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第十二章 第二節

 間違っても彼女に触らないと、徹底して注意を払っていたローガンだが、外出時に馬車から降ろしたり街路を歩いたりするときには礼儀と防犯の問題があるので事情が違ってくる。ローガンは表情を変えないよう気を付けながら、儀礼的に済ますことにした。

 ところがシェイラの方は、いつも嬉しそうだった。最近の彼女は寝不足でもなく悩みからも解放されて、血色が良く、かつてないほど表情が明るい。外出して身体を動かすと、頬は薔薇色に染まり、速くなった呼吸で胸は波打ち、熱い息が薄紅の唇から漏れた。日に日に明るさを増す早春の日差しを受けて、シェイラは輝くばかりに美しかった。

 その少女が、ローガンの手を借りる時はいつも微笑んでいて、親しみを込めた優しい目つきで彼を見つめた。街を歩くときには、ローガンが腕を出す前に当然のように腕を掴んでくることもあった。

 シェイラは読書から歴史に興味を持つようになり、話の流れで、郊外の遺跡を見学しに行くことになった。三月初旬の暖かい日にライアン家の馬車で出掛けたが、最後は道が整備されておらず、丘の上にある遺跡の場所まで行くために馬車を下りて歩かねばならなかった。木がほとんど生えていない一帯で、はるか遠くまで見渡せた。空は晴れ渡り、三人とも開放的な気分になっていた。これから急な上り坂を行かなければならないという所でローガンが振り返ると、シェイラが待っていたとばかりに微笑んで駆け寄り、何の断りもなく彼の腕に自分の腕を回した。そして、その腕を引きつけ、首を傾げて頬をすり寄せた。

 ローガンは抑えきれない衝動をやりすごすために、行動を起こすしかなかった。彼は立ち止り、左腕を掴んでいるシェイラの手を、右手でそっと握って言った。

「シェイラ様、バラノフさんと前を歩いてください。わたしは後ろを行きます」

 彼女の顔を見るということは、辛すぎて出来なかった。メアリーはといえば、声は聞こえていたはずなのに、後ろできょとんとしている。ローガンがシェイラを連れて行ってくれという目配せを何度も送ると、彼女はようやく意図を理解して、シェイラに自分の腕を取らせて、前を歩いてくれた。シェイラは振り返らなかった。

 それ以降メアリーは自分の役目を思い出したらしく、外出の際にはシェイラに張り付いて、ローガンが入り込む隙がないように世話をするようになった。

 シェイラを傷つけたと思うと胸が痛んだが、ローガンはこれが正しい行動だと信じていた。あと何か月、何週間、一緒にいられるのか分からないのだ。いつか別れるのだから、親しくなり過ぎずに別れた方が、お互いに傷が浅くて済むはずだと思っていた。

 別れの日は、突然宣告された。メレノイ郊外にある寄宿学校に四月から編入できることになったので、シェイラに授業をするのは三月末まででよいと、ライアン侍従長に言い渡されたのだ。シェイラは、入学審査と何学年に編入するかを決めるために、学校から派遣された教師の口頭試問を受けることになった。さっそくどんな学校なのか評判を探ってみると、上流階級のための女学校であるが、成績の良さはさほど求められないとのことだった。シェイラは合格してしまうのだろうと、ローガンは思った。実際、彼女はかわいそうなくらい緊張してこの口頭試問に臨んだのだが、三日後には第二学年に編入を許可する通知がライアン邸に届いた。

 ローガンはお役御免になってしまった。ゴードン氏と打ち合わせて、授業はシェイラが寄宿学校の寮に引っ越す前日まで行うことに決まった。

 一日、また一日と日が過ぎて行った。ローガンは彼女のことを一切考えないようにするという作戦に出ていた。たとえ目の前にいる時であっても、心を閉ざし、その笑顔も甘い声も、入って来ないようにした。シェイラはローガンに笑いかけても、以前のように微笑み返してはくれずに目を背けられてしまうことが分かると、笑いかけることをしなくなっていった。

 一日が終わり下宿に帰ると、ローガンは壁に貼ったカレンダーの今日の箇所を塗り潰した。始めはそれで、少しの達成感を得ることが出来た。しかし丸を付けた授業の最終日と、塗り潰された日の間が僅か数日に迫った夜、ローガンは訳の分からない震えに襲われ、堪らずに頭を壁に打ち付けてしまった。強烈な振動が頭蓋を伝わり、幸いにして、一撃で正気に戻った。ローガンは思考を働かせた。

 今までだって様々なものを諦めてきたのだから、今回だって耐えられるはずだ。

 諦めたり我慢したりすることは、大得意なのだから。


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