皇帝リーロンの最期
思いつきで書いた作品です。不定期更新です。
暴虐無人、冷血漢、悪魔のような男と呼ばれた男がいた。貴族達の横暴で、落ち目とすら言われていた帝国を一代で立て直した、サウザ・リーロンである。民達に重税を課し、自分たちの私腹を肥やす貴族達を一斉に粛清。一族郎党皆殺しにし、各地の領主や貴族の再編、税制の見直しなどを行なった。さらに、周辺の小国を次々に併合、征服し、大国へと築き上げた。
当然、他の国がいい顔をするわけがなく、聖王国を筆頭に連合軍が結成され、サウザ・リーロンを世界征服を目論む魔王と認定する。早期に決着すると思われた戦争であったが、帝国側が善戦し、連合軍側の被害が甚大になってくると、手を引き始める国が出始める。一つの国としてまとめあげられた帝国側の勢いは衰えず、あわや連合軍の敗北が濃厚となってきていた。
そんな折、卓越した魔法と剣の才能を持った人物が現れ、連合軍は勇者として送り出す。元々積極的に攻めていなかった帝国側は、王国側が侵攻を緩めたことで小競り合い程度に収まった。そんななか、密かに解き放たれた勇者は帝国へと侵入し、暗殺者のように有能な指揮官や重要人物を殺害していった。
そして今正に、カイザ帝国謁見の間で、帝王サウザと、仮面を被った勇者ジャスティが激しい攻防を繰り広げていた。
「降伏してください! そうすれば命まではとりません」
「ここまで来て何を言う。我が命、奪う覚悟なくして何が勇者か」
顔色一つ変えずに剣を打ち合うサウザに、ジャスティは歯を食いしばる。肥え太り、私欲を満たしているような男を想像していたが、目の前の皇帝と名乗った男は違った。肩口まで伸ばした銀色の髪を一つに結わえ、まるで病的なぐらい白い皮膚。真っ赤な紅の三白眼に、覇気のような威圧さえ感じる。まるで王国の重鎮達から聞いていた言葉とは違う姿に戸惑っていた。
「どうした! 我を殺すのだろう!」
「くぅっ……」
卓越した剣技はジャスティの隙を縫うように攻めてくる。隙が無くても無理矢理に作られる。挙句、合間合間に強力な無詠唱の魔法が矢継ぎ早に襲ってくる始末。今まで戦ってきた誰よりも強かった。しかも、まるで説教でもするかのような指摘に、段々とジャスティも余裕がなくなっていった。
「う、うるさい! やりたくてやってると思ってるのか!」
「やりたくなかったらやらなくていいのか? その程度なのか貴様は」
「お前に私の何がわかる!」
「わかるかこの馬鹿者め」
「なっ! 馬鹿っていうほうが馬鹿なんだ!」
「なんだと!」
「なんだよ!」
お互いに殺気を込めた剣戟がぶつかり合う。当たれば死を免れない魔法が飛び交う。それなのに、言葉だけを聞けば、二人はまるで口喧嘩をしているような様子だった。すでに謁見の間はボロボロで、地響きのような揺れが続くなか、いつしか二人の表情には、笑みのようなものが浮かんでいた。しかし、その戦いは唐突に幕を下ろすことになる。
「――ぐはっ!」
「――えっ!」
先程まで当たり前のように打ち合っていた剣を、サウザがまるで狙っていたかのように受け入れたのだ。深々と刺さった勇者の剣は、皇帝の背まで達しており、決して助からないことを象徴していた。
「おっ、おい! 何してるんだ!」
「ふっ、くはははは。だから貴様は……馬鹿者なのだ」
傷口と口から血を吐きだし、皇帝は膝をつく。元々白かった顔色は蒼褪め、死期が近いことを勇者は悟った。殺すはずだった相手が自ら剣を受け止めたことに勇者は困惑する。
「な、なんでだよ。まだ全然余裕だっただろ!」
「打ち合ってわかった。我では貴様に勝てん。せいぜい後遺症が残るぐらいに善戦するぐらいであろう。だがそれでは困るのだ」
「おいっ! あんまり喋るな!」
勇者が皇帝の身体を支えるが、すでに力が入らず、ぐったりとその身を委ねている。先ほどまで敵だったとは思えないほど、二人は旧友のように別れを惜しんでいるかのようだった。
「勇者よ。お前はこれから苦境が待っているだろう。共通の敵がいなくなれば、憎悪や悪意は次の相手を探し求める。死ぬなよ? 貴様が失意に飲まれた時、真実を知ったとき、受け入れる用意はできている。その時は帝国を頼るがいい」
「おいっ……おいっ! 何のことだよ! 死ぬなよぉ!」
口からごぼごぼと血を吐きだしながらも、何事もなかったかのように淡々と喋る皇帝に、勇者はいつの間にか泣きながら死なないように懇願していた。
「勇者……いや……ジャスティよ……。その行く末に……幸あれ……」
「う、うわあああああああああああ」
勇者の頬に添えていた皇帝の手が、力なく血だまりに沈む。ただただ勇者の慟哭が、皇帝の城に響いていた。