Are you dead? No,I'm alive.
結婚生活、初めて書きます。
某大ヒットドラマの2人を思い出して「かわいいな」って思った煌泉です。
明かりのついた一軒家で夫が待っている。近所の奥様が聞き惚れる、清廉かつ甘い夫の声で「おかえり」と迎えられるのが私の仕事帰りの楽しみ。彼は今くらいの時間だとお風呂に入っているかも知れない。
私、有野冴はここから車で20分の大学病院で病理医として働いている。夫の航と出会ったのは3年前の7月下旬、結婚したのは3年前の8月上旬。航は去年までライブハウスで働きながらネット声優のユニットで活動していて女性に人気だったけど、今は辞めて主夫として家事を頑張ってくれている。というのも3年前に私が頼み込んだ。当時38歳の私は周りからせっつかれて疲れていた。だから「私が二人分の生活費もあなたのお小遣いも稼いでローンも払うから養わせて」と1時間土下座をした。彼は困ったように笑って了承してくれた。そして彼がネット声優をしているのを知ったのも結婚してからだった。それからは最近ヒットしたムズキュンドラマのような出来事が……あったかどうかは私たちのみぞ知るわけだが。
航との馴れ初めを思い出していたら家に着いていた。車を停めて家の鍵を開ける。
「ただいま」
……「おかえり」が聞こえない。不審に思った私はとりあえず歩みを進めた
「わたるー?」
ダイニングテーブルには鍋があって、蓋を開けるとハヤシライスソースだった。大きめの木製ボウルにはサラダが綺麗に盛られている。早くこの美味しそうな料理を航と食べたい。部屋を見渡すとリビングのソファの下に巨大な辛子明太子を見つけた。
辛子明太子……もとい赤いふわふわのブランケットを寝袋のように身体にフィットさせて眠っている航はがっしりした身体に似合わず寝息が小さい。これ以上かすかにならなくてもいいと思う。一瞬ヒヤヒヤするから。いや、そんなことより。
「航ー、ただいまー。帰ったよー?」
揺さぶっても頭をポンポン叩いても瞼は動かない。仕方がないので30代の折り返しにいるとは思えないスベスベの頬を引っ張ってみる。
「航ー? 死んでんのー?」
「んん……生きてるよ冴さん」
私の不謹慎な質問に返事をした彼は、ゆるゆると瞼を開けて丸い目を私に向けた。
「ごめん冴さん、おかえり。昼から大掃除しちゃって……疲れた」
「お疲れ様です」
航を抱きしめて頭を撫でると「冴さんもお疲れ様です」と抱きしめ返してきた。
ハヤシライスを2人で囲むなか、航が口を開いた。
「っていうか冴さん、人命に携わる人が『死んでる』って軽々しく言うってどうなの?」
「あぁ、確かに」
私はたまに人がその辺に寝ていると『死んでる』って言ったりする。子どもの頃、無骨な父がよく使っていた冗談めいた言い回しだった。
「大丈夫だよ、職場で言ったりはしてない」
「うん、それならいいんだけどさぁ」
航は苦笑しながらサラダを取り分けた。
「航、お風呂は?」
「まだだよ。冴さん先に入っちゃえば?」
「わかった」
「あ、そうだ冴さん。こないだ風呂で死んでたのやめてよアレ」
「そんな死んでないよ私」
「勿体ないでしょ! 4時間も入ってて!」
そんな小言も航の声だからなんだか可愛く思えて噴き出したら「わかってるの?」と怪訝な顔をされた。
「わかったよ、早くあがるようにする」
流されたように思ったのか航はじとっと私を見ていて、それも可愛いと笑うものにしかならなかった。
お風呂からあがって航が交代で浴室へ向かった。ダブルベッドに転がって目を閉じる。
「そういえば、航も使ってたな……」
航もさっき、『死んでる』という言い回しを使った。不謹慎な言葉を軽々しく使うのを嫌う航が。勿論、私も父も『死』という言葉の重さを理解しているし、ジョークとして使っていた言い回しだ。それが私たち家族のコミュニケーションだった。それを航が使ったってことは……
「あがったよー冴さーん」
私に声をかけるのは、カッコよくて可愛くて、誰よりも愛しい人
「冴さん?」
「航……やっぱり私…航が好きだな……」
「へっ!? あ……うん……」
ありがとう、と顔を真っ赤にしてぽそぽそ言う彼が可愛くて、私は彼の首に腕を回した。
ちなみに「死んでる」は煌泉一家も使います。