9話
わたくしは翌日もラウル様の様子を見にラルフローレン公爵邸に向かう。ラウル様は利き手を怪我されているから手紙を思うように書けないでいる。しかも、棘が刺さっていたせいでチクチクとした痛みとズキズキが重なって夜中も眠れていないと家令のリエンから聞いた。
まあ、化膿止めと塗り薬をちゃんと塗っているから心配する程ではないだろうとリエンは言っていたけど。
わたくしはラウル様の包帯の交換を侍女に言って自分でしてみた。横ではロウエン医師が診察にいらしていて包帯の巻き方やコツを教わる。
「…シェリア様。まずは包帯の一巻き目で先の辺りを少し折り込んで一回くるりと回します。腕に巻きつけたらそのまま、面積を半分くらい残しながら最後までいってください」
「わかりました」
「最後までいったら、先端をテープで留めてください。そう、それで終わりです」
ふうと息をついてラウル様の腕に巻きつけた包帯の先端をテープで留めた。医師が手渡してくれた医療用の鋏でテープを切る。
そうして、交換を終えると医師はよくできましたと笑顔で言ってくださった。ラウル様も腕を動かして包帯の具合いを確かめた。
「うん。初めてにしては上出来だよ。ありがとう、シェリア」
「いえ。お役に立てて良かったです。ロウエン先生も教えてくださってありがとうございました」
わたくしがお礼を述べるとロウエン医師ははにかむように笑った。
「…シェリア様。お礼を言いたいのはこちらです。今日はお手伝いしていただき非常に助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。ご丁寧にどうも。ロウエン先生の教え方がお上手だったからです。今度からは自分で練習してきます」
「そうですね。日々、練習していれば上手くなります。後、簡単な薬草の知識や応急処置のやり方も教えますので。シェリア様が覚えてくだされば後々安心ですから」
そうですねと言うとロウエン医師は診察は終わりですとおっしゃって部屋を出て行かれた。
それを二人で見送ったのだった。
ラウル様と二人でゆっくりと話をしながら紅茶を口に運ぶ。ラルフローレン公爵邸で出される紅茶はアールグレイで良い香りがするものだ。お茶菓子は甘いクリームが乗ったスコーンとシフォンケーキである。
ラウル様は利き手ではなく左手で器用にシフォンケーキを食べていた。フォークの使い方は様になっている。
「ん。どうかした?」
「いえ。上手に召し上がっているなと思って」
「…ああ。左手で食べているのが気になる?」
「はい。わたくしには真似できないなと思いまして。ラウル様、練習されたんですか?」
そう問いかけるとラウル様は困ったように笑った。
「練習か。まあ、幼い頃とかに右手を痛めた事があってね。打ち身だったんだけど。その時に左手で身の回りの事をする練習をしたから。そのおかげだろうと思うよ。今では慣れたものになったかな」
へえと言うとラウル様はフォークを置いて肩を竦めた。
「シェリアには心配をかけさせて悪いと思ってる。もし、君が病になったり怪我をしたら今度はわたしが助けるから。それは約束するよ」
「あら。そんな事はないと思いますけど。でも、覚えてはおきます」
「くれぐれも気をつけてほしい。何かがあってからでは遅いから」
わかりましたと言って紅茶を口に運んだ。スコーンをフォークで切り分けてクリームをからめながら食べた。なかなか美味しくておかわりをしてしまった。ラウル様はそんなわたくしを見て微笑ましそうに笑ったのだった。