蜘蛛
登場人物
A 蜘蛛
B 蜘蛛
C 蝶
1
A ある日 蜘蛛にちらちらと一つの影が落ちました
空を見上げるとどうしようもなく 高い青空に お日様が輝いています
そしてその光の間をぬって一匹の青い蝶が飛んでいました
その青い翅はお日様を浴びて羽ばたくたびにキラキラと輝き
蜘蛛は思わず目を奪われしまいました
蜘蛛の八つの目は他の者を見ることもせず
ただ 蝶を見るだけに存在していました
八本の足はぴたりと動きを止め
少しでもこの場所から動くことを拒みました
そして 次の日 また蝶は現れて 蜘蛛の周りをひらひらと飛び
そして 蜘蛛はどうしようもなくそれに胸をときめかせていました
次の日も 次の日も 蜘蛛は思っていました
2
B ふーん それで?
A 何
B それで 蜘蛛はどうなるの
A さあ じーと 見てるだけかな
B そうなの
A うん
B なさけないね
A そうかな
B そうだよ ふーと 糸を吹きかけてさ
捕まえてしまえばいいんだよ
A でも 蜘蛛は糸なんかはかないし
B え はかないの
A そんなことはできないないよ
できてもしないと思う
B どうして
A だって 蜘蛛はひらひら飛んでる蝶が好きなんだもの
捕まえたらもう飛べない
B だったら 逃げないように糸を一本つけといてさ
周りでひらひら飛ばしとけばいいんだよ
A それは違う
B ひらひら飛んでるよ 周り
A でも それは自由じゃない
B 自由に飛んでるのがいいの
A うん
B でも自由だったらどっか行っちゃうかもしれないよ
そうなったら二度と会えないかもしれない
二度と見ることもできない
A うーん
B 困るね だから 捕まえとこ ここは
A でも嫌われる
B だって蜘蛛でしょ
A 蜘蛛だけど
B 好かれるわけない 無理だよ
A 無理かな
B 絶対 無理
A 好かれなくても嫌われたくない
B ふん まあいいけどさ
A どうしたらいいんだろう
B 何?どうにかなりたいの?
A え
B そもそもね 蜘蛛なのに蝶に恋するのがわからない
おかしいでしょ
A そうかな
B そうだよ
A 好きになっちゃいけないの
B ん ま 別にいいんだけど
好きになるのは勝手だし
A (嬉しそう)
B でもね いくら好きになっても多分ね
A 何
B 食べちゃうよ
A え
B 食べちゃうんだって
A え
B 食べるの 蜘蛛は蝶を
それはもうとても美味しそうに 頭からがじがじって
A 食べないよ 絶対食べない
B 断言するねえ
A だって好きなんだよ 好かれたいんだよ
だったら食べないでしょう 普通
B あのね 多分 わからなくなるよ
好きだって思いと食べたいって欲望が
好きだ 好きだ 好きだ がね
美味しそう 美味しそう 美味しそう て
わからなくなって食べちゃうんだ
A そんなことない
B ま 捕まえてからの話か 捕まえる気があるんなら
A ないよ
B え
A 捕まえる気はないよ
B (鼻で笑う)わかった じゃあ じーと見ていろ 永遠に
B いなくなる
A …ああ みているよ 思いながら
3
A もし あなたと 話すことができたらどんなに幸せでしょう
でも あなたにとって僕はただの恐怖にしかなりえないのですから
それは 適わぬ夢でなのです
ただ 見つめることでしか
それ以外に あなたを思う術を僕は知らないのです
C 現れる
A ある日のこと いつものような青い空
その空にとけた銀の糸
空飛ぶ青い蝶は 気づかずに
蜘蛛の張った その糸にかかってしまいました
4
C 食べるの
A …
C 蝶を
A いや
C でも 食べるんでしょう
A …食べたくないんだ
C なぜ
A なぜって
C 蜘蛛なのに
A 僕は…
C 自由にして
A でも糸が絡まりすぎてるから翅に
C 飛びたい 空を
A 待ってて 今 糸を取ってあげる
5
C 近寄って欲しくないと思うよ 蝶は
A え
C 近寄って欲しくない
A でも 近寄らないと糸が
C わかっているんだけど 近寄って欲しくない
A …どうすればいいんだろ
とってあげたいんだけど近寄ったら嫌われる
C それに 無理に糸を剥がせば翅が痛むかもしれない
A 翅が痛むと もう空は飛べないね
C 放っておくの このまま
A 可哀想だね
C 花に飛んで蜜も吸えない
お腹がすいて死んでしまうかもしれないね
A どうしたらいいのかな
C (どうするの?)
A あ そうしたら蜘蛛は蜜を採りに行くんだよ
C 蜘蛛が
A うん 蜘蛛は 毎日毎日 巣から離れて花を見つけて蜜を運んでくるんだ
C 健気だね
A そして 蝶のストローの届くところにそっと蜜を置いておくんだよ
C 蝶はストローを伸ばしてそれを飲む
A 蜘蛛は毎日運んでるよ 好かれなくても嫌われないように
C 毎日毎日
A うん
C ほんと 健気
A 多分 蜘蛛は何も食べないんだ
もし羽虫かなんか捕まえて食べてしまうと 蝶を怖がらせてしまう
C 大丈夫なの 何も食べなくて
A 大丈夫じゃない…かな
C どうするの
A 運んでくる蜜の中から ちょっぴりもらってるのかもしれない
C ああ
A そしてね だんだんと蜘蛛にも蜜の味が判り始めるんだよ
C ああ 甘いってこと
A うん 蝶が好きな蜜の味がわかって また蜘蛛は嬉しくなるんだ
C そのころには 蝶の気も少しは変わるかも
A 変わってほしいな
あ でも多分蜘蛛はそんなことを望んでるわけじゃないんだけどね
C そうなの
A …
C 少しは下心があるんだ
A …ほんの少しだけね
でもほんとにほんの少し
ちょっと お話ができる程度の少しだけ
蜘蛛はね 雨が降れば
蝶のために糸をはって葉っぱを乗せて屋根を作ってあげたりするんだよ
C 優しいね
A そうじゃなかったのにね そうなっちゃたんだよ なんか
C 蜘蛛は毎日 蝶に蜜を運ぶのね
A うん
C そして 蝶はある日 ありがとうっていうんだ
A え
C ありがとうって
A え
C ありがとう
A …蜘蛛はね 最初 蝶が何を言ったのか理解できないんだよ
突然でびっくりして そして 何回か聞きなおしてようやく理解するんだよ
ありがとうって言葉を そして蜘蛛は泣くんだ
うん 泣く 絶対 八つの目からぽろぽろ涙流して
C そのころには蝶も蜘蛛が怖く無くなってるかもね
A そうだといいね
C うん たぶんそうなるよ
蜘蛛の涙を見て蝶も蜘蛛の気持ちが少しわかったから
A そうしたら蜘蛛は蝶にもっと近く寄れるね 触れることもこともできるかもしれない
触れることができたら 蜘蛛は何回か 翅から糸を剥がそうとするんだ
C ダメ?
A ダメ
C そう
A なんとかしてあげたいんだけど ごめんねしか言えないんだ
C そうしたらね そのとき蝶はなんと言うでしょう
A え?
C いいよって言うと思うよ いいよって
A …ごめんね
C (くすくす)謝ってばかり
A それしか言葉が出なかったから
謝ることしか今の蜘蛛にはできないから
…そして蜘蛛が 翅から手を離してみるとね
翅に触ったときに付いたりんぷんで蜘蛛の体が青くキラキラと輝くんだ
C 一緒だね
A え
C ほら 一緒
AとC 空に手をかざす
A (にっこりと笑う)
C 何?
A なんか嬉しい
C (にっこりと笑って)単純
A そうかな
C そうだよ
A そして 嬉しくなった蜘蛛は今日はとっても美味しい蜜が取れそうな気がしてくるんだ
まっててね 美味しい蜜をたくさんとってくるからね
C ありがとう 気をつけてね
A いなくなる
6
B 現れる
B もし蜘蛛の目の前に綺麗な蝶がいたとしたら 綺麗だとは思わずに美味そうって思うよ 普通はね
B Cをつかまえる
C 食べるの
B ああ 食べる 蜘蛛が蝶を好きになることなんてありえないんだ そして それが蜘蛛なんだよ
C 蝶は食べられるのね
B そう 頭からね
C …もう一度会いたかったな
B 誰に
C あの蜘蛛に
B ああ あいつに何か伝えておく言葉はあるかい
C あなたは蜘蛛だったけど わたしは好きだったよって
B …わかった 伝えておくよ
C お願い
B C いなくなる
7
A 現れる
A 蜘蛛が戻ってきたとき そこに蝶はいないんだ
ただね 糸に付いた青い翅が一対 風に吹かれて
まるでその場所で羽ばたいているようにひらひらと揺れていてね
それをみた蜘蛛は最初わけがわかんなくて でもなんとなく理解するんだ
もう蝶はいないんだってこと
そして蜘蛛はまた八つの目から涙がぽろぽろとでてきて
多分これは蝶がありがとうって言ってくれたときの涙とは全然ちがうんだなあって
お日様の光は 蝶の翅と りんぷんのついた蜘蛛の身体を青くきらきらと輝かせて
風は 蜘蛛と蝶を いつまでもゆらゆらとゆらしてるんだ
暗転