トレントとハンター
私の髪型が『不慮の事故』により丸坊主にされた事件から、十数日の夜が過ぎた。
あの夜は新月に近かったので、寝込みを襲うには絶好だったのだが、今夜は満月。
自然の魔力が溢れ、我々だけで無く、森全体がザワザワと落ち着かない雰囲気に満ちている。
だがそれも、決して嫌な雰囲気ではなく、むしろ好ましい。イベント会場で開会を待っている時のような高揚感。そんな感じだ。
2日ほど前。
森の外縁部に、いつもの木こり達と共に、ハンターらしき連中が現れた。
木こり達は、自分達の糧である森林を敬う傾向にあるので、あまり多くの伐採はしない。あまり一度に沢山切ると、将来的に自分達の生活が出来なくなると理解しているからだ。
なので時に害虫から木々を守ったり、植林をする時もある。
敵ではあるが、最低限の共存関係がそこにはある。
しかしハンターは違う。
奴らは血に飢えた殺戮者だ。
私も、人間領域で偵察行為をしているので、全てのハンターが殺戮を好むワケではなく、中には食肉を得る為に、危険を承知で仕方なく獣を狩る連中がいるのも知っている。
そんな連中は、基本、襲われなければ強い獣には立ち向かわない。
彼等とて命が惜しいので、魔物のような強者は相手にしないのだ。
そんなハンターの中でも、金と力に目がくらみ、自分達より遥かに強大な魔物を狙う奴らがいる。
我々が特に敵視しているのがこの種類の人族であり、今回我等の森に踏み込んできたのは、間違い無くその類のハンターだった。
間違えるハズもない。
何故なら奴らは、まず格好が異常なのだ。
森に入るのに、鉄の鎧に大剣という姿なのだから異常さが際立つ。
考えて見て欲しい。
鉄の鎧は重たくてやかましいし、脱ぎ着が大変だ。
重いという事は、平坦な道など無い森の中において、自由に動けない事を指す。
またガチャガチャとやかましいので、狙った獣は音に驚いて逃げ出すし、向かってくる獣は住処を荒らされて怒り狂ってる奴ばかりなので、自分にとって不利にしかならない。
しかも着脱に手間取るのは野営に向いて無いし、探索中、背中に毒虫や蛭など入り込んだらどうするのだろうか?
武器である剣は大きく、振りかぶったらその辺の木に当たる。
例えそのまま振り切れたとしても、間合いは2メートルくらいか?
普通の熊くらいなら良いが、我等や巨鬼には全く届かない。意味が解らない。
大剣に鉄鎧のメリットは、直接殴られたり切られたりしても安全って事と、槍や弓より確実に致命傷が与えられるという事。
それらは平地や対人で威力を発揮する装備なのだ。
彼等は一体、何と戦うつもりなのか?
またそのハンターの中でも、特に異常な格好なのがローブを着て杖を持つ連中だ。
奴等が魔法使いなのは分かっているが、森に入るのに裾の長いローブとは。家の中ならまだしも、色んなトコに引っ掛かって歩き難いだろうに。
しかも、弓も短剣も持たず杖だけって。
いくら魔法が使えるとは言え、獣の一匹もいない山にでも遊びに来たんですか?と聞きたくなる格好だ。
コイツ等イカれてる。
正直そう思ったが、こんな自殺志願者達に仲間達が狩られてきたのも事実なので、油断は出来ない。
丁重にお相手して、早急にお帰り願わねばならない。
『・・・・・・』
『フフフフフ』
『ヒッヒッヒッヒッヒッ』
『キャハハハハハハッ』
『フォッフォッフォッフォッフォッ』
私はトレントらしく、他の仲間とともに不気味に笑い声をあげた。
――――――――――――
俺はハンターのハンス。
ハンターと言っても魔物ハンターで、普通の狩人とは違う。
見上げるような巨体で怪力のトロールや、凶暴で醜悪なオーク。時には炎を吐くヘルハウンドや魔法を使う邪妖精など、人類の敵を倒すのが仕事だ。
人類の敵を倒すなんて言い方をすりゃ格好良いが、そんな英雄的なもんじゃない。
中にはそんな奴もいるが、大抵の奴は違う。
魔物は金になるんだ。
普通の獣より毛皮は丈夫で長持ちするし、牙や角は武器になる。
何より魔力があるからか、肉は極上で美味いし、滅多に取れないから高く売れやがる。
そこらの獣より身入りがいいんだ。そりゃ危険も侵すってもんよ。
そんな俺達は今回、トレント討伐のため仲間と一緒にこの『魔樹の森』にやってきた。
この森は昔から、トレントによるスタンピートが活発に見れるので有名だった。
もちろん他の魔物もいやがるが、トレントが幅を利かせてるみたいで、比較的安全な場所と言える。
その分、俺達の仕事場としては新人向けで通ってたんだが『植物紙』の発明が状況を変えちまった。
トレントは極上の紙素材。
それが広まると、魔物ハンターに依頼が殺到しやがった。
この『魔樹の森』で、ハンター達による、ちょっとしたゴールドラッシュが起こったちまったんだ。
おかげでトレントは激減。
値崩れを起こした。
しかしある時期を過ぎると、今度はトレントが少なくなった事で素材が手に入らなくなり、また値段が上がり始めた。
難しい事は解らんが、そんな事がありギルドはトレントの討伐に制限をかけた。
何でも定期的に一定数トレントを卸して、値段を落ち着かせようとしたって噂だ。
本当はどうだか知らねぇが、その目論見は当たり、トレントは高級紙素材として定着したが、激しい値崩れや値上がりは止まった。
その代わり、必ず定期的にトレントを狩らなきゃいけなくなったらしい。
討伐数に制限をかけられたのは納得出来ねぇが、これは俺達にも嬉しい話ではある。
何しろトレントの討伐は美味しいうえに、安定収入が手に入るんだ。
奴等は喋ったり、ナイフみたいな葉を飛ばしてくるが基本が木だ。
横倒しにしちまえば何も出来ねぇし、火を恐れる。
しかも高値で売れるときた!
ハンター達はこぞってトレント討伐をしたがったが、ギルドが認めた時期に抽選で当たったパーティーだけが討伐に向かえる決まりになり、安定収入の夢は消えちまった。
なんて事しやがる!
しかしトレントが高額なのには変わりない。
毎回希望者が殺到する抽選会で、今回見事に当選したラッキーな俺達は、意気揚々とこの魔樹の森にやってきたってワケよ。
今夜は満月のハズだ。
魔物が活発になり、普段は木と変わらないトレントも動き出して見つけ安くなる。
俺達は2日ほど前から森に入り、適当に魔物を狩って小遣い稼ぎしながら時期を待っていた。
万が一トレントの数が揃えられなくても、この2日間で狩った魔物で穴埋めするって寸法よ。
今までは安全に森の外側で野営していたが、今夜は本番だ!
俺は仲間と一緒に、今夜の狩場である森の中央部を目指し、森に分け入って行った。
続きます。