5話
翌日にわたくしはラウル様が心配で様子を見にラルフローレン公爵邸に向かう事にした。
兄も何故か付いていくと言ってきた。兄ことトーマスはわたくしに似て藍色の髪と薄い水色の瞳の美丈夫だ。年はラウル様と同い年の二十二歳になる。
馬車の中でわたくしは大丈夫だろうかと思ってしまう。兄はずっと窓の景色を眺めている。
何も喋らない。心臓がばくばく鳴っていた。その音と息遣い、馬車の車輪の音だけが響く。
「…シェリア。随分と緊張しているようだな」
不意に兄がぼそりと呟いた。馬車の中は静かなのでやたらと声が聞こえる。
「…そうかもしれませんわね。ラウル様が心配で仕方ないのです」
「あいつなら大丈夫だよ。剣術や体術ができるから体は頑丈だ」
「ですけど。もし、傷口から悪いものが入ったらと思うと。気が気ではいられないのです」
そう言うと兄はやれやれと困ったように笑ってわたくしを見た。
「シェリアは心配性だね。ラウルに今の君を見せたら明日の朝まで離さないだろうな。まあ、今のうちに心の準備をしておきなさい」
「わかりました。取り乱していてはいけませんね。ありがとう、兄様」
お礼を言うと兄は穏やかに笑った。その意気だよと言ってくれたのだった。
ラルフローレン公爵邸に着いた。わたくしは兄にエスコートされながら公爵邸に入る。昨日、医師を連れてきてくれた家令と手当をした侍女の二人が玄関ホールにて出迎えてくれた。
「シェリアお嬢様。今日もいらしてくださりありがとうございます。そちらのお方は?」
家令が丁寧に挨拶を述べた後でわたくしの隣にいる兄に視線を向ける。
「ああ。会うのは初めてかしら。わたくしの兄でフィーラ公爵家の嫡男のトーマス様というの。ラウル様の様子が気になると言ったら一緒に来てくれたのよ」
「…え。トーマス様でしたか。久しくお会いしていませんでしたので。最初、どなたかわかりませんでした」
家令は珍しく驚いた表情をしていた。兄は悪戯っぽく笑っている。
「ああ、何だ。リエン、俺だとわからなかったのか?」
「申し訳ありません。お嬢様とご一緒でしたので。身内の方だろうとは思ったのですが」
「まあ、俺もリエンに会うのは十年ぶりだしな。わからなくても当然か」
軽口を叩くとリエンと呼ばれた家令は深々と頭を下げた。そして、ラウル様のいる私室に案内してもらう。
「ラウルに会うのも二年ぶりくらいかな。まさか、シェリアと婚約するとは思わなかったよ」
「はあ。ラウル様はお小さい頃からわたくしに好意を寄せていらしたと聞きましたけど」
「それは俺も知っている。ラウルは俺とは昔からの友人だしな。ただ、君はエリック殿下の婚約者だったから。初恋が成就するのは到底無理だと考えていた」
兄から意外な話を聞いた。ラウル様の初恋がわたくしって。驚きのあまり、足が止まりそうになる。
無理に歩いていたら兄が先ほどと同じように悪戯っぽく笑った。
「シェリア。驚いているようだな。でも、本当の事だぞ」
「…トーマス様。お嬢様。ラウル様のお部屋に着きました」
リエンの声でわたくしと兄は居住まいを正した。ドアがゆっくりと開かれて二人してラウル様の部屋に入ったのだった。