天草軍事学園
心地い春風に吹かれ、校舎の前に立つ。
あたり一面の桜は満開で、そこら中にその花びらが風に運ばれて舞っている。
俺、天河才華はこれから入学する天草軍事学園の門をくぐろうとしていた。
現在我が大和帝国は二つの国と戦争状態にある。
一つは北のダリエル連合国。この国家はもともと複数の小国で、それらが一つにまとまることでできた比較的新しい国だ。
もう一つは南のドラグニカ帝国。こちらは古い歴史を持っており、大和が面している国の中では技術、面積ともに最も大きな国家である。
その他にも東のグロリア魔術学院や西のイエンタリア共和国なども接しているが戦争状態ではなく、西は不可侵、東はどこの国とも国交を断絶しており状況が分からないらしい。
ともあれ二つの国を相手に戦争を長期的に続ければ物資はもとより兵士などを含めた人的資源も枯渇してしまう。そこで作られたのが国営の軍事学園だ。いくつかあるそれらを治める学園長は武力、知力共に優れたものしか選ばれないらしい。
そして今自分が配属されたのは天草軍事学園。軍事学園の中でも最も実力者が集められるといわれているところだ。
これからの学園生活に胸が躍る。周りにはほかの新入生と思われる同世代たちが他の新入生たち会話しているところがよく目立つ。
実力者が集まる、という事は名のある名家の人間もたくさん集まるという事なので、各家とのパイプをつなぐことが目的だろう。
かく言う俺も当然パイプは作って来いとは言われたが、正直言ってそういったことはあまり考えていない。
俺はここに学びに来たのだ。もう家の操り人形ではない。そう言い聞かせて敷地内を進んでいく。
少し歩くと校舎の全容が見えた。
石レンガを基調としたデザインで中央の大きな入口の真上には高い時計塔がそびえたっている。
敷地も頭がおかしいほど大きかったが、どうやら校舎も大きいらしい。
そして俺も今日からここで学び、予備兵士となる。
「新入生の方はこちらで生徒手帳をお受け取りください。」
少し遠くでアナウンスの声が聞こえてきた。
どうやら向こうで生徒手帳を受け取り、そこで学科も発表されるようだ。
学園のパンフレットによると、入学時に行った適性検査で学科を向こうで決めてくれるらしい。
歩いていくと受付のお姉さんの内の一人がこちらに気づく。
「新入生の方ですねー!お名前と出身中学をお願いします!」
自分の名前と出身中学を答える。
どうやら受付をしているのは現役の学生たちのようで、皆この学園の制服を着ていた。
「あれ?その名前どこかで…?」
恐らく先輩であろう女性が少し悩んだ顔をしながらもデータベースで俺の名前を検索し始める。
「あぁ!ってことは…えっと!えっと!はい、これどうぞ!」
差し出されたのは赤い装飾の入った生徒手帳…だけだった。
隣や周りを見回しても皆生徒手帳のほかに学科のシンボルの入った科章を渡されている。
「あれ?これ俺にはあのバッチみたいなのはないんですか?」
「その点については問題ありません。そのまま入学式に出席してください」
「えぇ?あ、は、はい」
どうしたのだろう…彼女の微笑みから同情の念のようなものを感じる。
って、もうこんな時間か。
時計で時間を確認すると入学式まであと七分程度しかない。
先程までいたほかの生徒たちも大部分がそちらへ移動したようだ。
それを追うように自分も式場へと駆けていく。
式場に向かった才華の後姿を眺めながらため息をつく人がいた。
先程の受付にいた女生徒だった。
「はぁ…あの子、きっとこれから苦労するんだろうなぁ…」