トレントとエルフの同盟
人族の街からエルフの森まで続く街道。
それは交易の活性化を睨み、人とエルフが共同して作り上げた、言わば公共事業だった。
当時は常に沢山の人やエルフが溢れ、そこかしこで道を整備したり、休憩して飯を食べる者がいたりと賑わいを見せていた。
しかしそれも既に昔の話。
今では、交易を行う商人か、森に里帰りするエルフが時折通るだけの道になっている。
エルフという種族が優秀なハンターなので、人間のハンターもエルフの森には近づかないのだ。
まして野盗が出るとの話もあったので、この数日は誰も利用する者がいなかった。
そんな閑散とした通りを、ポプラとユーカリの2人は、誰に会う事も無く歩いた。
もし街道に誰かがいたら、ここまでの騒ぎにはならなかったかも知れない。いや、仮にいたとしても騒ぎにはなったか?
エルフの相談役リークは、ふとそんな事を考えて空を見上げた。
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森が見渡せる場所に着いたポプラとユーカリの2人は、今まで歩いていた街道から外れ、森の東側に回り込もうとしていた。
この街道の終着は、森に入って少し進んだ所に広がっている、荷物置き場と馬車の発着場を兼ねた関所だ。
関所と言っても名ばかりで、怪しい奴がいないか見張るだけの場所で税も取らない。実質通り放題であり、商人の中にはココを単なる集積場と思い込んでいる者もいる程だ。
しかしそれも、場合による。
本当に怪しい奴は、優秀なハンターであるエルフにより、たちまちの内に確保され、連れて行かれてしまうのだ。
ポプラとユーカリの2人は、今では樹木人の女王代理である特使として人化しているが、トレントである。
人間に見つかれば大騒ぎになる関所など通った事も無いし、トレントの体では通過も出来ない。
蛇の道は蛇では無いが、彼等は彼等なりの侵入経路を持っており、今回もそちらから入る為に街道から外れたのだ。
親切な街の兵士も、そこまでは教えてはくれなかった。何しろ彼は2人が里帰りすると思い込んでいたので、わざわざエルフの関所の事まで教える必要は無いと判断したのだ。もちろん、人間の街の関所や門の通行要領などは、徹底的に教え込んだのだが。
なので2人は『いつも通り』に森に入った。
エルフとトレントは、小規模ではあるが交流がある。
トレントの身体から出る樹液は、エルフや人間にとって傷を治す特効薬になるし、枝は魔法の杖になり、実は魔力回復の効果がある。
エルフ達にとってそれは常識なのだが、人間はそこまでの知識を持たなかった。
もし人間がトレントに対して、エルフと同程度の知識を持っていれば、ここまでの乱獲は起こらなかったかも知れないが、それは解らない。
そんな理由からエルフ達はトレントに寛容であり、彼等を見つけると、樹液や実を分けてくれと言って寄って来たりする子供もいる程だ。
トレント達もそれは理解しているので、別段姿を隠す事も無い。
ポプラとユーカリも、以前からこの森で情報収集という任務をしていたが、姿を隠すどころか、積極的にエルフ達に接触して会話していた。
彼等にとってエルフの森は危険な場所ではなく、第二のホームグラウンドと言っても良いほど安心出来る場所なのだ。
「(普段から、あれほどエルフと交流しているのだ。交渉など簡単だろう)」
2人は当然のように、そう考えていた。
今回の特使としての任務は、確かに重要だ。
今まで通りの仲良し関係から進み、対等な同盟関係を結ぶのだから。
それでも、過去の良い関係は、それを後押ししてくれるに違いない。
2人に、緊張の色など微塵も無かった。
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エルフの斥候は、不審な人影を見つけた。
彼が普段している仕事は、森に侵入してくる危険な獣や魔物を監視する事だ。
この辺りには、ちょっとした獣道があり、トレントやオーガ等も侵入してくる。
逆に人間など滅多に寄付かず、来るとしたら人里から逃げてきた者か、ならず者ばかりだ。
「(今回もその類か?)」
格好は人間の旅人で、数は2人。
しかし、侵入者にしては油断しているというか、全く周囲を警戒している雰囲気が無い。
「(余程、腕に覚えがあるのか)」
警戒心が強くなる。
この付近は魔物の通り道なのだ。トレントやリザードのような『話せば分かる』連中ばかりでは無く、問答無用で襲ってくる森狼の群れやオーガのつがいまで出る。
警戒しない方が怪しいのだ。
「(応援を呼ぶか)」
彼は、耳の良いエルフにしか聞こえない音を出す笛を懐から取り出し、吹き鳴らした。
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ポプラ達の足元に突然、矢が着き立った。
「動くな!止まれ!」
樹上から聞こえた声に、彼等はビクリと動きを止めた。
まさかエルフの森に野盗がいたのかと身構えたが、彼等の前に姿を表したのは、エルフの戦士達だった。
安心して、いつものように語りかける。
「エルフさん達。お揃いでどうしました?俺達は怪しい者じゃないですよ。ちょっと街に入りたいだけです」
彼等の前に現れたエルフの戦士達は驚愕した。
樹上から見ていた時は気づかなかったが、彼等は自分達に見た目がそっくりなのだ。
長い耳と端正な顔立ちに、どことなく品のある雰囲気。
違いは髪色と褐色の肌だけである。
しかし彼等は過去、そんな者達を見た事も、噂に聞いた事も無い。
人間や他種族とのハーフでも、ここまで同じで、ここまで違う事などあり得ない。
「貴様等、何者だ!?」
「うわぁぁぁ!」
「何なんだ、お前ら!」
だからエルフの戦士達の叫びも、当然のもの。
同じ姿だからこその、恐怖心。
同じ姿だからこその、嫌悪感。
少しだけ違う姿への、違和感。
彼等は2人の返事を待つ事無く、矢を射掛け、剣で斬りつけた。
「あぶなっ!」
「うひゃっ!」
避けれたのは奇跡。
2人は反射的に、逃げ出した。
エルフの戦士達との、命懸けの追いかけっこが始まったのだった。
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「何なんだ、いったい!」
「俺が知るかよ!」
「そっちに行ったぞ!」
「追い込め!」
お互い必死である。
彼等2人はエルフ達から、ここまで敵意を持って攻撃されたのは初めてだった。
それは彼等をかなり混乱させた。
その混乱が、反撃ではなく逃げるという形になったのだが、結果的にそれが良かった。
もし野盗の時のように魔法で追い払おうとでもしていたら、彼等の命は無かっただろう。
魔法の技量において、彼等はエルフ達には敵わない。
燃やされたら終わりである。
逆に矢が数本刺さったくらいでは、彼等が死ぬ事はない。
樹だから。
「奴等、矢が効かないぞ!」
「魔法を打て!」
エルフ達も、追いかけている間に彼等に弓矢が効かない事に気づき始め、魔法の準備を始める。
と、その時。
『ザザザザザ!』
「「うわぁぁぁ!」」
逃げていた2人が、狩猟用の罠にかかって吊り上げられた。
網の中でもがく2人。
チャンスとばかりに魔法を打ち込もうと、エルフの戦士達が駆け寄る。
「待て待て!待ってくれ!」
「俺達は敵じゃない!」
「そうだ!俺達は種族の代表として来たんだ!」
「本当だ!エルフの相談役に合わせてくれ!」
網の中から口々に言う2人に、問答無用で魔法を打ち込もうとした時、1人の戦士がソレを止めた。
「何故止める!こんな怪しい奴等の言う事を信じるのか!」
「待て!落ち着け!本当に代表者だったら大変な事になるぞ!」
「そんなの嘘に決まってるだろう!」
「嘘だとしたら、なぜこいつ等は『相談役』という名を知ってる」
そこで他の戦士達も気付いた。
『相談役』という言い方は、エルフの中だけで使う呼び名だ。
他の種族は『エルフの王』という呼び方をするのだ。
「不本意だが、我等だけでは判断出来ない。動けないように縛り上げて連れて行こう」
そうして彼等は広場まで連行された。
エルフの戦士達に囲まれ、広場の中央に転がされた2人は、エルフ達から「何で我等に似ている」「気持ち悪い」「偽エルフ」などの、尋問ですらない罵倒を受けた。
そこで気付いた。
人化していたから攻撃されたのだと。
女王からは、トレントである事を隠せと言われていたが、エルフはトレントに好意的だし、今のままでは命が危ない。
彼等2人は、人化を解いた。
突如広場に現れた、横倒しのトレント2体。
場は騒然となり大騒ぎになったが、そこへ彼等2人も良く知る『相談役』リークが姿を現した。
「お前等、何やってんだ?」
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大樹館の会議室。
机の向こうには、人化したトレント2体。
こちらには、リークの他、街周辺の族長も集まっていた。
戦士達の姿は無い。
トレント姿の2人を知るエルフは思いの外に数が多く、その人々が彼等は無害であると助けてくれたため、警戒対象から外されたのだ。
『最初から元の姿で来れば良かった』
そう思ったのは、彼等もエルフ達も同じであった。
そしてこの会議室にて、今度こそ正式な特使としての会談の場が設けられた。
トレント2名としては、やっとここまで来たという感じだが、気持ちを切り替え、トレントの現状と女王の言葉を真剣にリーク達に伝えたのだった。
「樹木人種の国か・・・エントも思い切った事をしたな」
それがリークの感想だった。
彼とて、ひとつの種族のトップに近い。
国の運営に関する苦労は理解できる。しかし新たな種族を認めさせるのは並みの努力では無い。
「(なるほど。それで我々に似せたのか)」
エルフの姿であれば、人間も警戒しないだろうし、同じ森の民として受け入れ易いだろう。
肌の色が違うから、はっきりとした見分けもつく。
「エルフ亜種というところか」
他の族長も気付いたらしい。
目の前にいるトレント達は気づいて無いかも知れないが、エント改め女王シャルルは、それも含めて樹木人の存在を認めろと言っているのだ。樹木人が問題を起こしたら、後ろ盾になれ、と。
「さて、どうするか」
リークは眉間に指をあてて、少し考えた。
正直、トレント達に対する忌避感は無いので、共存はしても構わない。
しかし・・・
「我等の利は、どれほどか?」
他の族長の言葉に同意する。
つまりはソコなのだ。
単純にトレントの後ろ盾になったら、人間と敵対してしまう。
しかしエルフ亜種である樹木人ならそうはならないが、エルフだけがリスクを負ってしまう。
「エント・・・女王陛下は、何としてでも認めて貰えと言ってました。貴方達には吹っかけられるかも、とも」
交渉ですらない、その正直な物言いに、リークを始め各族長達も思わず笑いだしてしまった。
彼等の言い分は、政治的には全面降伏して服従するから助けてくれと言っているのと同義だ。
駆け引きを知らない。
それ程までに、彼等の種族は幼いのだ。
「(女王は曲者みたいだがな)」
リークは笑いながらそう思い、決心した。
「(この産まれたての種族も、俺達が守ってやるか)」
リークの表情から、各族長も察してくれたようで、微笑みながら頷いてくれた。
こんな時、長い付き合いの同族は頼しい。
「判った。お前等の種族を認めて、同盟を結ぶことをエルフの族長の連名で誓おう」
「本当ですか!」
「やった!ここまで来た甲斐があった!」
喜びあうトレント達を見て、リークは唇の端を歪ませ、獰猛な笑顔で話を続ける。
「喜ぶのはまだ早い。我等が身を保証するに辺り、お前達がエルフに差し出す物は・・・」
リークが次々と並べる品物の数と条件に、喜んでいた2人の顔も徐々に強張って行く。
「・・・帰って女王陛下に相談します」
最後には、そう言うのが精一杯だった。
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「妥当じゃの。リークの小僧、良く見ておる。もう少しキツく条件を出すかと思ったが、お主等、余程エルフ共に気に入られておるのじゃな」
魔樹の森に帰った2人の報告に対し、女王は事も無げにそう言った。
「いいんですか?」
「本当に吹っかけられましたけど」
どうやって報告しようか悩みながら帰ってきた2人は、安心半分、心配半分で女王の話を聞いた。
「良いも悪い何も無い。我等の命運は、この交渉が最初の山場だったのじゃ。多少無理でも飲まざるをえんのじゃ」
「そう何ですか?」
「そうじゃ。ところでお主等、やたらと日数が掛かったが、どこで何をしておった?まさか何処ぞで遊んでいたワケではあるまいの?」
女王がジロリと睨んでくる。
彼等は慌てて、今回の旅の顛末を語った。
数日後。
エルフ族と樹木人の同盟が、無事に結ばれた。
不気味の谷ってありますよね。
理解出来れば、そういう物だって思って恐くないのに、不思議です。