7話
その後、ラウル様と兄の喧嘩はおじ様の一喝で終わりを迎えた。
「…いい歳をして取っ組み合いの喧嘩とは何事だ。みっともないとは思わんのか!!」
女性の前だというのにと付け加えれば、二人はぴたっと動きを止めた。ラウル様は不満そうにしながらも兄の腕から手を離した。兄も胸倉を掴んでいた手をどける。
殴り合いの喧嘩になりかけていたのでわたくしはドアの前でほっと息をついた。
「すみません。父上、頭に血が上ってしまって」
「…申し訳ありません。妹の前だという事を忘れていました」
二人は同時におじ様に謝った。ふうと息をつくとおじ様はわたくしの方に振り向いた。
「シェリア殿。息子が悪いことをしたな。折角、兄君とお見舞いに来てくれたというのに」
「いえ。わたくしの方こそすみませんでした。執務でお忙しいのに呼び立ててしまって」
「構わぬよ。むしろ、無理に喧嘩を止めて君が怪我でもしていたらと思うとそちらの方がぞっとするよ」
「はあ。お気遣いありがとうございます」
お礼を言うとおじ様は眉尻を下げて申し訳なさそうに笑った。
「…シェリア殿。兄君と積もる話があるから。ラウルの相手をお願いできるかな?」
「わかりました。兄様、早めに戻って来てね」
「ああ。約束するよ。では行きましょうか」
「じゃあ、わたしの執務室までご同行願おうか」
兄様はおじ様と部屋を出て行った。それを見送るとラウル様がこちらへと手招きをする。
どうしたのだろうと近寄るとラウル様は自分の膝の上を指さした。
「シェリア。今は二人きりだし。膝の上に乗ってもらえるか?」
「…ラウル様。膝の上って何かの冗談ですか?」
「冗談ではないよ。ただ、君を堪能したくてね」
ラウル様はいい笑顔で言った。堪能って一体何だ?
仕方なく、ラウル様の膝に手を置いて恐る恐る横座りで乗ってみる。けど、足は床についたままだ。
ラウル様はそうじゃなくてと言って自分の首に腕を回すように言った。わたくしはええいままとなれと思い、彼の首に腕を回した。
すると、正解だったのか頭を撫でられる。初めて乗る男性の膝の上は固いし骨ぼったくてゴツゴツした感じは否めない。けど、ラウル様の鼓動と温もりがあるからか不思議と落ち着く。
ラウル様は頭のてっぺん辺りにキスをすると背中をゆっくりと撫でる。それだけでぞくっとする何かが背中を駆け抜けた。
「…ああ。怪我をしていなかったらもっと先の事も出来たのに。惜しい事をした」
「ラウル様」
「ごめん。今はこれくらいで我慢しておくよ」
ラウル様はわたくしの額にキスをするとすぐに膝の上から下ろしてくれた。名残惜しそうにしながらだけど。
わたくしはラウル様の隣に座り直して彼に抱きついた。背中に腕を回す。見かけはスラリとした感じだけど。意外にがっちりとした胸板に頬を当てた。
「シ、シェリア。わたしを煽る気かい?」
「いいえ。煽ってなどいません」
参ったなとラウル様はぼやきながらもわたくしを抱きしめ返してくれた。しばらく、そのままでいたのだった。
一時間ほどして兄はおじ様の執務室から戻ってきた。遅くなったかと聞かれてそうでもないと答えておいた。ラウル様はちっと舌打ちをしていたけれど。知らないふりをした。
わたくしはラウル様の部屋から出て家令のリエンとおじ様に見送られて公爵邸へと馬車で帰った。
兄は終始、ラウル様に無理に迫られなかったかと心配していたけど。そこは大丈夫だと答えておいた。それでも、納得した表情ではなかった。
ふうとまた、ため息をつきながら馬車の窓から見える景色を眺めたのだった。