トレントとエルフの森
エルフというのは森の民と言われる。しかしそれは森の恩恵を受けて狩りや採取で生活する民という意味で、決して森を守っているワケでは無い。
彼等とて森が無くなれば生活し難くなるので、森を粗雑に扱っているどころか信仰さえしているのだが、それはあくまでも生きる為の手段でしかない。
その為、平野や街で生活するエルフも数多く存在する。
彼等は人間始め他の種族と共存する事で、森の外の知識を得たり、交易を行って種族に繁栄をもたらす。
言ってしまえば田舎が嫌で飛び出す若者と一緒であり、交易で戻ってくるのは、都会に疲れ田舎が恋しくなった者達という感じであろう。
女王シャルルからエルフとの交流を命じられたポプラとユーカリは、魔樹の森に近いエルフの中でも最大規模を誇る集落が存在する森を見渡せる場所に立っていた。
「やっとここまで来た・・・」
「俺・・・感動で泣きそうだよ」
疲れた表情で2人はお互いの肩を抱き合い労いあった。
ここまでの道のりは、お世辞にも楽な物とは言えなかった。
今までの偵察任務では、他の種族に見つからないように昼間は普通の樹木に擬態し、夜間のみ移動をしていた。
それでも、トレントの能力で走り続けて2日の距離である。
樹木人種として、トレントという事を極力隠す為、その距離を彼等は人化したまま、昼間に移動する事を選んだ。
結果、約30日かかった。
いくら変身していても、そこはトレント。
体力や腕力、脚力は人の数倍もある。
身体が小さくなっている事を考えても、今まで通りに走って行けば2日・・・とは言わないまでも、3日〜4日で到着するだろうという彼等の見積もりは、甘すぎたとしか言えないだろう。
いや、それでも何も無ければ、人間の足でも直線で10日もかからない距離ではあったのだ。
では何故それ程時間がかかったのか。
それは彼等にとって、思いもしない事件があったからであった。
まず、トレントであれば気にせず通過出来た草原や岩場が、人の身体では通行するだけで困難だという事実に悩まされた。
ひと跨ぎしていた岩は、よじ登らなくてはならず、全く気にもしていなかった草原では足を取られた。
また水たまりだと思い、以前から休憩場所としていた所は底なし沼だった。
これはダメだと今まで通過していた場所を外れ、人間やエルフが整備したらしい街道を進む事を選んだ。
人間は怖かったが、今の姿ならば襲われまい。
そう考えたのだ。
野盗に襲われた。
彼等は武器らしい物を持っていなかったので、魔法で撃退せざるを得なかった。
人化した事で、使える術や威力が上がっている事を失念していた彼等は、脅しの為に放った炎が渦を巻いて野盗に襲いかかったのに驚いたが、既に遅かった。
それを、運悪く通りかかった近くの街の兵士に見つかり、事情説明の為に連行された。
彼等の装備が、旅の魔法使いにしては軽装で、武器らしい物も持っていない事から、野盗の仲間割れと間違われたのだ。
兵士は、野盗の被害から街道を守る為に派遣されていたらしく、単なる被害者だと訴えても信じて貰えなかった。
そこで、兵士の捕まえた野盗の残りに話を聞く事になり、
「?お前ら誰だ?」
「こいつ等!仲間を痛めつけてくれやがった魔法使いだ!」
「ちくしょー!覚えてやがれ!」
という事があり、ようやく彼等が単なる旅人だと信じて貰えた。
それどころか、逆に野盗を退治してくれたという事で報奨金が出る事にまでなった。
「その金でとりあえず、旅人らしい格好を揃えろ。でないとまた野盗の仲間に間違われるぞ」
兵士にそう言われたが、今まで金や買い物という概念の無かった彼等は当然、相場どころか買い物の仕方も解らない。
「俺達、森から出た事が無いから買い物の仕方が解らないんですよ。教えてくれません?」
見た目がエルフに近い為、彼等の言葉を兵士達は信じた。
親切な兵士が1人。彼等の買い物に付き合ってくれたのだが、それも拙かった。
「お前ら・・・。何にも知らんのだな」
彼等2人が、買い物だけに留まらず、あまりに世間を知らなさすぎる事が兵士にバレた。
さらに、このまま旅をさせるのは危ないとも判断されたのだ。
彼等の見た目が、エルフらしく若者に見えた事もあり、兵士は彼等の事を心から心配し、一般常識を教え込む使命感にかられてしまったのだ。
「何でこんな事になったんだっけ・・・?」
「・・・俺に聞くなよ」
強引で親切な兵士の家にしばらく寝泊りする事になった2人は、ベットで横になり天井を見上げながら、そう呟いた。
それから約一週間。
親切な兵士による「一般常識講座」という名の親切の押し売りを付きっきりで教え込まされた。
中には良い事もあった。
今まで水の違いは解ったが、獣を取り込んでも何も感じなかったのに、兵士の妻が作る料理がメチャクチャ美味く感じるのだ。
「(これも人化の影響かな?)」
彼等はお互いに微笑みあった。
兵士の努力の甲斐もあり、彼等は人間の街で生活する為に、最低限の知識を得る事が出来た。
「本当に最低限でちと不安だが、帰るだけなら、まぁ大丈夫だろ」
彼等の目的地がエルフの集落だという事は伝えていたので、兵士は彼等が里帰りの途中なのだと考えていた。
「お世話になりました」
「奥さんの料理美味かったです。また来ます」
すっかり仲良くなった兵士夫妻に別れを告げ、彼等は再びエルフの集落を目指した。
兵士に教えて貰った知識によると、今いる街からエルフの集落のある森までは、歩いて2日半くらいの距離だと言う。
彼等は街を出て街道を歩き出し、今度は野盗に襲われる事も無く、今までの事は何だったのかと思える程、順調に旅路を進む事が出来た。
そんな小冒険の果てに、ようやく彼等は辿り着いたのだ。
エルフの森の入り口へと。
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「何やってんだ?お前ら?」
そこには、何故か縛られたトレントが2体。
広場に転がされていた。
エルフの森は、トレント達が住む魔樹の森と比べて小規模だが、それでもかなりの大きさがある。
その森の中にはエルフの集落が複数存在し、小さい物は家族単位。大きい物は街と言われる程の規模があった。
それぞれの集落には当然代表者がおり、人格や魔力や過去の功績など、突出した実力者が選ばれるのが常だ。
そして一番大きな街を取り仕切る代表は、周辺集落や他種族との交易のまとめ役でもある為、血筋も求められた。
そんな事情から人間達は、街の代表者を「エルフの王」と呼ぶ。
もちろん当のエルフ達は王など立てる気が無いので、単純に「まとめ役」や「相談役」などと呼んでいた。
エルフの街の現まとめ役は、リークという男だった。
血筋が求められる役職だけあり、彼は純エルフの中でも特に生粋のエルフ種であり、魔力も高く人格者でもあった。
金髪碧眼、白い肌に長い耳という特徴と、彫りの深い顔立ち。若い頃はモテたのではないかと思える渋めの中年といった外見だが、平均寿命300年と言われるエルフの年齢は、外見では測れない。
しかし彼を最も印象付ける特徴は見た目や血筋ではなく、その行動力であり、またその行動力を支える鋭い判断力だった。
彼の判断能力は素晴らしく、それはエルフ以外の種族にも『有能な長』として政治的にも認められる程で、仲間のエルフ達からも頼られ、慕われていた。
彼がいつものように『大樹館』と呼ばれる大きな館の執務室で仕事をしていると、外が何やら騒がしくなった。
エルフの集落で騒ぎは珍しい。
何かあったのかと直ぐ様立ち上がり、壁にある剣を腰に差した時、入口のドアを開けて顔見知りの若者が声をかけてきた。
「まとめ役!侵入者です!来て下さい!」
彼は若者と一緒に急いで外に歩き出した。
「侵入者とは珍しいな。逃げられたのか?」
「いえ、縄で縛って広場で囲んでいるんですが・・・」
そこで若者は言葉を濁す。
彼は疑問に思った。この若者は元気良く、いつもハキハキと喋るのが美点なのに、どうしたのか?
「どうした?君らしくない。はっきり言ってみろ。それに、捕まえたのなら何を慌てている?」
「それが、捕まえた奴等が『自分達は種族の代表としてココに来た。エルフの相談役に合わせろ』と」
彼は慌てた。
「他種族の代表者を縄で縛ったのか!?何をやっているんだ!どこの種族だ!?」
「・・・解りません」
「解らない?新しい種族?魔人か?」
「そうかも知れませんが・・・」
「本当に今日はどうした?言い淀んでばかりで。普段の君らしくハッキリ答えてみろ」
若者は自分の迷いを言葉にしても良いのか迷った。しかしここは素直に伝えねば、まとめ役は納得してくれないだろう。
意を決したように、隣を歩くリークを見つめる。そして、
「・・・エルフです」
「何?何を言ってる?」
「見た目はエルフそのものなんです。違いは肌が褐色って事と、髪が緑ってだけなんです」
「・・・はぁ!?」
彼は目を見開き、口をポカンと開けて、今度こそ本当に驚愕した。