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トレントの名は

「お主らは阿呆か!」



 皆の力でハンターを追い返した私達は、意気揚々とエントに報告を行った。


 最初はエントも褒めてくれたのだ。

 姿を見せる事なく魔法の力だけでハンターを追い返したのは、皆の実力が上がってきた証拠じゃな、と。


 しかし話の内容が幻惑魔法の効果に及んだ辺りから雲行きが怪しくなり、最後には怒鳴られた。


 何故?

 私達は本当に判らくて、皆で顔を見合わせた。


「悲惨な目に合わせすぎじゃ!」


 すっごく怒ってらっしゃる。

 こんな時、人間の顔は表情がわかり易いね。

 フンヌーってしてる。


 しばらく怒鳴っていたが、私達の頭にある?マークに気づいたのか、怒りを抑える為に長く息を吐き出す。

 そして今度は、頭の悪い教え子に言い聞かせるように説教を始めた。


「良いか?ソレだけ酷い目に合わせれば、森に邪悪な魔物でも住み着いたかと思い人間共は討伐に来よるぞ。姿を見せなかったから矛先はこちらに向かぬやも知れん。じゃが、魔法に長けた種族。それこそ強力な邪妖精辺りが住み着いたと思い、魔法使い共が大挙してくるやも知れん。そうなればこの森なぞ、あっという間に火の海じゃ」


「!!」


 話を聞いていた全員の顔が青くなる。火の海なんてゴメンだ。

 でも酷い目にあったら、当分は近づいて来ないのでは?


「そこが阿呆だと言うとる。だいたい最初の、同じ所を歩かせる作戦だけで充分だったのじゃ。獣の襲撃も効果的じゃった。それらを混ぜれば、余計混乱する。辛抱強く奴等が疲労して諦めるまでソレを続けておれば、夜の森で単純に迷っただけと思い込んでくれたやも知れんものを・・・。全く余計な事をしたもんじゃ」


 ・・・なるほど。

 言われて納得。

 でも幻覚を見ただけなら、毒の胞子か何かと勘違いしてくれないかな〜?


「キノコの幻覚胞子か?それこそ森中焼かれるぞ」


 おぉう。確かに。

 じゃあ、どうすれば・・・。


「まぁ、今まで使えなかった眠りの魔法が使えるようになったというのは、評価してもよいのじゃがな」


 頭を左右に振り、盛大に溜息を吐く。


「かくなる上は、計画を少し変更じゃ」


「計画?」


 いったい何が始まるのか。


 エントはまずドライアドを呼び出し、今まで魔法講座を受けさせていた者達を全員呼びに行かせる。

 そして高らかに言い放った。



「今からお主らに名を授ける!」



 ――――――――――



 森の北に位置するエントの聖地。その一角にある満月会議が行われる場所。

 そこは魔法講義を行う所とは違い、完全な森の中だ。

 けれど、普通の森とは一線を画す場所でもある。

 それを象徴するのが、世界樹とも言われる巨大な樹の根本だという所だ。

 10メートルや20メートルもある我々が集まって来ても窮屈に感じないほど、その根本は広く、安心感がある。

 以前、これがエントの本体かと聞いた事があるのだが、一瞬驚いたように目を見開いた後、すごく悲しそうな顔で否定された。

 聞いちゃいけない事なのかな?と、その時に思った。



 その場所に今、我々は集まっている。

 その数15本。

 多いと見るか、少ないと見るかは微妙な数だ。

 全員が集まった事を確認し、エントが話し出す。


「今より、ここにいる全員に名を与える。それは我等の発展の第一歩となるハズじゃ。もちろんリスクはあるが、皆ならば大丈夫であろうとワシは信じておる」


 以前の講義において、言葉や名詞には力があると教わった。

 すなわち、名を持てば今よりもトレントとして力が上がるという事だ。

 それだけ聞けば良い事に感じるが、名を持つという事は、個になるという事と同義だ。

 今まではトレントとして一括だった我々が個になるという事は、それぞれが勝手に振る舞える事を意味する。

 今までもかなり好き勝手にやって来たが、それでも意識の奥には皆で1つという繋がりがあった。

 それが無くなるという事は、各々が意識して繋がりを求めなければならない。

 逆に言うならば、今まで種族のためを第一に考えて行動していたものが、己の欲のために種族を裏切る可能性も出てくるのだ。

 しかも場合により、自我の目覚めによる影響から、性格が一変してしまう者も出るという。


 それだけではない。

 名を持ち個になるのは、進化の第一歩らしい。

 只のトレントから進化し、最終的にエントになるために、名は必ず必要なのだとか。

 だが、力の無い者が進化すると、身体と力のバランスが崩れ、土に帰ってしまうらしい。

 それならば良い方で、悪くすればトレントですらない別の邪悪な物に変化し、生き続けてしまう事もあるそうなのだ。

 そうなってしまったらお終いで、森に災いを呼ぶとして、今まで仲間だった者達に退治されてしまう。


 それだけはゴメンだ。

 なのでエントは我々に対し、最低限進化に耐えられるだけの知識と力を授けようと講義を行ってきたのだという。


「本来なれば、今少し力が付いてからの方が安心なのじゃが、仕方あるまい」


 エントの計画。

 それは一刻も早く村を起こし、樹木人を認めさせる事。


 今の状況では、いつハンターが大挙して襲って来るか判らない。

 なので人化した者を代表に立て、この森の安全と自治を他の種族に認めさせる。

 姿形の違い過ぎる種族は受け入れ難い可能性が高い為だ。


 しかし普通のトレントでは完璧な人化が出来ず、今のまま人前に立てば素材として問答無用で狩られてしまう。

 その為の魔力アップ。

 その為の名付け。

 進化は、副次的なものに過ぎない。


「1体ずつ、前に出てくるが良いのじゃ」


 いつになく厳かな雰囲気で呼ばれるが、誰も前に出ない。

 やはり、少なからず恐怖があるのだ。


 その様子を見て、エントは弱く微笑んだ。


「やはり怖いか。ワシもじゃ。ここでまた仲間を減らしてしまうかも知れんと思うと、震えが止まらん」


 よく見れば、エントの指先が微かに震えている。


 死ぬのは嫌だ。

 もっと皆と楽しく暮らすんだ。


 でも・・・


 楽しく暮らすって事は、楽をするって事じゃ無い。

 追いかけられて逃げてばかりは、きっと楽しく無い。



 ・・・ハンターに追われ生活に追われ、常に逃げ続けるのはまっぴらだ。だが何故、生活に追われる?楽しい暮らしを守る為、楽に生きる未来の為に追われるんだ。では、自分から向かっていったら?それは、追われるじゃなく、追いかけるって言うんだ。気持ちの方向性が全然違う。そぅ違うんだ。だから!



 ・・・だから?

 何かまた、変な記憶が混ざった気がする。私の前世は、常に何かに追われていたのかな?

 心の中で苦笑する。


 そんな事を考えていたら、肩の力が抜けた気がして、自然と微笑みが浮かんだ。


 樹の肩がドコなのか解らんけど。


 そんな事を思いつつ、エントに向かって一歩踏み出す。


「私からお願いします」


 ハッとエントが私を見る。


「・・・良いのか?」


「はい」


 自分でも驚く程、はっきりと答えた。


「では・・・授けよう」


 迷いのあったエントの顔が、再び真剣な物に変わる。


 それ以上言葉はいらない。

 私の決意が、エントにも確実に伝わったのが理解できた。


 世界樹と私の間に立ち、大きく両腕を広げ、やや上を見上げるようにして目を瞑る。

 まるで何かが空にいて、それに祈りを捧げている厳粛な巫女のようにも見える。



 ・・・見た目は完全に『厳粛な巫女』というより『拳骨なアマゾネス』そのものなんだけど。



「・・・魔樹の森のエントであるシャルル・マルランと、世界樹ローレルの名において、彼の者に名前を授ける」


 エントと世界樹が暖かそうな光に包まれて、ひとつに繋がる。


 それはエントが以前見せてくれた光と似ているが、明らかに違いがあった。

 あの時も幻想的ではあったが、今回の方が優しく、まるで湯船に使っているような暖かさを感じる。


 その光が、ゆっくりとエント身体に広がり両手に伸びていく。

 世界樹とエントが繋がり、まるで光のバトンを次へ繋げるかのように。

 その光ったままの手の平が、私の身体に押しあてられる。


 そして紡がれる。


「・・・ウォルナット。今よりお主の名前は、ウォルナットじゃ。通称、ウォルと名乗るが良い」


 その瞬間、エントに触れられた場所から光が溢れ、全身を包み込んだ。


 暖かな光が全身を駆け巡り、私はまるで森全体に祝福されているような感覚に溺れていった。


 光に包まれたまま、全く意識せず身体が縮んで行く。


 失敗?

 このまま消滅する?


 そう考えたのは少しだけ。


 けれど、この涙が溢れそうになるほどの多幸感の中ならば、そのまま消滅してもいいかな〜。


 自分でも驚いたが、そぅ思えるほど気持ちが満たされていた。


 そして縮小しながら、体の形も変わって行く。

 人間のような姿へと。


 別に人化しようなんて、思ってもいなかった。

 自然と変化したのだ。


 やがて光が収まり、そこには1人の若者が立っていた。


 背は高く、髪は白銀。

 肌は褐色で、その瞳は薄緑に輝いている。

 顔立ちは整い、身体も引き締まっている。

 しかし一箇所だけ、人間と大きく違う特徴があった。

 彼の耳は短剣のように細く長く伸びていたのだ。

 その姿は、エルフに瓜二つだった。


 その場に跪き、エントと世界樹に礼を尽くす。

 落ち着いた声色で、ゆっくりと言葉を絆ぐ。


「私の名前はウォルナット。この名、謹んでお受け致します」



 バトンは無事、渡されたのだった。


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