Fランク依頼「畑を荒らすゴブリンを懲らしめろっ!」
皆さん初めまして、私の名前はアラン。
この街の冒険者ギルドの事務員をしています。主に受付です。もし見かけたら声をかけてください。ちなみに彼女募集中ですよ。
この仕事を初めて数年が経ちますが、こんな荒くれ者が集まる冒険者ギルドには災害級のA級からお使いのF級までいろいろな依頼が集まるんですよ。
その中でもこの街の冒険者ギルドには他の街にはない独特な依頼がある。
Fランクの依頼「畑を荒らすゴブリンを懲らしめろっ!」です。
依頼内容は1匹のゴブリン退治。
街の外れの一軒家の畑に現れるゴブリンを懲らしめて欲しいという依頼だ。
それだけならどこにでもあるような依頼ですが、しかし、他のFランク依頼に比べて報酬が銀貨2枚ほど多い。
普通のFランク依頼のゴブリン討伐が5体で銀貨3枚なのに対して、1体を退治するだけで銀貨5枚も貰えるのだ。
そして、畑に現れるゴブリンは1匹のみらしい。
見るからに美味しい依頼だ。
ですが、この依頼には条件がある。
駆け出しの女性冒険者しか受けてれないのです。
ゴブリンといえば畑を荒らし人間に害になる緑色の肌をした線の細い子供のようなことを言います。
通常は知能も低く森や山などに集落を作り繁殖したりしますが、たまに知能の高いものも生まれ人間社会に溶け込んでいる例外もいたりしますね。
そんな畑を荒らすゴブリンを討伐するのは駆け出し冒険者の最初の試練です。
いくら力も弱く、子供のようだと言っても基本的には2〜3体で行動し、群れて行きている。
それを無傷で倒せるようになればFランク昇格なのです。
死ぬような者はあまりいないですが、それでも死ぬ時は死ぬのが冒険者です。たまに起こるのがこの仕事の辛いところです。昨日キラキラしていた若者が次の日には棺桶でメラメラします。
なので、1匹で安全にお金も貰えてゴブリン相手の練習ができる依頼には今日も受注者が現れるのです。
「この依頼、私にぴったりだわ。」
彼女の名はフラン。
この街より少し離れた村から家を飛び出て先日冒険者になった娘です。
歳は15歳。
少し茶の混じった金髪をポニーテールにして、村娘にしてはかなり整った顔立ちをしている。
身長は平均的で、少し胸の主張が他の女性よりも強い。
有り体に言って美人です。
村でも、無理やり結婚させられそうになったので出てきたらしく、今でも英雄と恋に落ち、幸せに暮らすのを夢見ているらしい。
よくある冒険恋愛譚ですね。
そんな夢見がちなせいなのか、自分が可愛いという自覚も相成り、高飛車です。
金がないものや弱そうなものには威圧的で口調も刺々しくなり、逆に金があるものや強そうな人には猫なで声で近づきます。
そんな彼女が依頼票を持って私のいる受付にきます。
「これ、受けるわ。」
少し高い声で彼女が依頼票を渡してきます。
「おはようございます、フラン様。こちらの依頼は街外れの一軒家のお庭での討伐となりますのでこちらのギルド貸出の木刀でのみの討伐になりますが問題ないでしょうか?」
「問題ないからこうやって依頼票を持ってきたのよ。ちゃんと書いてるのにわざわざ確認なんて取らないでちょうだいっ。」
イライラするのか受付のテーブルに指をトントンと叩きつけて急かして来ます。
「承りました。こちらが依頼札になります。場所は街外れの赤鼻亭という小さな宿屋を営んでいる一軒家です。」
依頼札とは冒険者が依頼主に見せることで、依頼を受けて来たのだという証拠になる札のことです。
「わかったわ。」
「こちらが木刀になります。壊した場合は弁償になるので取り扱いはお気をつけください。」
「そのくらいわかってるわよっ!」
そういってフランさんはとっとと冒険者ギルドを後にします。
「あなたも大変ね、受付変わるわ。」
ちょうど同僚の女性がそう声をかけてくれる。お昼前になり人が空いて来たので事務仕事より受付の方が楽になったと目論んでのことだろう。
「いえいえ、仕事ですから。」
ニッコリと笑い、そういう。
「あ、じぶん、このまま外の方へ出て来ます。依頼票の更新の確認にでますね。」
「わかったわ。」
素っ気なく返事をして通り過ぎていく同僚を見送り、自分も冒険者ギルドを後にします。
決してフランさんの後を追うわけでありません。
あくまでも依頼票の更新に行った帰りにたまたまフランさんを見つけ、依頼をちゃんと遂行しているか確認をするだけです。
私は早足で街を歩き、依頼票の更新確認を手早く終わらせ赤鼻亭へと入ります。
きっとフランさんはつくのに時間がかかるでしょう。
街に来たばかりで土地勘もないし、そういう性格ですしね。
今日も冒険者ギルドへ来たのは昼前ですしね。
「おはようございます、女将さん。」
「あら、また仕事を抜け出して来たのかい?」
赤鼻亭をやりくりしている小太りの女将さんに声をかける。
この宿は、オーナーが建てた宿を女将さんともう1人の男の人で運営している。
「また二階のところから見学させてもらいますね。」
「あんたも懲りないねぇ…」
「仕事ですから」
ニコニコとそういいのこし、二階の家庭菜園ある裏庭の見える窓のところに椅子を持って行き腰掛ける。
しばらくすると一階から女将さんとフランさんの少し高い声が聞こえてきました。
それと同じくしてちょうど宿から身体を伸ばしながらゴブリンが出てきます。
見た目は普通のゴブリンのように汚い腰巻のみ。
右足の膝に生々しい傷跡があるゴブリンだ。
家庭菜園の方を向き、座る彼はどう見ても畑を荒らすゴブリンだ。
「あなたが畑を荒らすゴブリンね!女将さんから聞いたわよ!何度も何度も戻ってきて懲りない奴ね!私がもう戻ってきたくなくなるくらい痛めつけてやるわ!」
ちなみに殺すのはNGということになっている。建前上は女将さんが庭を汚したくないからということになっている。
「がぎぇ?」
ゴブリンが謎の言語で振り返る。
ちなみに知能が低い森などにいるゴブリンなども片言だが、喋る。
「頭な悪そうなゴブリンね!かかってきなさい!」
彼女が木刀を構える。
「がぎゃぎゃっ!」
ゴブリンがスキップのような、でも、どこかスキップとは言えないなんとも表現し難い走り方でフランさんに襲いかかる。
「えあっ!」
フランさんが気合を入れ、木刀を振る。
頭の上から下に振り下ろす素人目にもわかりやすい太刀筋だ。
「ぐぎゃっ」
ゴブリンはその木刀を右腕を頭の上あたりで斜めに構え、うまく力を流す。
流すが、まるで木刀に押されたように地面に転がり木刀を右手側にそらしフランさんの股の下に仰向けで倒れる。
いつ見てもすごい神業だ。無駄のない軸のブレない体の動かし方だ。
ここで追記しておくとフランさんはこの時白地のワンピースのようなものに籠手、胸当て、脛当てをつけている。
本人曰くオシャレにも気を配るかわいいコーデというものらしい。
太ももが無防備にも出ていて、お世辞にも生死をかけて戦う冒険者とは言えない。
「キャーッ!」
ゴブリンでも、見られたら恥ずかしいものらしい。
フランさんは慌てて木刀を持っていない左手でスカートを隠しながら、右足をあげてゴブリンを踏もうとする。
隠しながら右足をあげたら意味がないようなとツッコミを入れるものはいない。
「ごびゃ」
ゴブリンが全く痛くなさそうな、むしろ少し羨ましく聞こえるくらいに気持ちよさそうな声を上げる。
フランさんが3回ほど踏みつけ、その後腹に渾身の蹴りを決める。
いや、決めようとした。
ゴブリンが蹴りを入れてきた足にしがみついたのだ。そのまま太ももに抱きつく。
フランさんの甲高い悲鳴が響き渡る。
木刀でゴブリンを剥がそうと、木刀の先を向けるとそこにもうゴブリンはいなく、
「なっ」
フランさんがゴブリンを探して顔を上げた時にはもう遅い。
ゴブリンの鋭い一撃がフランさんの背中を狙う。
性格には背中にある胸あてを止める留め具に、鋭い一撃がぶつかる。
金属がぶつかる音が響き、フランさんの胸あてが地に落ちる。
「えっ?」
状況が飲み込めていないフランさん。
落ちた胸あてを見てから少し顔を赤らめ、ゴブリンを睨む。
「ゆ、ゆるさないわっ!こんなにコケにされたのは初めてよ!」
顔が赤いのは羞恥か、怒りか、
フランさんのやたらめったらな木刀が空気を裂く音が響き始める。
軽い音が響きゴブリンには当たっているはずなのだが、全く意に介さないようにゴブリンはフランさんの太ももを触り、脇腹を触り、腰を触り、肩甲骨を触り、二の腕を触り、胸に触る。
触る触る触る。
触りまくった。
フランさんの顔は真っ赤だ。
「もうなんなのよあんたはっ!」
フランさんが腰に差していた剣を抜く。
「ぜっっったいにっ!ゆるさないんだがらっ!」
フランさんの顔が怒りに歪む。
剣が太陽の輝きを反射させ、光る。
「しねぇっ!」
フランさん女の子として出してはいけない声音でゴブリンに襲いかかる。
今日一番の速さだ。
蹴った土が宙に舞う。
風を切り裂き突き進む。
右斜め上から走る力と腰の力をうまく乗せた会心の一撃。
ズドンっ!
剣が何かを斬るような音ではなく、重いものが地面に落ちるような鈍い音が響く。
ゴブリンがフランさんの懐に入り込み地面に押し倒したのだ。
フランさんに馬乗りになったゴブリンがニヤリと嗤い、
「今のはいい一撃だったぜ。だけど、足元がお留守すぎたな、こうやって簡単に押し倒せる。」
流暢にそう喋る。
フランさんの胸を鷲掴みにしながら。
「なっ、なっ、なっ、」
地面に仰向け倒され金魚のようにパクパクと口を動かすフランさんをそのまま残しゴブリンはその場を後にする。
「またいつでも来な、相手になるぜっ」
彼の名はドグ。
元B級冒険者なのです。
かつてはドラゴン討伐にも参加したことのある実力者なのだが、傭兵として参加した戦で膝に矢を受けてしまい隠居。
そのあとは今まで貯めたお金で赤鼻亭のオーナーとしてのびのび暮らしていましたが、あるとき冒険者支援事業をするとギルドに来て、この依頼ができたのです。
報酬も自分から出し、かなり、かなりギリギリですが指導も施す。ギルドとしてはいいことしかない話です。おそらく。
そんな彼のような変わった人が多い世界です。
そのさらに変わり者が集まる冒険者ギルド。
今日もこんな荒くれ者が集まる冒険者ギルドには災害級のA級からお使いのF級までいろいろな依頼が集まるんですよ。
その中でもこの街の冒険者ギルドには他の街にはない独特な依頼があるんです。
明日はどんな依頼がくるんでしょうか。
楽しくてしょうがありません。
仕事ですから。
余談ですが、そのあとフランさんは鼻を真っ赤にして冒険者ギルドに完了のサインのついた依頼札を私に来てくれました。
赤鼻亭とは、よく言ったものですね。
ふっと思いついたのでなんとなく短編にしてみました。感想等お待ちしてます。