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トレントとタイミング

 吟遊詩人の生活という物がどんな物か、実例として知っているのが目の前の草小人だけなので何とも言えないが、彼女の朝は意外にも規則正しい。


 夜に俺達と一緒に酒を呑んでも、朝日が登って少しするとキチンと目を覚ます。


「うにゅっ。おはようなのです」


 朝から眠い目を擦ってニッコリ笑って挨拶してくる美幼女の姿を見ると、決して少女愛好化な訳でもない俺でも、思わずほっこりしてしまう。


 惚れてまうやろー!


 ・・・なんて事はあり得ないが、少しだけ幼女にハマる変態の気持ちが解る気がする。

 しかし、ここでハマったら抜け出せなくなりそうで怖い。

 あ、でもパームは三十過ぎの成人だから大丈夫なのか?


 合法ロリ?


 いやいや、いくら合法とはいえ見た目でアウトだ。

 明らかな成人男性と外見幼女が街中でイチャコラしてみなさい。

 完璧に事案物だ。

 本人達が幸せでも社会的に死んでしまう。主に俺が。

 おまわりさん変態です。


「うにゅっ?どうしたのです?」


 そんなアホな事を考えながらパームを見ていたら、見られている事に気付いたのか、小首を傾げながら聞いてきた。


「いや、パームって可愛いなぁと思ってね」


「うにゅっ!」


 いかん、思わず本音が出た。

 パームが真っ赤な顔をして照れている。

 悪い事したかな?


 でもこの可愛い(あざとい?)仕草とか、どっかの酒飲み女にも見習って欲しいもんだ。

 ヒロインの座がそろそろ奪われつつある事に気付けと言いたい。

 と、そこへ、


「おまわりさん!朝から変態が幼女を口説いてます!逮捕して下さい!」


 噂をすればなのか、考えただけなのに絶妙のタイミングで残念ヒロインが起きてきたらしい。

 いきなり冤罪を突き付けられた。

 人の事をロリでコンしてるみたいに言うのは止めて頂きたい。


「おはよう、酔っ払い。朝から人を犯罪者扱いするな」

「ふっふっふ。僕は見たのだよ。ウォルがパームをエロい目で口説く所を!」

「エロくねぇし、口説いてねぇし」

「でもパームは僕のだからあげないよ!ウォルはソーで我慢してね!」

「俺に男の趣味は無いわ!幼女好きで男色家とか、お前の中で俺はどんだけこじらせてんだよ!」

「えー。お似合いなのに」

「怖い事言うな!」


 なんで朝からこんな漫才してるの?俺。

 パームはケラケラと笑ってる。


「ちぃーっす」


 そこへソートゥースも起きて来た。

 こいつもマイペースだよなぁ。

 朝食を絶対に食べる為に、朝からちゃんと起きてくるし。


 以前に一度だけ、酒の飲み過ぎで宿の朝食を食べられなかった時があったが、その時の悔しがりようったら酷かった。

 朝から不機嫌なヤンキー兄ちゃんなんて、怖くて近寄れない。

 食に対する意気込みが強すぎて、ちょっと引く。


「朝食セットぉ願いしゃぁす」


 嬉しそうに宿の店主にお願いしてるし。


「あ、僕とパームも食べるよ!おじさん、お願いね!」


 便乗してアゼリアが注文するのに店主が「おじさんじゃねぇ。マスターと呼べ」と文句を言いつつも「お前さんは?」と俺にも聞いてくれたので、同じ物を頼む。

 マスターは「俺はまだ若い」とかぶつぶつ言いながらも厨房に入っていく。

 それを言う時点で、すでにオッサンだと思ったが、口には出さなかった。


 そんなマスターを目で追って、ソートゥースが満足そうな顔をしながら、ふとアゼリアの方を見た。


「アゼリアが朝メシぁ食べるなんて、珍しぃ。よくぉきてこれたなぁ?あ?」


 言い方がチンピラの絡み方と一緒だけど、ソートゥースはいつもこう。

 俺には敬語だから、別に気にしないけどね。

 アゼリアも気にしてないみたいだし、最近はパームも慣れてきたみたいだ。

 最初の頃は怖がってたみたいだけど。


 ってか、言われて気付いた。

 いつもは酔っ払って誰よりも遅くまで寝ているアゼリアが、確かに今日は早起きだ。

 いきなり変質者扱いされたから気づかなかった。


「ふっぶっふ。僕だってたまには早く起きるのだよ」


 まったく自慢にならない事を言いながら胸を張るのは、見ていて痛い。特に胸の薄さが強調されるし。


「ていうより、何となく嫌な予感がして目が覚めちゃったんだよ。僕って繊細でしょ?だから、昨夜の事がきになったのかな?でも、そしたら案の定、僕のパームをウォルが襲ってるトコ目撃しちゃうし。さすが僕だね!」


「襲ってねぇよ!話を作るな!」


 悪いのは予感じゃ無くて、お前の頭だ。

 繊細な奴は自分で繊細とか言わねぇし。


 確かにパームを可愛いとは言ったけれど、単なる褒め言葉だし・・・だよね?


「・・・兄貴ぁパームみてぇのが趣味だったんすねぇ」

「違うから!確かにパームを可愛いとは言ったけど、口説いてないから!アゼリアの妄想だから!」


 必死で否定する。

 ソートゥースの優しい眼差しが辛すぎる!

 こんな所で幼女性愛者だと思われたら困る。


「はいよ、お待ちどぉ」


 俺が否定したタイミングでマスターが料理を運んできた。


 ・・・タイミング。


 ソートゥースとアゼリアの意識が、美味そうなベーコンエッグに持っていかれて俺から離れた。

 これはチャンスか?本当に欲望に正直な奴等で助かる。


「とりあえず飯にしようぜ」


 こくりと頷く2人を見て、話題の転換に成功とほっと胸を撫で下ろした。

 ちらりと横を見ると、話題の中心にされていたパームが微妙な顔をしている。


「にゅう〜。こちらにその気が無くても、あんなに否定されたら女性として傷付くのです」


「ですよね〜。ウォルさんも罪な人だなぁ〜」


 呟いたパームの横には、何故かクラフトが立っていた。


 何故?

 さっきまで居なかったのに。

 訳がわからない。

 朝からクラフト。なんのキャッチコピーだ?


 俺も驚いたが、三人も驚いたようだ。

 ソートゥースはベーコンをフォークに刺したまま目を見開いているし、パームは口を開けて固まってしまっていた。

 アゼリアなんて驚きすぎで椅子から転げ落ちた。


「ででで、出たなエルキチ!」


 アゼリアが、転がった痛みからか誰よりも早く反応してみせる。

 しかし「ででで」って。丸いピンクの謎生物にヤラれる大王じゃないんだから、そんなに吃らなくても。


 しかしそんなアゼリアの声に、クラフトは「おはようございます」と例の作り笑いを浮かべて応えながら、空いている席に勝手に座り始めた。


「いやぁ〜探しましたよ。皆さん走るの速いんですね〜。昨夜一緒に逃げたケントも途中で追いつけなくなったって、落ち込みながら帰ってきましたし」


 そう言えばケントの事を忘れていたな。


 昨夜の乱闘の後、俺達は後から誰も追って来ていない事が確認出来た時点で、身を隠す為に適当に近くにあった宿に飛び込んだ。

 時間的にはまだそれほど遅く無かったので部屋も空いていたし、値段も手頃だった事からそのままそこで一泊し、今にいたるって感じだ。


 なので、本当に偶然に泊まった宿屋を見つけて朝から襲撃とか。

 実はクラフトの奴、商家の息子じゃなくてスパイか何かなのか?


 エルフにハァハァするスパイとか嫌すぎる。

 何のエロゲーだ?


 そんな俺の考えとか露知らず、クラフトはそのまま喋り続ける。


「でも見つかって良かった。実は僕、これから仕事でエルフの森に行かないといけないんですが、皆さんにも着いてきて欲しいんですよ」


「は?」


 意味が解らない。

 何故俺達がクラフトの仕事に着いて行く必要がある。


「え?嫌だ」


 アゼリアも素で返事してるし。


「僕達これから広場で歌うんだもの。エルキチも朝から僕らと遊んでないで、さっさと仕事に行きなよ」


 凄く真っ当な意見だと思う。

 毎晩酔っ払ってる残念ヒロインの台詞とは思えない。

 変な物でも食ったか?


「いやぁ、昨夜の活躍を見て、皆さんを護衛に雇いたくなったんですよ。一日歌うよりも報酬には色を付けますし、如何です?」


 如何も何もない。

 俺達は今、旅芸人で吟遊詩人だ。

 そういうのは本職の傭兵か何かに頼め。

 護衛に芸人を雇うとか、イカれてるとしか思えない。

 だいたい昨夜のは、単なる喧嘩だ。

 喧嘩が強いから雇いたいなんて、渡世人じゃあるまいし。

 あっしには関わりのねぇ事でござんす。


「お前ぇ俺達を何だと思ってんだぁ?あ?吟遊詩人だぞ?舐めてんのか?おぅ?」


 ソートゥース。言ってる事は間違いじゃないが、その言い方は「俺達を○○組と知ってんのか?」と同じだから。

 本物の渡世人みたくなってるし。

 睨んでる顔も怖いって!


「えぇ。もちろん解ってます。でも、昨夜ソートゥースさんも言ってたじゃないですか。他に仕事があれば歌ってないって。今回がそれだと思って下さい」


 それをニコニコしながら受け流すクラフト。


 こいつ強えぇぇ。

 商人だから怖いお兄さんに慣れてるのか?

 言われたソートゥースも「うっ!」って黙っちゃうし。


「それはソーだけでしょ?僕はパームと歌いたいし。ウォルも何か言ってやってよ」


 さらっとソートゥースを見捨てるアゼリア。そして俺に振るな。


「ウォルナットさんはどうですか?吟遊詩人以外の仕事を受ける気はまだ無いですか?」


 ほら。矛先がこっちに来た。


 俺は顎に手を当てて考える。

 正直なトコ、吟遊詩人だろうが護衛だろうが、仕事に拘りは無い。

 しかし俺達の本来の目的は、人間社会の偵察だ。街から離れるのは、現段階ではまだ得策では無いと思う。

 これがエルフの森への同行ではなく、商家の用心棒とかなら学ぶ事も多そうなんだがなぁ。


「ん〜。報酬に色を付けてくれるのは有り難いが、俺達はまだ街に来たばかりだから、あんまり手広くやるつもりはないよ。もう少し、街に馴染んでからなら考えてもいいけどな」


 無難にお断りを入れてみた。アゼリアは俺の返答を聞いて満足したみたいに「むふー」って腕を組みながらクラフトを睨んでる。

 しかし、当のクラフトは今だに笑顔のままだ。断られるのは想定内って感じかな?このまま引いてくれたら楽なんだけど。


「そうですか。判りました。無理は言えないので、仕方ないですね」


 あまり残念そうでも無く答えるクラフト。その姿を不思議に思いながらも、俺達が安堵して息を吐く。と、そのタイミングでトンデモナイ事を言い出した。


「では話を変えますね。昨夜の飲み代と、壊した家具の修理代。女将さんから取立てを頼まれてるんですが、お願い出来ますか?」


「・・・は?」


 何それ?

 俺達被害者なのに、修理代払うの?

 思わずポカンと呆けてしまった。


「一応、僕が立て替えてもイイんですが結構な額なんですよ。ウォルさん達なら問題無いと思うんですが、踏み倒されると困るんですよね」


 これにはアゼリアが声を荒げて反論しだした。


「何それ!僕達襲われたんだよ?払うなら、あそこで暴れた連中とケントでしょ!?確かに飲み代は払うけどさ。でもヒドくない!?」


「昨夜暴れた連中からも、もちろん貰いましたし、ケントにも払わせます。でも、一番大きい被害はソートゥースさんが男を投げ飛ばした時に出来た壁の穴と、アゼリアさんが逃げ出す時に投げた食器の被害なんですよね。皆見てましたし。それらまで他人には払わせられないんですよ」


「・・・」


「・・・壁にぃ穴なんて、開けたっけかぁ?」


「・・・ジョッキが手頃だったんだよ。投げ易かったんだよ」


 二人とも、何か言ってるし。

 ソートゥースは記憶が無いんかい。ってかアゼリア。君はいつの間にそんな事を。


「で、金額は・・・」


「にゅうーーー!!」


 クラフトが、更にトドメを刺すように具体的な数字を出した瞬間、パームが悲鳴を上げた。


 俺もびっくりした。

 いや、パームの悲鳴にも驚いたけど、何その金額。

 宿賃の五十倍でも足りないじゃん!

 どんな匠にリフォーム頼むつもりだよ!

 あぁ、食器代も込みか。

 良い仕事してますねぇ!


「という訳なんですが、払えます?」


 クラフトの確認に、俺達四人は揃って首を横に振る。


「となると、衛兵に連絡しなきゃならないんですが・・・」


 申し訳無さそうに言ってるが、顔が笑ってるぞクラフト!


 でもその笑顔を見て、こいつの目論見が見えた。


「・・・つまり、お前の依頼を受ければ修理代を立て替えるが、断れば衛兵に付き出すぞって事だな」


「そこまで酷い事は言いませんが、融通はしますよ?」


 俺が苦々しい顔で答えると、涼しい顔で返された。


 ド畜生。これが商人の取り引きの仕方ってか。勉強になるぜ!


「ちっ。俺達には最初から選ぶ権利なんて無かったんじゃないか。・・・判った。エルフの森まで着いて行こう」


「いやぁ。本当ですか!助かります!約束通り報酬は弾みますから、安心して下さい!」


 俺の舌打ちに、またもや笑顔で返された。

 本当にムカつく。


「旅の準備はこちらでしますから、昼頃に門に集合でお願いします。」と言いたい事だけ言って、クラフトは笑顔で宿から出て行ってしまった。


 まんまとハメられた気分だが、こればかりは仕方がない。このまま奴に借りを作るよりは、仕事して返す方が気が楽だ。

 そう考えれば、少しは気持ちも落ち着く気がする。


「・・・とりあえず、飯の続きでも食うか」


 目の前で呆然としている連中に話しかける。

 俺も朝から疲れたよ。

 腹も減ったし。

 するとそこへ、


「食後のお茶だ」


 宿のマスターが、俺達の前にお茶を並べる所だった。


 ・・・タイミング。


ウォル達は、まだクラフトが領主の息子とは知りません。

宿代は、一人三千円〜五千円くらいなので、四人で一晩泊まると一万二千円〜二万円くらい払ってる感覚です。日本円の換算で。

それプラス毎晩アゼリアが呑んでますから、彼等の日当は流しの吟遊詩人にしては、かなりの高級取りだと思います。

酒場で騒ぎになるのも、納得ですね。

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