖すら感じており、今喋れば言葉が震えるような気さえしていたため、手っ取り早く手で追い払い事なきを得た。


 しばらくしてさすがに様子が気になり様子を見に行くと、しゃがみこんでいるガキに声をかけて悲鳴を上げて離れていく男を目にする。思わず追いかけて話を聞くと、どうやら虫を捕まえて食べているらしい。腹でも壊したのか食べ終えるとトイレに走り込み、戻ってくると又虫を食べ、トイレと往復している。とうとう狂ったかと眉間に皺を寄せて眺めていると、草を摘みだし、蛙や蛇を捕まえている。


「おいおい、嘘だろ……」


 うずくまると、まるで拝むかのように蛙と蛇を両手で包み込み、次の瞬間むしゃむしゃとむさぼり始めた。生で食いやがった。俺がその光景に呆気に取られていると、ふと目線が合った気がした。ガキのニィッと三日月のように吊り上がった口角に、小さく悲鳴を上げて俺は逃げ出した。次は俺が食われはしないだろうか。


 あの<ゲテモノ喰い>に……。

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