トレントの勉強会
「・・・のように魔法というのは成り立っておるのじゃ」
森の北側にある奥地、エントの聖域。
鬱蒼と緑豊かなこの場所の一角には池があり、細いが力強い滝が落ちている。
その近くのちょっとした広場は陽光が降り注ぎ、滝つぼから溢れた適度な水蒸気が美しく輝き、植物だけで無く生き物全てが心休ませる憩いの場となっている。
そこに集められた数体のトレント。
私の他、満月の会議に出席した者達や魔法を得意とする者達だ。
満月会議の時、村の運営に関して我々は活発に話し合ったが、その中に『木こりやハンターが来たら魔法で驚かして追い返す』という案があった。
襲われたら、逆襲するか逃亡しないと危ない。何しろ相手はこちらを伐採に来ているのだから。
しかし退治してしまったら禍根が残り、樹木人を『安全な素材』ではなく『危険な生物』として駆逐しに来るかも知れない。
そうなったら戦争しかなくなり、本当に絶滅してしまいかねない。
それを避ける為、身を隠し魔法で惑わせたり驚かせたりして追い返すのだ。
もちろんそれでは根本的な解決にならず、ハンターは再びやって来る。しかしそれも、我々の村が完成し、樹木人と人が交流を始めれば無くなるだろう。要は時間稼ぎができればいいのだ。
なので魔法の得意な者達がエントに様々な魔法を教えて貰い、村の防衛力にしようと話し合っていたのだが・・・エントが先日私に言った、全トレント人化計画。
エントはおそらく、全てのトレントに魔法を教える気でいるのだろう。
今教わってる連中は、言わばその第一期。もしかしたら、エントの知識を彼等が広める役割も期待されているのかも知れない。
伝道師ならぬ家庭教師だ。それも押し掛けの。
ひでぇ。
勉強嫌いな奴も多いだろうに。
かく言う私も、今までは出席しなかった。
満月会議の出席者は、私以外は全員精鋭なので、将来的には村の中核になる事を期待され講義への参加を求められていたのだが、私は敷地確保という任務があったし、魔法も勉強も苦手だから、正直サボっていた。
じっとして講義を聞くより皆と走り回る方が楽しいじゃん!
ダウンヒル最速の称号は伊達じゃないのだ!
・・・と思っていたら、エントに捕まった。
あの人(樹?)本当にどっから現れるんだろうね?
魔法か?魔法なのか?
いきなり担ぎ上げられて拉致られたよ。
何あの腕力。
怖いわ!!
――――――――
エントの授業は、思ったよりもわかり易かった。
まぁ、まだ初歩の段階で難しい事は教えていなかったってのもある。
少し説明すると、この世界の魔法とはイメージを具現化する物であるらしい。
なので術者がイメージし切れない事は願っても現象として現れないし、術者がイメージ出来ても限界や否定が入るとダメ。
例えば我々は火が怖い。他の種族が使うのである程度イメージ出来るが、自分達で使わないのでイメージし切れない。例え想像出来たとしても、恐怖=否定が強いので魂が拒否してしまい使えない。という感じだ。
逆に固定のイメージが邪魔をする事もある。
トレントは木なので皆デカい。なので小さい動物になろうとしても、自分で自分の大きさのイメージが固まってしまっているので、意識が勝手に限界を決めてしまい、2メートル超えのウサギなんてものに変化してしまうのだとか。
つまり魔法を使うには、その事象が起きて当然という強烈な思い込みと、具体的な想像力。そして自分が起こした事は全て受け入れて否定しないという包容力が必要だという事が判ってきた。
って事は、魔法が苦手な者は頭が固くて想像力が低く、なおかつ包容力の無い心の狭い奴って事?
私、魔法、ニガテ。
おぉう・・・。
脳内で勝手に自分否定して落ち込んでしまった。
樹に脳があるのか知らんケド!
このままではイカン。魔法使えない=ダメトレントのレッテルを貼られてしまう!何とかする方法を教えて貰わねば。
私は元気よく手(枝)を上げた。
「先生、質問!」
「なんじゃ?豆腐屋?」
「誰が豆腐屋ですか。訳のわからない呼び方しないで下さい」
「うむ、86に乗ってるワケでもないのにダウンヒル最速とか抜かしていたようだったので何となくそう呼びたくなっただけじゃ。気にするな」
「まぁ良いですけど―――魔法のイメージだけなら判るんですが、否定を拒否するなんて、練習して見につくものなんでしょうか?」
エントがニヤリと笑う。私が魔法苦手なのは知ってる顔だよね。イジワルだなぁ、本当に。
「うむ。良い所に気がついたのじゃ」
それでもきちんと教えてくれるみたいだ。
確かにそれらは練習次第で身につくらしい。
ただ、自分の中にある恐怖心だったり固定観念だったりを一度壊すのだから、それなりに特殊で過酷な練習方法らしいのだが。
しかしほとんどの者は、想像力や魔力などのどれか1つが欠けている為に魔法が発動しない場合が多い。つまり包容力はあってもイメージ力が低いかったり、イメージ力があっても魔力が低かったり。
魔力があっても発動のコツが判らないダケなんて例もあるそうだ。
だからまずは、自分に何が欠けているのかを把握する所から始めなければならない。
そして若い樹で一番多いのが、やはり魔力不足らしい。
つまりエンジンがあっても燃料が足りない状態、というワケだ。
「ワシの見立てではお主の場合、単にコツが判らんだけじゃと思うとるのじゃがな?」
「そうなんですか?」
「うむ。我等はトレントとして目覚めるのに魔力を溜め込む。なのでほとんどの者は魔力を操る素養はあるのじゃ」
エントは周りの連中へも語りかけるように見回しながら、
「若い連中は自分が動くだけで精一杯で、外界に影響させるほどの力はない。じゃが100年も生きればそれなりに魔力も貯まるし、少しずつその操作も身について行くものじゃ」
再び私の方へ目をやり、
「それでも巧く扱えないのは、やり方に興味が無いか、余程のヘタれかのどちらかじゃろうな。何しろ我等は無意識ではあるが、魔力を自分でコントロールしたからこそ自意識が産まれたのじゃからのぅ」
そう言って大笑いされた。
言ってる事は納得出来た。
言ってる事は。
でもそんなに笑わなくても良くね?
えぇ、確かに興味無かったですよ。それが何か!?
今度また仕返しにイタズラしてやる。
寝てる時に髪型モヒカンにしてやろうか!
私は笑われた事への恥ずかしさを誤魔化し、内心の邪な考えを隠すように、
「じゃあそのコツを教えて下さい」
うん。優等生的な質問だ。
「もう少し理論を教えてから実践に入ろうと思っておったのじゃが・・・まぁよいわ」
エントは後頭部をかきながら、そう答える。
「上級者へのおさらいにもなるし、今魔法が使える者もきちんと教わった事は無いじゃろう。良い機会かも知れんのぅ」
そう言ってエントは一歩踏み出した。
「これはあくまで基礎訓練じゃ」
前置きし、スッと目を閉じ、深く深呼吸をする。
「良いか?まずは己の中心を意識する。中心とは腹でも良いし胸でも良いし頭でも良い。自分が最も力を集められる場所を意識し、そこに力を溜めるイメージを作るのじゃ」
するとエントの身体の真ん中付近が淡く光だした。
「次にソレを枝葉の先まで行き渡らせるイメージを作る。葉の一枚、実の一つまで細かくじゃぞ?」
エントの中心にあった光が四肢に広がっていき、指先から髪の先まで到達する。
「ソレをまた中心まで集め圧縮し、固定する」
身体全体が光っていたエントが光を失っていき、身体の中心にさっきまでとは桁外れな光が宿る。
「これを自分の外側に押し出す際に、こやつが何者なのかを決めて強くイメージする」
エントの内側から抜け出た光が、丸い光の球として胸の前に浮かんでいる。
エントの中から出てきたとは思えないほどの大きさで、直径1メートルくらいありそうだ。
「あとはコレを使ってやるだけじゃ」
そう言うと、エントはその光を空高く放り投げる。
打ち上がった光は森の木々を超えて高く飛び、もう一つの太陽でも出来たかと思うほどの光を発しながら飛翔を続けた。
そして一瞬、上空に留まったかと思うと。
音も無く弾けた。
それはキラキラとした光の粒子になって辺り一面に舞い落ちてくる。
その輝きは神々しく、まるで光のシャワーに祝福されているかのようだ。
あまりの美しさに、一瞬惚けてしまう。
それは皆同じだったようで、ポカンと口を開け、上を見上げたままだ。
「すごい、ですね」
素直な感嘆。
それしか言葉が出ない。
それを聞いたエントは肩をすくめながら、
「何。大した事はしとらん。魔法を使う者は無意識にやってる事じゃ。それを訓練として解りやすい形にしただけじゃ」
それでも、凄いと思う。
私にも出来るのかな?
「皆もやってみるが良い。やった事の無い者は、今までよりも格段に魔力操作が楽になるハズじゃ」
その言葉を聞き、全員が一斉に目を閉じ集中しだした。
私も、負けるワケには行かないな。
そう思い、目を閉じる。
瞼の裏には、さっきまでの幻想的な光景が浮かぶ。
なるほど。
出来ない奴と笑われっぱなしっていうのは、これを見た後だと余計に悔しいな。
そんな事を考えながら。