エルフと初代エルフ狂い
「よく来たな。グラシンの孫よ」
大樹館の応接室に入ってくるなり、エルフのまとめ役であるリークは中で待っていた人間に気さくに声をかけた。
中で待たされていた人間。クラフトは座っていたソファーから立ち上がり挨拶をする。
「お久しぶりです相談役。しかし、そろそろグラシンの孫というのは止めて貰えるとありがたいのですが」
いつも通りの胡散臭い笑顔のまま返事をするクラフトに、リークは軽く笑いながら、まぁ座れと促しながら答える。
「良いじゃあないか。短命な者からすれば昔の事かも知れないが、我々からすればまだ懐かしいという範囲でしかない。私から見れば君はまだまだグラシンの孫だよ」
クラフトは苦笑しつつ、
「確かに貴方がたと国交を開いたグラシンは偉大だと思いますが、それでは私や父を認めていないという証拠にもなりますよ?それに以前から言っていますが、僕はグラシンの孫では無く『ひ孫』です」
リークは、あまり変わらんだろうと大声で笑った。
クラフトとリークがこのやりとりをするのも、今日が始めてというわけではない。
所謂『いつもの挨拶』というヤツである。
その証拠に、あきらかに馬鹿にしている感じのリーク口調には、親しい者同士特有の気安さがあり、怒っている風に聞こえるクラフトの言葉にも、本当に怒っているのではなく会話を楽しんでいる風が感じられる。
ケントは、ソファーに座るクラフトの後ろに無言で立ったまま、そんな事を思っていた。
直属の護衛としてウォル達と別れ応接室まで従ってきた彼は、その歓迎ムードに緊張が緩むのを感じて安堵した。
この二人は昔から仲が良い。
それはクラフトの『エルフ大好き病』も関係しているが、相手はまがりなりにもエルフの王である。
粗相があれば大変な事になるし、ましてココはエルフの街の中心である。緊張していたケントが普通なのだ。
クラフトの曽祖父であるグラシン・コートは、ストラエンソの困窮を救うためにエルフと同盟を結び国交を開かせた。
確かにそれは今まで誰もなし得なかった偉業ではあるのだが、そこにはエルフとしては非常に政治力の高いリークの手腕と、それをさせたグラシンの情熱があった。
そう情熱である。
しかし残念な事に、その情熱の大半はストラエンソの為ではなく己の欲望の為であった。
グラシンは自他共に認める程の『エルフ大好き人間』であり、今のクラフト以上だったのだ。
エルフが好きで好きで仕方がなかった彼は、成人してすぐに次期領主の座などどうでも良いとばかりにエルフの里へ留学してしまう。
そこで知り合ったのが、まだ若かったリークであり、彼ら二人はハンターとして仲間と共に様々な土地を旅したという。
その後、ストラエンソの領主になったグラシンは昔の伝手でエルフと国交を結んだが、その本当の目的はエルフの娘を妻に迎える為だったというのは、領主家とエルフの里に伝わる有名な話である。
そんなグラシンが、当時閉鎖的だったエルフ達や人間達を説得するために行った演説は、今でも伝説になって吟遊詩人に語り継がれている。
『諸君、私はエルフが好きだ!
諸君、私はエルフが好きだ!
諸君、私はエルフが大好きだ!
森に、街道に、川に、街に、
エルフの姿を見ただけで幸せを感じる!』
このフレーズで始まった演説は狂気の演説と言われ、実に二時間に及ぶ内容だったという。
そしてこの演説により、事実国交は開かれたのだ。
しかし当のグラシンは求婚していた相手に見事にフラレてしまった。
表向きは寿命の違いと種族の壁となっているが、自分に求婚している男が大衆の面前でこんな狂った演説をしていたら、女性なら誰でもドン引きで逃げ出すだろう。ストーカーも真っ青だ。
たが、その後エルフが外の世界を知り他種族との婚姻も進んだ事から、そちらでもグラシンの功績は大きいとも言えるだろう。
しかし、その子供達は父ほどエルフ狂いではなかった。
暇さえあればエルフの森へ遊びに行こうとする父を見て育った子供達は、グラシンを反面教師とし、あくまで外交相手としての付き合いしかしなかった。
グラシンの妻(人間)がエルフに嫉妬していたというのも大きかったらしい。
旦那が、初恋の人のいる所へ頻繁に遊びに行ってしまうのだ。それは恨みも出るし、子供に愚痴も溢すだろう。自分と子供は何なのだ、と。
とはいえグラシン本人は純粋にエルフが好きなだけで、昔の女に逢いに行っていたワケではない。
何しろ彼が求婚した女性は、リークの妻になったのだから。
不貞なんて働こう物ならば、妻だけでなくリークからも殺される上に、エルフと人間の交流も途絶える。
彼女もそれは判っていたのだが、感情というのは理性では割り切れない。
グラシンの妻は、彼がエルフ賛美を口にする度に深い溜息をついていたという。
けれど、そんな反面教師を見た事の無い世代であるクラフトは、曽祖父の偉業を聞き、エルフの美しさに魅了された。
流石にグラシンほど熱心にエルフと交流を持つ事まではしなかったが、あくまで次期領主として親交を深め、そんな姿がリークに昔のグラシンを思い出させ、二人は叔父と甥のような間柄となっている。
「で?今日はどんな要件で訪ねてきた?まさかグラシンのように遊びに来たわけではあるまい」
クラフトの対面にあるソファーに腰掛け、執事らしきエルフが持ってきた紅茶に口をつけながらリークが切り出す。
「遊びに来るような要件なら良かったんですけど、今日は領主代行としてきました。廃坑と・・・トレントについてです」
クラフトの言葉にリークは予想通りという顔でニヤリとし、ティーカップをテーブルに戻した。
「聞こうじゃないか」
これから、エルフの王とストラエンソの領主代行の会談が始まる。
リークにクラフトが歓迎され、この雰囲気になればケントにはもうほとんど護衛の仕事は無い。
精々部屋の外からの襲撃に備えて警戒するだけだが、エルフの森の本丸である大樹館が襲撃される事など、まずありえない。
ケントは、この応接室に通される前に別室で別れたウォルナット達は、今頃どうしているのかと、そんな事を思い始めていた。