トレントの覚醒
昔、聞いた事がある。
死んだら閻魔様がいて、生前の良い行いと悪い行いを天秤にかけて、良い行いが重いと輪廻の輪に入れられる。
逆に悪い行いが重いと地獄に落とされ、罪を洗い流すまで責められる。
そして罪が無くなってようやく輪廻の輪に入れて貰えるが、地獄生活の長い者や罪の洗いきれなかった者は、人や獣ではなく植物や昆虫など個の意識がない「物」から生をやり直すのだ、と。
なぜそんな事を思い出したか?といえば・・・
それは私が今。
人でも獣でも、ましてや植物でもない樹木人。
いわゆるトレントになっているからである。
なっている。というのも少しおかしくて、私は生まれた時から樹木人だったし、最近までそれを疑問にも思わなかったからだ。
この世界に生じてから100年は、普通の木として育った。
鍋や包丁でも100年の間に月光を浴び続けると妖魔になるのと同じで、私もある日突然に意識が芽生えた。
それからは仲間のトレントや森の魔物達と仲良く暮らしていた。
森を一周しようと言って仲間達と大暴走を繰り返したり、トレントの王であるエントが寝ている間に枝を三つ編みにしたり、人間に襲われても運良く撃退したり、枝を魔法で焦がされながら必死で逃走したりと、何とか楽しく生きてきた。
そんな生活を続け、さらに100年が経過した頃から仲間の数が目に見えて減っていった。
人間に狩られたのだ。
これは後で知ったのだが、近年人間は「紙」という物を開発し、森の木を伐採していたらしいのだが、その中でも魔力を多く含んだ木になればなるほど質の良い物になるらしく、我々トレントは最高の「素材」として狙われたのだ。
何たる事か!
動物は食べる為に狩りをする。
棲み家を広げる為に森を切り拓く。
なので、狩りや伐採に関しては強き者達に従うしかないのは理解出来るが、我々は意思があり、動く事も会話する事も出来る樹木人。
人間の言葉を借りるならば、エルフやドワーフと同じ亜人である。
姿や形が違うからと言って、虐殺(伐採?)していいワケがない。
・・・確かに過去、人間に協力的だった仲間が時々、魔法の杖にする為に枝を求められ分け与えたり、生きた家として自らを差し出す者もいた。
しかし、それとこれとは話が別。
「紙素材」になるのに我々の意思は無視されているのだから!
・・・とはいえ。
元々トレントは争いを好まず、復讐など最初から頭にない。
襲われたら戦いはするが、基本のんびりな種族なのだ。
しかし、このままでは絶滅の危機。
大半の者は追われるがまま逃走したり、安息の地を求めて旅立ったが、まだ若木の者や土地から離れたく無い者はいる。
そんな者達とともに寄り集まり、何とか人間に脅かされない生活を送りたい。
そのためには、他の亜人や人間の習慣を学び、襲われない工夫をしなければならない。
トレントの王たるエントのその言葉により、数体のトレントが人間や亜人の生活区で情報を集める事となった。
もちろんそれは危険を伴う決死の任務ではあったが、私は最大の危険地帯である人間の居住地での活動を命じられた。
当然、行きたくない。
まだ死にたくない。
まだまだ仲間達と暴走したり、昼寝したり、鳥や獣をからかったり、昼寝したり、水を浴びるほど飲んで酔っ払ったり、昼寝したりしたい!
受粉だってまだなのに!
・・・何て思っていたが、エントの命には逆らえず。
人間の居住地付近の森で過ごす事、早1年・・・
この1年の間に人間の生活習慣が少しだけ見えてきた。
生きてる!
私、生きてる!(号泣)
とはいえ、私が今だにこの超危険地帯で生きて来れたのにはワケがある。
それは、少し見えてきただけの人間の動きが、いったい何をしようとしているのか、ある程度、理解出来たからだ。
自分でも不思議だった。
なにせ私は根っからの樹木人。
せいぜい樹齢200年で、トレントの中でもそれほど賢い方でもない。
そんな自分が、何故こんなに人間の生活習慣が理解出来るのか?
などと考えていたら、突然、思い出した。
それは、意識が芽生えた時以上の感覚で私の中に落ちてきた。
そう。
私は元人間。
それもこの世界ではなく、別の世界で一生を終えた人間の、生まれ変わり。
元の名前などは覚えておらず記憶も朧げなので、前世の自分がいったいどんな事をやらかして、人や動物や、まして植物ですらない樹木人に転生したのかは判らない。
閻魔大王の気まぐれか、天使のミスかは知らないが、人間の思考パターンが読めるのは大きい。
私はこの世界で人類生存圏を生き延び、仲間と平和なトレントの地を守るため今日も観察を続ける。
とりあえずは、樹齢1000年は目指したいし、皆とまた水呑んで騒ぎたいし、ね。