6話
兄と一緒に部屋に入るとラウル様が驚いたようにソファから立ち上がっていた。薄い水色の瞳は兄を捉えている。
「…トーマスなのか?」
小さな声で呟くと兄に向かって距離を詰めてきた。ラウル様は不意打ちで兄の手を取る。
兄もにっと笑いながら手を握り返した。包帯をしていない方の手でラウル様は兄と固く握手をした。わたくしは驚き、これは何事と思う。
「ああ。トーマス、それにシェリア。今日はお見舞いにでも来てくれたのか?」
ラウル様が兄と握手したままで問うてきた。兄はこくりと頷いた。
「そうだよ。なんか、庭で怪我をしたんだって。妹からは薔薇の棘が刺さってしまったと聞いたんだが」
「当たりだ。その、シェリアが黄薔薇の花が好きだと言うのでね。それを一輪手折ろうとしたらたくさん棘が刺さってしまったんだ。迂闊だったよ」
「…お前。普通だったら剪定用の鋏を使うだろう。なんで、そこに考えが及ばないかな」
兄は大げさに肩を竦めて呆れたように言った。ラウル様はむすっと顔をしかめてしまった。
こんなラウル様を見たのは初めてだったのでわたくしは言葉を発する事ができずにいた。
「放っといてくれ。あの時はむしゃくしゃしていたからそんな事をしてしまった」
「むしゃくしゃしていたね。ラウル、いくら何でもそれはないだろう。妹に心配させるのは褒められたことじゃない」
「…お前はなにが言いたい。確かにシェリアに心配させてしまったのは悪かったと思うが」
ラウル様は顔をしかめたままで兄を睨んだ。兄はやれやれと首を横に振りながら彼の肩に触れた。
「まあ、そう怒るなって。シェリアはお前が怪我した事があまりにも心配で昨夜は泣いていたんだぞ。それをメイアに聞いてな。ちょっと説教でもしてやろうかと思ってこちらへ来たんだ」
「説教ね。お前らしくはないな」
「ほっとけ。とにかく、シェリアを泣かしたんだからな。ゲンコツくらいは受けてもらうぞ」
兄はそう言い置いてからラウル様に近づいた。ガツンと鈍い音が部屋に響いた。
ラウル様は痛そうに頭を手で押さえている。兄はそれを厳しい表情で見ていた。
「…つう。もう少し、手加減してくれよ。わたしは一応、怪我人なんだぞ」
「わあってるよ。ただ、シェリアを泣かしたのが許せなかっただけだ。それにお前のどこが怪我人だよ。棘が刺さっただけだろうが」
大袈裟に騒ぎ過ぎなんだよと兄はぼやく。わたくしはそれを黙って眺めていた。二人とも仲が良いなと思いながら。
「あの。ラウル様、兄様。わたくしの事を忘れていませんか?」
「あ。すまない。つい、昔のようにしちまった。シェリア、忘れていた訳ではないぞ」
「そうだ。トーマスが殴るのが悪い」
二人はそう言った後、また睨み合う。
「…へえ。俺のせいにするとはね。ラウル、卑怯だぞ」
「うるさい。見舞いに来たのに殴る奴があるか」
それを皮切りに兄様とラウル様は言い合いを始めた。お前が悪いとかいいや、そっちこそと言ってなかなか終わらない。
公爵家の侍女が気を利かせて置いていってくれた紅茶を椅子に座って飲んだ。音を立てずに飲みながら兄様とラウル様の喧嘩を眺める。
終いには取っ組み合いの喧嘩まで始めたのでわたくしは部屋の外に出た。侍女が心配そうに様子を見に来た。わたくしは仕方がないと思ってライザーおじ様を呼んで来てほしいと頼んだ。
慌てて侍女がおじ様を呼びに行ってくれたので待つことにしたのだった。