2話
わたくしはライザーおじ様と夫人のレアン様に改めて立ち上がり淑女の挨拶をした。
「おじ様、レアン様。フィーラ公爵家の長女でシェリアと申します。このたびはお招きいただきありがとうございます」
ラウル様にしたようにドレスの裾を摘み、膝を曲げる。頭も下げた。だが、おじ様が頭を上げるように言う。わたくしはやはり優しい方だと思った。
ライザーおじ様は実はフィーラ公爵ことお父様とは昔からの友人だ。若い頃は同じ職場で働いていたらしい。
「いやあ。丁寧な挨拶をありがとう。けど、君とは面識があるのだから。あまり、堅くならなくていいのだよ。むしろ、こちらこそが伺うべきなのに。わざわざ来てくれて嬉しく思っている」
ライザーおじ様は穏やかに笑いながら言ってくれた。レアン様も扇で口元を隠しながら笑っている。
「…シェリアさん。わたしもライザー様と同じ意見よ。ラウルが行くべきなのにこうやって呼び立ててしまって。ごめんなさいね」
「いえ。お気を使わせてしまってごめんなさい。わたくしはこちらに来れて嬉しく思っていますから」
慌てて言うとレアン様はほうとため息をついた。
「そう言ってもらえると助かるわ。ラウルが最近、仕事ですごく忙しくしているから。それであなたと一緒の時間があれば良いと思ってお呼びしたわけだけど」
レアン様は眉を下げてラウル様を見た。ライザーおじ様もしきりと頷いている。
わたくしはつい、一年と数ヶ月前に王太子であるエリック殿下と婚約解消をしていた。
そのせいでお父様やお母様、お兄様と一緒でないと外出を許してもらえないでいる。ラウル様と婚約をしてからも世間、特に貴族方の目は厳しい。
それもあり、邸に籠りがちな日々を送っている。まあ、聖魔術を勉強したり刺繍をしたりして暇を持て余す事はないけど。
レアン様やおじ様はたまには外の空気を吸うのもいいのではと気回しをしてくれたみたいだ。
そこまで考えてラウル様やお二人にこう言った。
「でしたら、お庭を散策してもよろしいでしょうか。こちらでは黄薔薇の花が見事だと聞きました」
「…ああ、そうだな。シェリア殿、ラウルに案内してもらいながらでも散策をしてくるといい。黄薔薇の花はレアンが手ずから植えたものだからね」
「そうなのですか。じゃあ、早速行って参ります」
言ってから立ち上がる。おじ様とレアン様は微笑ましい雰囲気で笑いかけてきた。
「ラウルと一緒にゆっくりお話でもしてきなさいな。二人とも会うのは半月ぶりくらいでしょう。
積もる話もあるだろうから」
「うむ。そうしなさい。ラウル、シェリア殿をしっかりエスコートするんだぞ」
お二人はラウル様に声をかける。わたくしは苦笑しながらも行きましょうと促した。
ラウル様ははにかむように笑いながらわたくしの手を取ったのだった。
お庭に出て二人でゆっくりと歩く。黄薔薇の花の香りが鼻腔に届いた。甘くも控えめな香りが心地よい。日差しは既に初夏のものだが。
それでも、外は涼しい風が吹いていてあまり暑さを感じない。空も澄んだ青で良い天気だ。
「今日は天気がいいですね。黄薔薇の花も見てみたいし」
「そうだな。シェリアは薔薇の花が好きだよね」
「ええ。特に白薔薇や黄薔薇、野薔薇の花が。紅い花も好きではありますけど。控えめなところが良いですね」
ふうんと言いながらラウル様はまた、歩き出した。わたくしも続いて歩いた。
黄薔薇の咲く一角にたどり着いた。ラウル様は何を思ったのか薔薇の近くに寄ると一輪を素手で手折ったのだ。
驚いてしまい、固まる。ラウル様は手を血で紅くしながらもわたくしに黄薔薇の花を手渡してくる。
「…ラウル様。なんて事をなさるんです。手が棘だらけではないですか?!」
「別にこれくらいはなんて事ないよ。あんまりにも君が黄薔薇が好きだというのでね。ちょっと、焼きもちを焼いただけだ」
「焼きもち?」
わたくしが問い返すとラウル様は昏い(くらい)目で微笑んだ。
「そうだよ。シェリアが黄薔薇に気持ちを持ってかれているから。一輪くらい手折って傷めつけたくなった」
わたくしはその言葉を聞いてぶるりと震えあがった。あまりにもラウル様の様子が尋常ではなかったからだ。
その後、ラウル様の前では好きな物の話はしないでおこうと決めたのであった。