3話
ラウル様の手が薔薇の棘だらけになってしまったのでわたくしは大慌てで室内に彼と戻る。
サロンに行き、侍女と医師を呼んでくれるようにおじ様達に言った。ライザーおじ様は驚きながらもレアン様に目配せをして家令が近くにいたのを呼び寄せた。
「…ラウルが薔薇の棘に手をやられた。医師をとりあえずは呼べ」
「かしこまりました。でしたら、ロウエン医師を呼んできます」
素早く家令はロウエンというらしい医師を呼びにサロンを出て行った。侍女は急いで洗面器に水を入れて刺抜きも一緒に持ってくる。
「ラウル。こちらに座りなさい。棘を抜くのはシェリアさんに任せるわ。わたしは包帯とガーゼを取ってくるから」
「すみません。では、お願いいたします」
わたくしがラウル様の代わりに言うとレアン様は気にしないでと言っておじ様とサロンを後にした。
残されたラウル様とわたくしは無言でソファに座り向かいあった。わたくしは侍女が持って来てくれた刺抜きを手に取る。
「…ラウル様。棘を抜きたいので手をこちらに」
ラウル様は無言で薔薇を取った右手を差し出した。わたくしは指や手のひらに刺さった棘を一本ずつ丁寧に抜いていった。そのたびにラウル様の手からは紅い血が滴る。
わたくしは置いてあった清潔なハンカチでそれを拭く。ラウル様は痛そうに顔をしかめる。
そうやっていたら、ドアが控えめにノックされる音がした。
「…シェリア様、ラウル様。ロウエン医師が到着されました」
声は先ほど医師を呼びに行ってくれた家令のものだった。わたくしは顔だけをドアの方に向けると返事をする。
「はい。入ってください」
「では、失礼します」
家令がドアを開けて医師らしき白衣とカバンを持った男性を伴って入ってきた。
男性は薄い茶色の髪と瞳の四十を少し越えたくらいだった。彼がロウエン医師のようだ。
医師にラウル様の隣を譲る。手を盥に入れた水で洗うと彼の手を診たのだった。
医師の診察は終わり、ラウル様の手は消毒されて残った棘も抜かれた。すり傷などに効くという塗り薬を塗られた時は非常に痛そうだった。
ガーゼがあてがわれて包帯を侍女が巻いて手当は終わる。医師が塗り薬と化膿止めを処方してくれて傷は複数あるので半月ほどは治るのにかかるだろうという。
消毒をしっかりとして化膿止めを飲んでおけば、大丈夫だと言って邸を後にした。
思ったよりも薔薇の棘がたくさん刺さっていたのでわたくしは泣きたくなる。迂闊だった。
「…ごめんなさい。わたくしが不注意だったばかりに」
「謝らなくていいよ。わたしが薔薇の棘に気をつけていれば良かった話だ」
はあと言うとラウル様は怪我をしていない方の手でわたくしの頭を撫でた。
サロンに戻ってきたおじ様とレアン様は何とも言えない表情をしていた。
「ラウル。お前な、シェリア殿が好きなのはわかるが。薔薇にまで嫉妬しなくてもいいだろう」
「そうよ。薔薇には罪はないわ」
二人が言うとラウル様はバツの悪そうな顔になる。
「放っといてください。父上や母上に言われなくてもわかっていますよ。みっともないくらいはね」
ラウル様が言うとお二人は苦笑いした。わたくしも同じように苦笑いしたのだった。