第三の目
「どうも遅くまでお邪魔しました」
「よろしいのよ、柊美ちゃん。またお勉強の息抜きにでも遊びにいらしてね」
広い玄関先で、ゆるやかなウエーブのかかる栗色の髪に手を当てながら、颯一郎の母親がそう声をかけた。
にっこりと微笑むその顔は艶やかで、高校生にもなる息子がいるなどとは思えないほど若々しい。
「颯一郎さん。ちゃんと家まで送って差し上げるのよ」
「わかってるよ」
颯一郎の母親に見送られながら私と颯一郎は、頭よりも高い門を潜り抜けた。
大きな門構えの家ばかりが建ち並ぶ夜の住宅街を二人で歩く。
颯一郎はお母様似なのかしらなどと思いながら私は、今別れてきたばかりの美しい颯一郎の母親の顔を思い出している。
「星が、綺麗だな」
颯一郎がふと頭上を仰ぎ見ながら、そう声にした。
「俺、星なんて見るの久し振りだ。あれがオリオン座だろ。それからあれが冬の大三角で……」
颯一郎が指さす方向を私も見上げる。
昼間晴れていた空は雲ひとつなく冴え渡り、冬の夜空に相応しく満天の星々が輝いていた。
「あ、あれ……!?!」
不意に颯一郎が叫んだ。
私は声もなく、颯一郎の指さす方向を凝視する。
私達の頭上に、紫色した光の渦が突然現れたのだ!
「そ、颯一郎─────!」
私は思わず颯一郎の腕に縋り付いていた。
額が熱く反応し、体が浮き始めようとしている。
「きゃあ!!」
額を射抜かれたような衝撃がしたと思った次の瞬間、私の体は颯一郎と共に宙に舞い上がったのだ!!
米粒ほどにも満たない情景を遥か眼下に見下ろしながら、私と颯一郎は、星降る夜空にゆらゆらと漂っている。
颯一郎は驚きのあまり声もない。
しかし、私の体を強く抱き締めていた。
私は、一瞬でも気を抜けば今にも真っ逆様に地上へと墜ちてゆきそうな、すこぶる不安定なその感覚と懸命に闘っている。
──────アルティシア……!!
またも私は彼の声を、聴いた。
疾く…我の許へ……来たれ、よ……
切れ切れに私の頭の中へと呼びかけてくる声。
「あ、あれ……」
その時、颯一郎が初めて声を出した。
見れば、先程『光の渦』と思ったものが、私達の眼前に出現していた。
「颯、一郎……!」
「柊美─────!」
それは、巨大な宇宙船だったのだ。
紫色の輝きを発する船から、更に私達二人めがけて薄紫色の光が降りてくる。
それは、まさしく夢の中に出てくる大気であった。
私の体はしかし、まだこの宇宙遊泳に慣れず、奇妙な感覚を味わっている。
どうすればいいの……一体?!
そう思った時、頭の中で声が木霊した。
第三の目、で念じよ……されば導かれるで、あろう…………
第三の、目──────
ハッと我に返り、びくりと体を震わせた。
それは間違いなく「額」のことに違いない。
私は必死で額に念を集中させた。
すると、薄紫の大気に包まれながら、私と颯一郎の体は宇宙船へゆっくりと吸い寄せられ始めたのである。
全身の力を振り絞って念じながら私は、巨大な船の底面がぱっくりと開いていくのを、見た。
私はいつしか地上へ帰ろうという意識を忘れていた。
ゆかねばならない、あの船の中へと。
そして「声」の主の正体を、この目ではっきりと確かめるのだ──────
夢の中の白い植物達の歌声が聴こえてくる。
やさしい大気の光を感じながら、私と颯一郎は、遂にその宇宙船の内部へと入っていく。