前世の記憶
「柊美、最近おかしいぜお前。ミョーにぼんやりしててさ。なんかタソガレてるしよ。今から受験のプレッシャーかよ?」
放課後、颯一郎と肩を並べて帰宅中のこと。
私は何も答えない。
何と言っていいのかわからない。
あんな。あんなこと……!
「それともまだ例の変な夢、気にしてんのか?」
それにも答えなかった。
しかしややあって、私は徐に重い口を開いた。
「ねえ、颯一郎……」
「うん?」
「もし、私が……」
「どうしたんだよ」
「私が。私がいなくなったら、困る……?」
「何言ってんだよ、柊美」
颯一郎が笑う。
「でも」
一瞬、颯一郎は表情を変えた。
「もし、そうだったら……」
「だったら?」
「淋しいだろうな、きっと」
颯一郎……
いつになく柔らかな瞳。
「俺達、物心ついた時から一緒にいたもんな」
颯一郎の言葉に、私は幼い日々を思い浮かべる。
家の近くにはまだ、少なからず自然が残っていた。
春、畑でもんしろ蝶を追い、夏の盛りには二人で林に蝉を捕りに行った。
赤い蓮華の草むらの中で、他の子達のように花冠を作ることもせず、じっと蓮華草に話しかける私を颯一郎は不思議そうに眺めていた。
そして、それとは別の、遠い日の記憶が私の中で蘇りつつあった。
薄紫の大気に包まれ、白い生物達が生い茂る夢の世界──────
あの中に私はいつの日か住んでいたのではなかったのか。
それとは、『前世』の記憶に他ならない。
だとすれば、あの夢は私の『過去夢』だとでもいうのだろうか。
私は今、この瞬間にも、あの夢の世界へと吸い寄せられそうな気がしてならなかった。
「颯一郎。私……怖いの」
「柊美?」
「彼が私を呼ぶの。私、私、あの夢の中に引きずり込まれていきそうなの……!」
思い詰めた表情でそう声にした私を、颯一郎は無言で見つめ、そして
「大丈夫さ。俺が、ついてる」
一瞬、私の肩を抱き寄せた。
「俺が柊美をどこにもやりはしない」
それはなんの根拠にも乏しい言葉ではあったけれど、颯一郎の言葉の確かさ温かさを、木枯らしの吹き荒ぶ中、私は感じていた。