帰ろう、アルティシア
しかし。
「……それで。てめえ、何しに来たんだよ」
その時、それまで無言でいた颯一郎が、唸るような声でそう問いかけた。
「今頃になって、柊美をどうしようってんだ。こんな所まで連れてきやがって!」
颯一郎の言葉に、彼はゆっくりと口を開いた。
「連れて帰る。アルティシアを」
「なんだと?!」
「サラム星に星を揺るがす政変が生じた為に、サラム星人どもは悉く去った。フレイアは平和を取り戻すことが出来たんだ。だから、ティシアを迎えに来た。アルティシアがこの地球にいる必要はもう、ない」
彼は冷静にそう言い放つ。
「帰ろう、アルティシア。僕と一緒に。僕は君を地球に転生させてからもずっと、君の心に念を送っていた。植物達もだ。彼らには君が必要なんだ。選ばれし者の聖なる祈りが大気の波長を調整し、それが植物達の成長を促すのだから。君ほど植物達に愛されていた巫女は他にはいない。フレイアの民も大気も、君の帰りを待っている」
そう言いながら、彼が私の瞳を見つめた時
「勝手なことばかりぬかすなよ! 柊美は柊美だ。てめえなんかに柊美を渡すもんか!!」
颯一郎が叫び、彼に向かって殴りかかろうとしたその瞬間。
彼の両目がカッと閃光を放った。
「うわっ……!」
「颯一郎!!」
颯一郎の体は指一本触れずして、遥か後方へと吹っ飛んだのだ。
私は颯一郎の許へと駆け寄った。
颯一郎は切った口元を拭っている。
「畜生……バケモンめ」
「フレイアの王族は第三の目を自由に使いこなせる。ティシアの眠っていた能力も、僕の呼びかけで戻りかけている。ティシアの意志さえあれば、その力は本来発揮される筈だ。この船に辿り着いたように」
「関係ねえ!柊美を行かせたりするもんかっ。俺は」
彼を睨め付け、颯一郎は絶叫した。
「俺は柊美を愛してるんだ!!」
彼はすっと両手を伸ばすと、その掌を颯一郎へと向けた。
その瞬間、驚くべきことに颯一郎の体は、この宇宙船の中から音もなく消えてしまったのである。
「そ、颯、一郎……」
私は呆然と颯一郎を抱いていた我が腕を見つめた。
「颯一郎に一体何をしたの?!」
「彼を連れてゆくことはできない。彼はフレイアの民ではない。だから、帰ってもらったんだよ。大丈夫。心配はいらない」
帰ろう、アルティシア──────
彼はもう一度、私を見つめて言った。
澄んだ瞳をしている。
白銀に輝く髪……それは確か、王家を継ぐ者のみに許された印であった。
私はこの人を兄として慕い、確かに生きていた。
地球から遠く離れた地の果てで……
「ソルティア兄様……」
懐かしさが胸に込み上げてくる。
異郷の星での幼い日々が、蘇る。
愛して、あいしてやまなかった私の……。
静かに私は瞳を閉じた。
そして私は、ゆっくりとその言葉を口にしていた。
「帰れない。帰れないわ、私。兄様……」
「アルティシア!? フレイアは君の故郷だ。聴こえるだろう、大気の声が。民も大気も生物達も、フレイアの全てが君を限りなく愛している」
「フレイアの大気が私を愛してくれているように、地球の大気も私を優しく包んでいるわ。そして」
私は我が兄の瞳を見据えて言った。
「私は颯一郎を愛しているの。彼なしでは生きて、ゆけない……」
「アルティシア─────」
私達は互いの瞳を見つめ合っていた。
限りなく澄んだ薄紫の大気の中で、白い植物達の歌声を聴きながら笑って駆けてゆく二人の姿を、私達は互いの瞳の中に、見た。
「こんなにもフレイアが君を呼んでいるのに、君は……。それでも君は、地球での人生を生きるというのか」
「私は幸せよ、兄様。地球の大気も植物達も、私を愛してくれているわ。そして……颯一郎も」
彼はもう何も言わなかった。
淋しそうに瞳を伏せ、じっと何かに堪えていた。
「……もし、フレイアのことを。僕のことを想い出すことがあれば、東の空をご覧。君には見える筈だ。紫色に輝く君の、故郷が─────」
「兄、さま……」
彼はそっと私を抱き締めた。
「幸せにおなり。僕の愛しい、アルティシア……」
彼は再び、ゆっくりと人差し指を私の額に当てた。
気が遠くなり始める。
そして、私の体は一瞬にして、飛んだのだ。
「─────ん……。ここ、は……」
気が付くと暗闇の中。
「颯一郎……!」
そこは、颯一郎の部屋だった。
颯一郎は、ベッドの上で仰向けになっていた。
「颯一郎っ、颯一郎……!」
「う……う、ん─────柊美?!」
ガバと颯一郎が身を起こした。
「どうしたんだ。一体……や、奴は?! 加川の野郎は、何処に……」
私は無言で頭を振った。
「彼、私を地球に帰してくれたのよ。そして……颯一郎のところに──────」
颯一郎の胸にそっと顔を埋めながらそう呟いた。
颯一郎は、訳の分からないような顔をしながらも私の体を抱き寄せ、「良かった……」と一言、溜息を吐いてみせた。