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第十三章 第二節

 さらに数週間が過ぎ去り、ローガンは幾分冷静になって、シェイラのことを考えられるようになった。思い出すたび胸は痛んだが、激しく落ち込むことはなくなった。ただ、良い思い出というほど軽いものにはなりそうもなかった。

 シェイラから手紙が来るかもしれないと思ったこともあったが、それはなかった。突き放した自分から書くことはもちろん出来ない。

 六月になり、ローガンはリバスロープ村の離れ山で、サイモンと再会した。祠の手入れを終えて山頂に出てみると、杖を振り上げて伸びをしている後姿があった。彼は笑って、「そのうちにここで会えるんじゃないかと思ってたよ」と言った。リバスロープ村に住む彼はしょっちゅうこの山に登っているのだ。

 この時期の離れ山は雑草が青々と高く生い茂り、全体的に鬱蒼としていたが、登山道と頂上の一部は草がきれいに刈られていた。眺望が開けた場所に二人で座り込み、のどかに気候の話を始めた。すると、サイモンが急に思い出したようにこう言った。

「そうそう、シェイラが手紙で君のことを書いてきたよ」

 ローガンは心臓が止まるかと思った。

「彼女から手紙が来たのですね。なんて書いてありましたか?」

「ええと、ちょっと待って、今思い出すから」

 サイモンは斜め上あたりの中空に視線を漂わせて暫く考えた後に、詩か何かをそらんじるようにしてこう言った。

「ナイトリー先生はお元気にされていますでしょうか。お世話になったお礼の手紙を書こうとしましたが、住所が分からず出来ませんでした。もしお会いになることがあったら、感謝の気持ちと、シェイラは元気だということを伝えていただければ幸いです」

 ローガンは熱いものが込み上げた。

「彼女は元気なのですね、良かった」

「そうみたいだね」

「他にはどんなことが書いてありましたか?」

「ええと、大したことは書いてないよ。セントルイザ校に入って一か月です。最初は戸惑いましたが徐々に慣れています。手紙が遅くなってすみませんでした。魔術師協同組合の皆さんには本当に感謝しています。ナイトリー先生はお元気でしょうか。勉強をするのに恵まれた環境にいれて、とても幸せです。これからも頑張ります。……こんな感じだよ」

 サイモンは虚空を眺めながら、そこに手紙の実物があって見ながら要約しているかのように話した。

「まだ一か月ですから、そんなに書くことがないのかもしれませんね。返事は書かれたのですか?」

「書いたよ。ローガンが元気かどうかは会ってないので分かりません。会うことがあれば伝えます。……という感じで」

「そして今、伝えたというわけですね」

「そうだね。君の神殿の場所なら分かったから、住所を教えてあげようかと思ったけど、まだ早いのかなと思って、やめた」

 ローガンは耳を疑った。一瞬めまいがして、この六月の爽快な風の中で、気持ちが鉛のように重くなった。彼は恨めしい目つきでサイモンを見やった。

「まだ早い、ってどういう意味ですか?」

「冷却期間が必要なのかな、と思ったということだよ」

「メアリーから聞いたのですね?」

「聞いた」

 ローガンは思わず天を仰いだ。メアリーのことだから、どうせ下世話な噂話の一つとして面白おかしく彼に喋ったに違いない。そう思うと、腹立たしくなった。

 けれど、サイモンの様子は真剣だった。彼はあぐらで座ってローガンの方に向き直り、尋ねた。

「彼女のこと、愛しているのか?」

「はい」

 サイモンは目を見開き、少しのけぞった。正直に答え過ぎたのだろうかと、ローガンは今になって恥ずかしくなった。

「愛しているのに、もう会わないつもりなの?」

「ええ、そうです」

「シェイラは納得していないんだろ?」

「そうかもしれませんね」

 サイモンは難しい顔をして暫く沈黙した後に、こう切り出した。

「でもね、僕はね、駆け落ちとかは反対だけど、相思相愛なら別れることはないんじゃないかなと思うよ」

 ローガンは何とも言えない複雑な気持ちになった。これが他の誰かだったら、不愉快なだけだろう。他人というのはいつも無責任にものを言う。けれどこの人の言葉なら、検討してみる価値があるような気がしたのだ。

「簡単に言わないでください。わたしは彼女が幸せな結婚をする障害になりたくないのです」

「でもさ、今はそういう風に思っても、シェイラはまだ十四歳だよ。結婚なんてまだ早いし、二年後三年後にどうなっているかなんて、誰にも分からないじゃないか」

 ローガンは彼の言う意味が、すぐには理解できなかった。少し考えて、燃えるような恋愛感情などというものは何年ももたない、と言ったのだと解釈した。

「それは、そうかもしれません」

 サイモンは安堵したように微笑んだ。

「でしょ? だからそんなに頑なに考えずに、お互い冷静になった頃に、君から連絡してもいいんじゃないかなって、僕は思うよ。それにそう思っていた方が、今の辛い気持ちも少しは楽になるんじゃないかな」

「そうですね……」

 納得できないものを感じて、ローガンは陰鬱な顔をするしかなかった。

 突然、サイモンが叫んだ。

「元気出せ!」

 彼はローガンに飛びつき、そのまま押し倒して乗りかかると、脇やら首筋やらを猛烈にくすぐった。

「おりゃあああ!」

 サイモンが叫ぶ。ローガンは不意を突かれて考える間もなく、なされるがまま大笑いして地面を転がった。

 サイモンはローガンを解放すると、すっくと立ち上がり、両手を上げた。

「勝ったぞ!」

 意味不明である。けれど、笑ったのは本当に久しぶりだった。


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